天槍のユニカ



願いごと(1)

第10話 願いごと

 
 しとしとと降り続く眠たげな雨の夜が、まるで別世界のことのようだ。
 夕食を終えてずいぶん経つが、二階の広間には館に滞在する人すべてが――騎士や侍女達、世話役の村人、管理人の老夫妻も――集まり、酒肴をともに囲みながらフィドルの四重奏を楽しんでいた。
 弾き手はディルクにカイ、クリスティアンと、遅くまで引き留めてしまったために帰宅できなかったコーエン。四人ともそれぞれに弾けば巧いのだろうが、何しろ練習なしの付け焼き刃で行う合奏なので微妙に息が合っていない。
 それがまたあいあいとした空気を作ってくれていて、一曲終わるたびに皆が喜んで手を叩いた。
「じゃあ次は、」
「少し休ませてくれ。腕が疲れた」
「何言ってるの。動かなくなるまで弾いて貰うわよ」
「俺達が何をしたって言うんだ」
 ディルクの訴えはレオノーレに却下され、四人は渋々フィドルを構えてご指定の曲を奏で始める。
 カイは本当にうんざりしているようだったが、ディルクとコーエンはまんざらでもない様子。クリスティアンは淡々と弓を動かしていた。
 まだしばらく続きそうな演奏会を楽しみながらも、ユニカは落ち着かない気分だった。
 夕食の席に着いて以降、ディルクはどことなく沈んでいるように見える。今だって笑いながらフィドルを弾いているのだが、演奏の合間にはその表情がふと消える瞬間が何度かあった。
 レオノーレほどおしゃべりではなくても、彼はその場の会話を先導するのが上手いはずなのに、さっきから誰に対しても話を振ることがない。誰との会話にも参加していないごく短い時間、ディルクの意識はその都度どこか別の場所にあった。
 どうしたのだろう。
「なんだか、殿下はお元気がないようでしたね」
 結局、気にはなったが何も尋ねることは出来ないまま、宴を終えてユニカは領主の部屋に戻っていた。
 ユニカに着せた寝間着の釦を留めつつ言ったのはエリュゼだ。彼女は眠たくて目がしょぼしょぼしているディディエンにドレスを片付けさせ、ユニカを鏡台の前に座らせて手際よく髪を解いていった。

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