天槍のユニカ



愛しさの代償(3)

 そのエイルリヒはくつろぎながらさも不思議そうに言った。
「時間の条件を緩めてやっては? 今だってあと三十秒あればきちんと並べそうだったのに」
「整列できている公国の兵を待たせろと? あり得ない」
 戦の中では数十秒、数秒で戦いの流れが変わることはざらにある。特に陣形の変更は隙になりやすい。時間をかければかけるほど敵に攻撃の機会をつくってやることになるのだ。
 エイルリヒも素人のような顔で言っているが、そんなことは百も承知のはずだった。ディルクが苛立ちを少しでも抑えようとしているので、わざとそれを噴出させようとつっついてきているのだろう。
 平手打ちの仕返しがあるのは予測していたが、こんなに長くねちねち続くとは思っていなかった。
 そして、エイルリヒに唆されなくとも、ディルクが大目に見てやれるのはここまでだった。
 やがて兵の動きを見晴らせる天幕まで二人の連隊長が登ってきた。彼らはすかさず跪いて頭を垂れる。
「グートハイル卿、ロットナー卿。残念だが約束の正午だ。卿らには私の命令通りに兵を動かす能力があるとは認められない。よって連隊長の任を更迭する。もうさがってよろしい」
 ディルクは淡々と決定事項だけを伝えると、跪いた二人をその場に残し、天幕まで引いてこさせた愛馬に飛び乗った。平地で展開を試みながらもがいている隊列を見下ろすと溜め息が出た。
 その陣地へ降りていこうとする彼を、すかさず止める将が現れる。王太子領の駐留軍を率いる立場にあるシュルツ将軍だ。
「お待ちください、殿下。早朝から訓練を始めてはや四時間。兵も疲れて動きが悪くなっております。大休止の後に再開なさってはいかがでしょう。さすれば多少は、」
「無駄だ。同じ時間、同じ動きをウゼロの兵は命令通りにこなしている。我が兵が劣っているのは明らかだろう。休んで多少マシになる≠アとなど、私は目指していない」
 どうやら、たった今更迭された二人にもう一度機会を与えて欲しいようだ。しかし、ディルクはすでに四時間の猶予を与えていた。四時間の間、彼らは兵を怒鳴るばかりで一度として時間内に隊形を整えられなかった。結果としては十分だった。

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