剣の策動(17)
だから、時折エリュゼが見せてくれる気遣いに期待してはいけない。
「ほかに部屋はないの?」
「お泊まりいただくお部屋はご用意できておりますが……」
ユニカの荷物を片付けていた侍女の一人が恐る恐る言う。エリュゼとの会話からユニカが何者かを察したのだろう。さっきまではなかった怯えが彼女達の間に漂い始めた。
「そこに移るわ」
「もうしばらくこちらでお寛ぎくださいませ。殿下がこのお部屋でお待ちいただくようにとおおせでございましたので」
ティアナが立ち上がろうとするユニカを宥めながら近づいてくる。しかし黒檀の箱を抱きしめた彼女に睨め付けられ、途中で言葉を飲み込み立ち止まった。
「一人になりたいの。部屋はどこ?」
燃えるようないらだちの籠もった目にティアナも気圧されそうになったが、彼女は毅然としながら腰を折った。
「かしこまりました。ご案内いたしましょう」
* * *
黒檀の手箱はクレスツェンツの形見だ。
彼女の葬儀の後、ユニカのもとへ届けられた。そういえば、これを届けてくれたのはエリュゼだった。
中に入っていたのはクレスツェンツ宛のたくさんの手紙。そして二冊の日記帳だった。
手紙の差出人はすべて同じである。
アヒム・グラウン。
几帳面さを覗わせる揃った字体。懐かしい筆跡で書かれた手紙は、彼が都を去った直後からほとんど間をおかずにクレスツェンツに宛てて送られていた。
手紙は、全部読んだ。手紙にはユニカを引き取って以来、必ず近況とともにユニカの様子が書いてあった。
ユニカがキルルに裁縫を習い始めたこと、ユニカの編んだレースを服飾商人が買い付けていってくれたこと、ペシラまで旅行したこと。
ユニカが、少し特別な子供であること。でも可愛くて仕方がない。
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