愛しさの代償(16)
彼女はディルクから逃げるように暖炉へ駆け寄り、炉棚に置かれていた燭台に手を伸ばす。するとその指先でパチンっと火花が弾け、蝋燭の一本に頼りない炎が宿った。
天槍の――片鱗。
ユニカがこうして火を点けるのはすでに何度か目の当たりにしていた。だからユニカも今さら驚かれないと思ったのだろう。
ディルクとて驚いたわけではなかった。ただ、エイルリヒの顔が脳裡をよぎる。
『本気の恋愛をしろなんて言っていないし』
そんなことは分かっている。記憶の中から響く刺々しい声を振り払う。
気が付くと、自分が生み出した火をほかの蝋燭とランプに移していたユニカを、後ろからそっと抱きすくめていた。
びっくりした彼女に振り払われずに済んだのは火を持っていたからだ。宥めるようにゆっくりとそれも手放させ、今し方火花を放った細い指に、自分の指を絡ませてみる。
こうすることでユニカの力を封じることが出来ないだろうか。
ユニカが何の力もない、たまたま公爵家と縁を結んだだけの世間知らずな娘になれば、誰にも、ディルクにとってすら利用価値のない娘になればいいのに。
すぐ傍で揺らめく灯りが、二人の指の凹凸に境界線のような濃い陰をつくった。重なっても、交わることがないとでもいうようだった。
「ど、どうしたの……?」
視界の隅で、ユニカの白い喉が震える。薄い耳朶にはサファイアと紫水晶で出来た矢車菊。ディルクが触れていたのとは反対の手には、同じ花の指輪。この二つは、気に入ったのかそう邪魔にならないからか、恐らく後者だろうがいつも着けてくれている。それだけでもディルクは満足だったのだが……
「今日は、髪飾りも着けてくれたんだな」
問いに答える代わりにそう言うと、ユニカはしどろもどろに答えた。
「縫いものをするのにまとめて貰っただけよ。その時にエリュゼが」
ユニカの言い訳はディルクの嬉しさを掻き消すには及ばなかった。心の中でエリュゼのことを褒めておきながら、絡めていた指を解き、肌触りのよいドレスをまとった身体を両腕で捕らえる。水色の生地に薄紅色のイヌバラの花と蔦模様が描かれていて、絹とは違う柔らかな手触りは木綿だ。
「今日の服も村の女性達から?」
「そう、動きやすくて着心地がいいから、また貰ってしまって……」
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