天槍のユニカ



愛しさの代償(10)

 まったく、エイルリヒには初日に八つ当たりを宣言されたが、ひっぱたいてやったせいで想定以上の被害を受けている。それも気分が悪い程度で済んでいればいいが――。
 身体中から力が抜けた。落ちるように椅子に座り、天井を仰ぐ。
 あの女のところにユニカを連れていく?
 考えるだけで吐き気がこみ上げてきた。稲妻が閃き瞬時に闇を照らすように、ここにあるはずのない血だまりが脳裡にちらつく。
 あの時≠ニ同じことが起こりはしないか。
 項垂れながら、吐き気を抑えるために深く息をついた。
 いや、あの時とは違う。ユニカには信頼できる部下を護衛につけているし、エイルリヒの公的な客人に目立たず近づくことなど出来はしない。だから大丈夫だろう。
 そう思うのに、杯を握った手の震えが止まらない。
 そんな己の様子から目を逸らすように、ディルクはぎゅっと目をつむった。
 
 
      * * *

 滞在の予定を延ばす報せへの返事はすぐに届いた。ディルクが戻るのは、彼がゼートレーネを出発した日からちょうど十日後になるとのことだった。
 今日がその日。本当ならユニカもアマリアへの帰途についているはずだったが、領主館の世話をしてくれる村人たちは滞在の延長を喜んでくれた。夏中いればいいのに! とも言われたが、その言葉を聞いた途端カイがむすっとしたので、ユニカは丁重にお断りした。
 賑やかなお喋りとともに昼食が済み、領主館の中はどこかしっとりした静けさに包まれている。気怠い空気は今朝から降っている雨がもたらしていた。
 出掛けられなくてつまらない、と言うレオノーレとアルフレートが騒いでいたのも午前中まで。二人とも食後で眠たいのか、居間で縫いものをするユニカの傍のソファをめいめいに占拠して寝そべっている。エリュゼはユニカの隣で眉間にしわを寄せながら刺繍の練習、カイはいつもの書斎で、今日はコーエンがフィドルの指南を受けに来ていた。
 施療院から預かってきた布で肌着を縫いつつ、ユニカは時折手を止めて雨滴に撫でられる窓を見遣った。

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