愛しさの代償(5)
「で、殿下、聞こえておりましたか。いや、今のは、あまりご無理をなさらないでいただきたいという意味で」
「別に王太子殿下へ告げ口したりしませんよ。シュルツ将軍の気持ちはよくわかります」
いつからそこにいたのだろう。ようやく十五歳になったばかりのエイルリヒのことも子供が遊山に来たようなものだと思っていたシュルツだったが、思いのほか親切な言葉に胸をなで下ろした。ところが、
「それに、僕が何かしなくてもあなたも更迭(クビ)ですよ」
朗らかに告げられてシュルツは再び絶句する。
そんな彼から早くも興味を失ったエイルリヒは、シヴィロ兵を小さな方陣に分けて整列させているディルクを眺めて目を細めた。
兵も休んでいないが、ディルクも同じ時間、天幕の陰に一度も入らず、水一滴も口にせず彼らを見守っていたのだ。
それだけじっくり見ていればいつも遅れる隊が複数あって、そこから生じたずれが全体に影響を及ぼしていることにも気づける。エイルリヒにさえ分かったことだ。
だというのに、天領の兵を預かる指揮官にはそれが見えないという。味方がこんなポンコツではさすがにエイルリヒも不安なので、この状態はディルクに早く是正して貰わねばならない。
それにしても。
「本当、何をムキになっているんでしょうね。兄上にこんなに暑苦しいところがあるなんて知りませんでした」
恐らく、彼にとっての悪夢の勝利にまだ引きずられているのだろうが。
ディルクにはそういうところがある。なんでも合理的に判断し、いくらでも冷徹になれるのに、相手への情が一定の線を越えるととたんに自分自身の制御を失う。
バルタスの戦役で勝利しながら、要らぬ追撃戦を敢行して味方を死なせた原因もそれだ。敵に反転迎撃するだけの力が残っていなかったから勝敗が覆らなかったものの……その時の味方への悔恨がまだ晴れていないらしい。
なんて鬱陶しいのだろう。
エイルリヒはふんと鼻を鳴らしてディルクの姿に背を向け、天幕の中へ戻った。
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