願いごと(19)
「俺のところで暮らして欲しいと」
「わざわざ頼んだの?」
レオノーレも怪訝そうにしながら驚いたが、視界の端ではアルフレートが弾かれたように起き上がるのが見える。
「姉上にお土産を渡してきます」
そして彼は居間から飛び出していった。ドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえる。もうだめだという顔をしていながら、本当はどこかに体力を温存していたらしい。
少年の元気な足音が聞こえなくなると、ディルクの隣に座ったレオノーレが頬杖をつきながらにんまりと笑った。
「そんなにまどろっこしいことをしなくてもユニカはもうディルクのものなんだから、むしろディルクのところで暮らさなきゃいけないでしょうに」
レオノーレが言うことは彼女の私見でもなんでもない、王族に定められた掟の話だった。
王族の寵愛を受けた女性は王族の母となる可能性がある。どのような待遇で迎えるかは、王室典範の中で先例に基づいた細かい決まりが示されているのだ。
大公家の男子にも適用される法だったので、そんなことはディルクとてずいぶん前から知っていた。相手が公爵家の女性なら、ほとんど妃に準じる待遇を与えねばならない。
むしろ、ディルクが頼むまでもなくそうせねばならないのだ。ことを公にしたとしたら。
しかし。
「ユニカはそんなものに縛られなくていい。自分で選んでくれればいいんだ」
「でも、選んで貰おうと思ったら部屋から出てこなくなっちゃったのよね。それって嫌だってこと?」
「嫌だとは言われてない」
正しくは言わせなかったのだが、それにしたって、あんな顔で断られたくはなかった。
やっと。
やっと受け容れてくれたのに、だ。
夕べは自分の中にあった空洞をすべて満たされたような心地がしたのに、ユニカが傍にいないだけでもう渇き始めているように思える。
その渇きに苛まれることなく、自分の住まいへユニカを連れ帰るだけの力も名分もある。いっそそれだけに従って行動できる人間だったらよかったのに、と思わずにはいられない。
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