光と影(1)
第9話 光と影
エルツェ公爵夫人ヘルミーネのお城≠ニ呼ばれている離れに、小鳥がさえずるような笑い声が響いている。
アイリスの花のモチーフでそろえられた調度品に、夫人の故郷の風景を描いてあるという天井画。それらはすべてエルツェ公爵から夫人への贈りものだ。そして、この離れには公爵さえも夫人の許可なしに立ち入れないという約束になっていた。
ゆえに『ヘルミーネのお城』なのである。
その城を借りているのはユニカだった。ユニカが客を招くにあたり、継母たるヘルミーネがこの特別な部屋を貸してくれた。それは恐らく、王太子妃代理の役目を引き受けると決心したユニカに対する褒美であり、母としてユニカを受け入れ支えるというヘルミーネの意思表示でもあるのだろう。
テーブルを囲んでいるのは、ユニカが招いたクリスタとヘレン、それからラモナ。見舞いのお礼を用意しようと思っていたのだが、ヘレンの一家が直に領地へ引き揚げてしまうと知って、ユニカはヘレンの希望であったレース編みの教室を開くことにしたのだった。
「では、もう三日もお城に戻っていらっしゃらないのですか?」
ところが、ヘレンとクリスタは明らかに編み針より口の方がよく動いている。新しいお喋りの種を拾う度に手を止めてお互いを見つめる彼女らに合わせていると、ユニカの手元でさえなかなかレースが大きくなっていかない。
「はい。明後日の午後に戻るつもりです」
「そんなにユニカ様と離ればなれだなんて、きっと殿下はお寂しいですよ」
「そうでしょうか」
「そうですよ」と力強く頷いたヘレンは、手元に視線を落としてきゅっと眉根を寄せた。また編み目を見失ったらしい。この調子では今日一日で彼女の上達は見込めないだろう。
「ですが、殿下も小さな子どもというわけではないですし……」
「大人になっても寂しいものは寂しいのです。しかも、このところ四六時中一緒にいた人が急にいなくなってしまうだなんて」
「でも、離れてみるのもよいかもしれませんよ。会えない間に思いが募るということもあるのですから」
- 1362 -
[しおりをはさむ]