天槍のユニカ



蜜蜂の宴(19)

 やはり、ユニカが顔も知らぬ人々も、名家の出身でもない、特別な功績があるわけでもないユニカが世継ぎのそばにいるのは控えめに言って気がかりなのだ。それを直接聞いてしまったことに少なからず落ち込み、落ち込んでいることに呆れもする。
 知っていたことではないか。だから、ユニカはそのうちここを出て行くつもりなのではないか。
 継母たるヘルミーネは、ユニカを送り出す時に言っていた。ディルクの力にはなれなくても迷惑になってはいけないと。
 時々アルフレートを遣わしてユニカの様子を尋ねてくれるあたり、彼女はユニカのことを気に掛けてくれているのが分かる。だったらもう、エルツェ家へ戻ってもいいのではないか。公爵のことは相変わらず好きになれないが、ヘルミーネには少しだけ甘えてもいい気がする。
 ディルクがユニカをそばに置いていることで悪く言われているなら――茶会で悶着に巻き込まれる前にここを去ろうか。たったひと月でも、穏やかな日々が十分幸せだったのだから、もう諦めたっていい。
(諦める……?)
 自分の頭に浮かんだ言葉に驚き、ユニカは思わず起き上がった。真っ暗な部屋の中に衣擦れの音とユニカの溜め息だけが響く。
 諦めることを考えているということは、自分はディルクのところにいたいのだろう。
 どうしよう。このまま、彼の思惑通りに、離れる決心がつかないまま日々が過ぎていったら。
 胸の痛みごと膝を抱えて座っていたユニカは、不意に隣の部屋へ入ってくる人の気配を感じた。かすかな足音はまっすぐにこの寝室に向かってくる。
 ユニカは慌てて毛布にもぐり直した。
 真夜中にユニカの部屋へ入ってくるのは、この宮の主たるディルクだけだからだ。この宮全体が彼の家。彼が自分の家のどの部屋で寝ようが自由、というわけだ。
 静かに扉が開く音に続いて、ランプのか弱い灯りが入り込んできたのを確かめ、ユニカは目をつむった。
 話せない――だから寝たふりを決め込む。
 すると、ディルクは寝台のそばのテーブルに火を消したランプを置き、彼の方へ背を向けて横になっているユニカの隣へそっと潜り込んできた。
 昨日もこんな感じだったのだろうか。ユニカが寝ていると思って、静かに、ただ一緒にいるために。

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