願いごと(4)
「ユニカがそんな顔をすることはないのに」
知らずのうちにそんな気持ちが面(おもて)へ出ていたらしい。ディルクはむっと唇を引き結んでいたユニカの頬をふざけ半分に摘まんできたが、そうやって話を逸らそうとされても一つも面白くなかった。
摘ままれても笑われてもユニカが難しい顔をやめないので、ディルクは何やら諦めたように眉尻をさげ、たった今摘まんでいたユニカの頬に大きな手を添えてくる。
「あなただってそんな顔をすることはないわ。……何かあったなら、話を聞くけど」
ユニカは思いきって言ったが、彼の表情はますますくもる。
「聞かない方がいい話なら、聞かないし……」
「そうだな。ユニカには……言えない」
詫びるように頬を撫でられ、ユニカはうつむいた。
「そう……」
仕方ないとは思う。政治や軍事の話が絡んでいればユニカには話せないこともあるだろう。むしろそういうことに関わる話で、ディルク自身が何か嫌な思いをしたわけではなければいいなと思った。
様子がおかしい彼を見ながら、少しそんな心配もしていたのだ。エイルリヒが王城に滞在していた時、彼とディルクはそれほど仲が悪そうには見えなかったけれど、何しろ二人は本当の兄弟ではない。それどころか、親たちの間にある歪みによってかなり微妙で難しい関係なようだ。
だから、弟との間に何かあった≠フではないかと。
ところが、話を聞けなかったことが少々残念なユニカより、ディルクはずっと苦しげだった。
「それならもう寝ましょう。雨の中を帰ってきたのだし、あなたが自分で思っているより疲れているはずだわ」
部屋へ戻るように提案すると、立ち上がったディルクは薄く開いていた硝子の扉を押し開いてバルコニーへ出た。
彼は一度立ち止まり、ユニカを誘う。切なげな眼差しを無視出来なくて、その手を取りユニカも夜の中へ踏み出した。
流れる薄い雲の間に瞬く砂銀のような星が見える。少し風があるので、砂銀を覗かせた夜空の窓は雲の間を移動していく。湖は波立っているのか、足許を見れば一面が真っ暗だ。
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