天槍のユニカ



繋いだ虚ろの手(22)

 ユニカは、彼と同じ喪った側の人間≠ナはないからだ。
 エリーアスはユニカが亡くしたものも解ってくれているけれど、やはりユニカは奪った者≠ナある。
 あの時、キルルの指がこの首に絡みついてきたから。
 知らずのうちに震えていた手が、そっと別の手に包み込まれた。
「大丈夫か」
 額が触れ合いそうなほど近くにディルクの瞳があった。我に返ったユニカは慌てて顔を反らす。
「平気です」
「もう横になりなさい。本当は明日の朝見て貰おうと思ったんだが、今晩から使うといい。楽に寝られるはずだ」
 ディルクはユニカの身体を支えながら横たえさせた。そして毛布は掛けず、一度寝室から出て行く。戻ってきた彼は両腕で大きなクッションを抱えていた。濃緑の天鵞絨(ビロード)の地に金糸で唐草模様の刺繍がしてあり、四隅に金の房飾りもついている。
「私の昼寝用。貸してあげよう」
 彼はその豪華なクッションをユニカの背中に添えてから毛布を掛けた。左肩を庇い、うつ伏せになるか横を向いて寝ることしか出来ないユニカが背中を預けて眠れるようにとの気遣いだろう。
 その巨大なクッションはふかふかしていて、ほどよく身体が沈む。やわらかいので身体を預けて仰向けに近い体勢で寝ても痛くなさそうだ。
「ありがとう、ございます」
「そんなにすんなりと礼を言ってくれることもあるんだな」
「……それは」
 ユニカが狼狽えると、その顔をよく見ようとディルクは再び寝台の縁に戻ってきた。
 ユニカは毛布を引き上げ隠れようと思ったが、右手一つでは少し遅かった。その手は掴まれ動けなくなる。覗き込んできたディルクの視線から逃れるために、ユニカはせめてぎゅっと目を瞑った。
 そんな彼女の頬や唇を、何かがなぞっていく。ディルクの指、掌。少し筋張った男性の手。目を瞑っていると、その感触で思い出されるのは養父のことだ。
 ユニカが炎の中に沈めてしまった者。奪ってしまった者。
 ユニカの罪を知る者の憎悪の瞳が脳裡に浮かび、彼女ははっと目を開いた。

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