天槍のユニカ



苦いお砂糖(15)

 公爵家のことを引き合いに出せば話が逸らされると読んだのだろう。しかしクリスタの読みは外れた。
「王妃様も、少し変わった方でいらっしゃいましたよね。わたくしも聞いたことがあります。なんでも、施療院でお洗濯だとか配膳だとかをなさっていたって。それもエルツェ家の伝統なのかも知れませんわね」
 ペトラがおかしそうに言った。それが誰を貶める言葉になったかは気づかなかったらしい。さすがのクリスタも眉根を寄せ不快感をあらわにする。黙っていようと思ったユニカもテーブルの下で拳を握った。
 王妃が人々の健やかな暮らしを願って、最期まで力を尽くしたことを嗤われる筋合いはない。エルツェ家の人々をユニカと繋げて笑いの種にしていい理由もない。
 亡き王妃やカイやアルフレート、ヘルミーネの顔が思い浮かぶと、ユニカは思わず低い声で言い返していた。
「助けが必要な人を助けることの、何が変わっているというのですか」
 すると、ペトラはびくりと表情を強張らせた。ユニカが言い返したのが予想外だったらしい。あるいは、自分が侮辱したのはユニカではなく亡き王妃やエルツェ公爵家だと気がついたのか。
 ユニカはというと、相手の顔を見るのも嫌だったので、ことさらペトラから顔を背けて手元の皿を見下ろした。
 わざわざ客にこんな思いをさせるために呼び出しているなんて、どうかしている。他者を傷つける言葉遊びをしていったい何が楽しいのだろう。
 その時、怒りの涙でぼやけてきた視界に――すなわちティアナの手作りケーキがちょこんとのせられた皿にすっと手が伸びてきた。レオノーレだ。彼女はユニカの皿からティアナのケーキを掴んで持っていってしまう。
「まぁ、こんな妙な茶会を披く連中には分からないわよね。伯母様がなさっていたことの意味とか、伯母様やヘルミーネ様の悪口を言われて、あたしとユニカがどれくらい怒っているかとか」
 レオノーレはケーキを自分の皿に置くと、ナイフを持ち、わざと音を立てて可愛らしいケーキを真っ二つに割った。クリームがはみ出てきただけのことも、レオノーレがやるとなんだか物騒である。
「分からせてあげてもいいわけだけど……」
 フォークを手に取ったレオノーレが固唾を呑む娘達をじろりと見回す。ラビニエも束の間硬い顔をしていたのだが、ふと屋敷の方から歩いてくる人物に目を遣った。すると彼女は柔和な笑みを取り戻していた。

- 1288 -


[しおりをはさむ]