天槍のユニカ



問いかけ(3)

 さっきまできゅっと寄せられていたジゼラの可愛らしい眉が、嬉しそうにぱっと開いた。
 お父様が王家に差し上げた、とは、つまりあれはメヴィア家からの献上品だったのか。だったらそれをジゼラに振る舞うのはおかしな気がして、ユニカは鈴を置いた。
「メヴィア家で育てた葡萄だったのですね。砂糖がかかっているのかと思うほど甘くて、とても美味しかったです」
「お父様が聞いたらきっと喜びます。あの葡萄ができるまでに二十年も試行錯誤されたのですって。あ、でも、お父様が作ったのではなくて、大学院の博士達や、手伝ってくれた農夫達がとても長いこと頑張ってくれたのだとお父様がおっしゃっていました。今年ようやくまとまった量が収穫できたから、王家に献上して名前をつけるそうです」
 ジゼラがまくしたてるように言うと、彼女の侍女が小さく咳払いをした。すると姫君は頬を赤らめて肩をすぼめる。
「申しわけありません。大きな声を出してしまって」
「いいえ。そういえば、メヴィア公爵は植物学の博士でもいらっしゃるのでしたね。今は大学院での学問を監督されるお役目についていらっしゃると聞きました」
 ジゼラの口調にはユニカも驚くほど熱がこもっていた。父の仕事に興味があるのだろうか。絵に描いたような姫君なので少し意外だった。
 およそ女子に求められる資質や知識というのは、社交と家政に関するものに限られる。芸術や学問は趣味、またはアクセサリーのようなもので、それらの道を真剣に歩もうとしている女性を、ユニカはヘルツォーク女子爵しか知らない。
「お父様はお花が好きなのです。今はご自分の研究より、病気に強い麦や、もっと甘くて美味しい果物を作る研究をしている博士達や学生達のお世話が仕事だとおっしゃっていましたが、薔薇の品種改良をずっとなさっています」
「ジゼラ様も、お花や植物のことがお好きなのですね」
 姫君は傍らに控える侍女にやや遠慮しながら頷いた。手放しで認めて貰える好みではないらしい。だが、侍女もこれくらいなら姫君を叱責しようとはしない。
「実は今日も、ユニカ様に見ていただきたいものがあったから持ってきたのです。エルツェ公爵夫人のお茶会でお話ししていたのですが、覚えていらっしゃいますか?」
 侍女からなにやら包みを受け取るジゼラに向けて曖昧に笑い返しつつ、ユニカは記憶を掘り起こそうとした。微熱でふわふわした頭では上手く思い出せない。しかしジゼラはユニカの返事を待たず、美しい絹で包んだ分厚い本――いや、帳面?――を膝の上で広げた。

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