幕間―2―(1)
幕間−2−
「ユニカのことを、愛しているか」
そう尋ねてきた王を凝視したあと、ディルクは目を閉じた。
トルイユには仲間と養父の命を奪われた恨みがある。その意味で多くの戦の糸を引いていたブルシーク家を滅ぼすには、今回の計画はよい機会だった。
しかし、バルタス総督の地位を剥奪されて以来、なんの甲斐もなく生きてきたディルクがエイルリヒの提案に協力すると決めたのは、トルイユを叩き潰すと同時に公妃のこの後の人生を地に沈めてやれると知ったからだ。
物心ついた頃からディルクの中に公妃を母と思う気持ちは存在しない。今日に至るまでずっと。そして公妃はディルクの大切なものをことごとく損なった、あるいはそのきっかけをつくった。
ましてその女が、養父を殺した憎むべき敵国とよしみを通じているという。これほどの復讐の機会があるだろうか。
あの女を失脚させるためならなんでもしよう。
ディルクはそう言ってエイルリヒが差し出した手を握り返した。
ユニカに触れるのがこんな自分の手だということが今さら恐ろしい。他者の命を奪うことを切に望んでいるこの手が、かえったばかりの雛鳥のようなユニカに触れるなんて。
しかし、負った傷の痛みをおして再び瞼を開いたユニカの瞳に自分が映っていることを確かめる時、ディルクは長年燃え続けている冷たい炎のことを忘れられた。世界の眩しさにまだ戸惑っている彼女の手を引いてあげたいと思う。
誰かを憎んでいる手でも、彼女の柔らかな手を傷つけないように、汚さないように、日向の席へ連れて行って、座らせてあげたい。
そんなことを考えている自分にディルクは驚いていた。
母を断頭台に送ること以外に望みを持ち得るとは。
いや。そんな望みを持ち得たからこそ、ディルクにとってユニカは『天槍の娘』以上に特別な相手になったのだろう。
この未来(さき)にあるユニカの幸せを、何一つ損なわせたくはない。
ディルクの中で、今最も強く輝いている思いはそれだ。
「はい。愛しています」
王はしばらく無言で見つめ返してくるだけだったが、やがてふと笑いをもらして席へ戻った。ディルクは緊張を緩めずに、座り直した王を目で追う。
赦してくれる――そう考えていいのだろうか。
王は卓上に飾られていた庭にあるのと同じ赤い薔薇に無骨な指先をそっと伸ばし、触れることなく手を引いた。何かに迷って、けれども結局、何かを決めたように。
「条件が二つある。まず一つに、今日明日でそなたとユニカの婚姻関係を認めることはない。国母の器のない者をそなたの妃には出来ぬ」
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