それはさておき、文字通り手塩に掛けて育てられた薔薇たちは盛りを過ぎていても立派だった。その中でもひときわ大きな花を付けていたのが『笑顔(レヒェルン)』と名付けられた薔薇だ。花弁はがくのあたりが鮮やかな黄色で、先へゆくほど赤くなる。波打つ花びらがふわふわと華やかで、その一輪があるだけで眩しく感じるほど。
「これ、メヴィア公爵がアリアナ夫人とご結婚なさった時に、差し上げるために改良してつくった薔薇なんですって」
二人の婚約は幼い頃に決められていたものだ。そして子どもの頃から祖父とともに花をいじって遊んでいたメヴィア公爵は、十年掛けて婚約者に捧げる『笑顔(レヒェルン)』を完成させ、ウゼロ公国からやって来たアリアナをその花束を持って出迎えた。
と、ジゼラが自慢げに言い、今日咲いていたレヒェルンをすべて刈り取って花束にして、ユニカにくれたのである。
「メヴィア公爵がそういうことをする人だったとは……」
ディルクが訝しげにするのも分かる。ユニカも意外だったし今でも信じられない。ジゼラが目の前でその逸話を語っても、公爵は照れるでも誇らしげにするでもなく、眉一つ動かさなかった。きっと彼の信念に基づいた当然の行動だったので、他人からどう思われるかは微塵も気にしていないのだ。
そう、メヴィア公爵とは、多分そういう人なのだ。自分が正しいと判断したことを迷いなく行動に移す。養父にもそんなところがあったので、たまたま%ッじ時期に大学院で過ごしている頃、二人に繋がりができたのかもしれない。
だから、王太子妃代理の任を「受ける気がないのなら去れ」というのも、王家を思う彼の心からの忠告だろう。
メヴィア公爵夫妻ゆかりの薔薇を受け取ったディルクを見上げ、ユニカは薄く唇を開いた。
「去れ」と言う一方で、メヴィア公爵はユニカを「認めてもよい」とも言った。あとはユニカ次第なのだ。彼が、ディルクやエルツェ公爵の味方でいてくれるかどうかは。
ユニカが躊躇していることを察したのか、ディルクはそっと手を握ってきた。
意思を示す。私がどうしたいかを。
何度もユニカを導いてくれたディルクの指先をきゅっと握り返す。そうすることにためらわずに済むようになりたい。
「ディルクのそばに、いられるようになりたい」
決して進むまいと思っていた道。そちらに向けて踏み出すための一言を選んだユニカを、ディルクは薔薇と一緒に抱きしめてくれた。
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