天槍のユニカ



寄す処と手紙(15)

 入れすぎたジャムをすくい出すユニカの顔を、エリュゼが笑いを堪えながら見ている。彼女にもひそひそ話が聞こえていたのだろう。
「皆、悪気はないのですわ。田舎ですから刺激のある話題も少ないですし、あれくらいの年頃の娘達が好きな話です」
「そうね。悪いのは殿下だわ」
 エリュゼの言うあれくらいの年頃≠フ娘達は見たところユニカやエリュゼと同じくらいか少し年下。結婚の適齢期を迎える頃なので、色恋の話にも少々具体性が欲しいらしい。
 熱い好奇心のこもった視線を感じる。それに堪えられなくなったユニカは、詰め終わった瓶を置くと急いでエプロンを外した。
「アルフレートを探してくるわ。ジャムを食べさせてあげないと」
 さっきの約束はここから逃亡するにはうってつけの口実だった。エリュゼは笑って送り出してくれた。
 すっかり暮らし慣れた領主館の中を、窓から吹き込む高地の澄んだ風を吸い込みながら歩く。王城の方がずっと広いのに、ここには言いようのない開放感があった。
 少し歩けば、湖の中に浮かんだ城が見えてくる。
 ディルクにはゼートレーネでの滞在を延ばすと伝える手紙を送った。道を知っている近衛騎士がその役を引き受けてくれたので、そろそろ彼のところへ着いている頃ではないか。
 ディルクが帰ってきたら、約束通りあの城へ行かないと。
 そう考えると自然に足取りが軽くなる。エリュゼやレオノーレに見られていたら「るんるんしてる」などとからかわれたことだろうが、幸い、ユニカが書斎の扉を開けるまで誰にもそんな緩んだ顔を見られずに済んだ。
「アルフレートならいませんよ」
 てっきり、アルフレートは書斎を仕事場にしているカイにちょっかいをかけに行ったものと思っていたので、ユニカはきょとんとした。
「どこへ行ったか知らない?」
「さあ。一度ここへは来ましたが、出て行ってからのことは」
 上の弟の返事は実にそっけなく、一緒にいたラドクも首を傾げるばかりだ。
(どこへ行ったのかしら……)
 姿の見えないほかの騎士に剣の稽古をつけて貰っているかも知れない。だとした広い芝地のある北の庭園にいるだろう。しかし、もしかするとふてくされて寝ているかも。少し前の自分がそうだったので、ユニカは一応アルフレートの部屋を覗いてから外を探すことにした。

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