天槍のユニカ



願いごと(18)

「どうして泣くんだ?」
「嬉しいって、思ったけれど、」
 ディルクが何か言いかけたのを遮るように、ユニカは静かに首を振る。
「私は王族でも本当の貴族でもないけれど、それでも、背いてはいけない決まりがあることは知っているの。だから、」
 ごめんなさい。
 そう呟く前に、ユニカの唇の動きをごく短い口づけが邪魔した。
「君が嫌だというなら無理強いはしないつもりだった。でも、君の心が俺にあるなら話は違う。その先に言おうとしていたことは、考え直してくれ」
「考え直すって――」
 答えは是か否かの二つに一つだ。ディルクが言うことはつまり、事実上の「否はなし」ということだった。
「待って、ディルク。私は……」
「ユニカはエルツェ公爵家の姫君だ。資格がないなんて誰にも言わせない。だから」
 いつでも手の届くところにいて欲しいんだ。
 ディルクの囁き声は昨日と同じ切なさに満ちていた。

* * *

 レオノーレはだいぶ日が傾いた時刻になってようやく帰ってきた。彼女に連れ立って一日中歩き回ったり馬に乗ったりしていたと思しきカイとアルフレートは見るからにへとへとだ。ディルクはそんな二人のために長椅子をあけてやり、兄弟が倒れるように座り込むのを眺めながら自分はテーブルへと移った。
「久しぶりにいい運動になったわ。ディルクはユニカとゆっくり出来たの?」
「おかげさまで」
「ふーん、よかった。はい、お土産よ。ところでそのユニカは?」
「部屋に閉じこもらせてしまった。真剣に頼んだんだけどな」
「何を?」
 レオノーレが差し出してきたのは、なにがしかの動物の肝を黒焼きにして漬けた酒だった。この手の酒は滋養強壮薬だとか精力剤だとかになるといって売られていることが多いが、ディルクは別にいらなかった。見た目も薄気味悪い瓶を脇へ避けつつ、憂鬱そうに手許で広げていた便箋を指先で撫でる。

- 1142 -


[しおりをはさむ]