天槍のユニカ



寄す処と手紙(3)

 エイルリヒは身体をわななかせて吐き棄てる。見たこともないほど感情をあらわにしたエイルリヒの様子に、ほかの全員が黙らざるを得ない。
 それでも、この問題の当事者たるクリスティアンが張り詰めた空気の中で口を開いた。
「大公家から賜った爵位を手放すことの不忠は承知の上でございます。その罪を直接エイルリヒ様に謝したく、王太子殿下に同行のお許しをいただきました」
 青色の底にめらめらと怒りを燃やした瞳がじろりとこちらをにらむ。ディルクはそれを真っ向から受け止めたが、まだ何も言わなかった。すぐに目を背けられてしまったのもあるが、ディルクが口を出しても解決出来ることではないからだ。
 しかし。
 ディルクも肘掛けの上に置いた手を拳に握る。
「謝って済むものですか。僕の代では『四公』はそろわない――早くもそんな陰口を叩かれています。ほかならぬテナ侯爵、君が僕を仕えるに値しない≠ニ評価したおかげでね」
 大公自身と、側近のイシュテン公爵、大公の従姉であるグリーエネラ女公爵、そして大軍閥を率いるテナ侯爵。この四人を中枢に据えた体制が、ウゼロ公国の強堅で迅速な政治と軍事の要だ。先代のテナ侯爵、クリスティアンの父が鬼籍の人となってからクリスティアン自身はまだその地位を継いではいなかったが、若い彼も戦地で経験を積み、エイルリヒが公国の君主として成熟した暁には、再び『四公』の座にテナ侯爵が収まる、はずだった。
 なるほど、それが欠けると見なされるか。正直、影響がそこまでとはディルクも思わなかった。テナ家そのものが公国を離れるわけではないのだから、というのが、クリスティアンと、そしてディルクとの最終的な判断だった。
 しかし、他人の目に映る自分の姿が「棄てられた」だとあっては、気位の高いエイルリヒの不快感は天井を突き破っていて当然だろう。
「エイルリヒ様を仕えるに値しないお方だと思ったことはございません。此度のことはひとえに私のわがまま、そのほかに理由はないのです」
「ええ、知ってますよ。君はディルクと僕を天秤にかけて僕をとらなかった。理由は別にいい。その事実だけで公国の臣下が想像の翼を広げるには十分なのですから」
 エイルリヒはにっこりと笑い、クリスティアンの隣に直立していた騎士に目を向ける。
「ねぇ、ノワセル」

- 1088 -


[しおりをはさむ]