天槍のユニカ



レセプション(6)

 神話の一場面を彫り込んだ城門を見上げ、ディルクはしばらく動かなかった。彫刻に見とれているのだと思いこんだシヴィロ王国の外務卿がほくそ笑みながら近づいてくる。
「門は城の顔でございますゆえ、これは初代国王のご正妃、エルメンヒルデ王妃ご自身がデザインされ、職人が二十年かけて彫り、彩色したそうでございます」
「そうでしたか。良妻賢母と名高いかの王妃の名がこの城に与えられた理由が分かります。城は王の佐け、王妃もまたそう。エルメンヒルデ王妃は城となって歴代の王をお佐けくださっているのですね」
「まさにまさに!」
 ディルクは両手を叩かんばかりに喜ぶ外務卿へ微笑み返し、用意されていた輿に乗り換えた。後ろではエイルリヒが同じように輿に乗っている。城門から先は階段が多く馬車では進めない。
(とろいったらないな……)
 馬車も雪にはまってなかなか進まず、今度は儀式的な歩調で進む輿に乗る。ウゼロ公国を発ってから十日、精神的にはその三倍くらいの時間を浪費した気分だった。
 それだけゆっくりと考える時間もあったはずなのだが、横から茶々を入れるエイルリヒが邪魔だった。ディルクが余計なことを考えないようにわざとやっていたのだろう。
(いまさら逃げてどうする)
 そんな真似をしなくてもディルクに選べる道など多くはない。一緒に滅ぶか、自分だけ助かるか、だ。どちらでもよかったが、ディルクは後者を選んだ。
 うねる坂道と階段を繰り返し、ドンジョンの入り口にあたる最後の門が開いた。
 上空で青白い閃光が閃き、一瞬あたりが暗くなったように感じた。続く轟音。周りの者がわずかに息を呑む中、ディルクはゆっくりと視線を空に滑らせる。
 神々の槍は、やはり悪徳をする者の脳天を狙っているのか。今まさに振り降ろされればディルクは逃げることが出来まい。
 すると、視界の隅に青空が見えた。灰色の雪を降らす曇天の端にするりと入り込んだあざやかな色。
「止まれ」
 ディルクが短く命じると、輿はかくんと揺れて止まった。何ごとかと問うてくる外務卿を無視してディルクは重たい天鵞絨(ビロード)の天蓋をめくりあげる。通り過ぎたドンジョンの門を見上げ、そこに青空の端を見つけた。

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