天槍のユニカ



愛しさの代償(17)

「気にすることはない。君に着て欲しくて作ったんだろうから」
 田舎で活動的に過ごしていたらしい王妃のためか、村の女達は都の貴婦人が着ているのより裾が短く、身体を締め付けないで済むドレスを作って待っていた。領主は今度も女性、縁あって王妃からゼートレーネを貰ったユニカはその跡継ぎとして彼女達から孫か娘のように構われており、王妃のために用意されていたドレスもユニカの寸法に合わせ直してプレゼントしてくれるようなのだ。
 エリュゼが一から十まで面倒を見ていたくらい自分の着るものに興味がなかったユニカだが、よっぽど気に入ったのか、ディルクが出発する前にも村の女達から贈られたドレスを選んで着ていた。
 ディルクも彼女らが作った服は嫌いではない。腰や背中にあるリボンを結んで布を絞り身体の線を美しく見せることも考慮されているし、こうしているとユニカの柔らかさが分かる。
 その感触と一緒に伝わってくる体温が温かく、自分の身体が冷たかったことも思い出した。もっと暖をとろうと――あるいはエイルリヒの声を忘れようと――腕に力をこめ、レースで飾られた襟からのびる首筋に額を埋める。
 すると、お茶と酒の香りも、炎が揺らぐ蝋燭のにおいも遠ざかり、ユニカがまとう芳香で頭の中がいっぱいになった。ただただその心地よい香りに酔っていただけなのだが、少しすると急にユニカがもがき始めた。
「だ、だめよ。この間みたいに痕をつける気なら離れて」
 仕方なく腕の力を緩めると、彼女は目を吊りあげて振り返った。
「ああ、出発前の。気づいてくれたのか」
「気づかなかったらあのまま夕食を食べに行くところだったわ!」
「鏡を見たら気づくだろうなと思うところにつけたんだ」
 あの時はほんのいたずら心の思いつきだったのだが、こうも真っ赤になって怒られると可愛くてまたその気≠ノなってしまうではないか。
 ディルクは逃げようとするユニカを抱え直し、矢車菊の櫛と花でまとめられ行儀よく背中に向かって流れている黒髪を掻き分ける。そして現れた白いうなじに口づけた。
 ユニカの身体は一瞬びくりと震えたが、そのあとは諦めたようにじっとしている。やがて花びらのような――今日のドレスにあるイヌバラの色に似た痕をつけてディルクが顔を離すと、物憂げな溜め息をついて身体の力を抜いた。
「今度は人には見えない」
「……あなたは、こんなことばっかりしてくるわ」

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