いっぱい食べる君が好き


 昼を迎えたナポリは家族で昼食を取るのに忙しく、あちこちから美味しそうな匂いを漂わせている。それに負けじと暗殺チームが暮らす部屋からも出来たてのペスカトーレの香りがふわふわと流れ、ワインが注がれたグラスが太陽にきらめき、プロシュートが作ったとっておきの肉料理に全員が舌鼓を打っていた。
「あ〜〜、美味しかった〜〜」
 朝市で買った新鮮な魚介類がたっぷりと盛られたパスタ、プロシュートの秘密の配合ソースで作られた仔羊のグリルも絶品だった。前菜から続くそれらに加えてパンとワインを口にすればさすがにお腹が苦しくなる。ホルマジオが買ってきたマルゲリータがあっという間に彼らの胃袋へ消えていくのを無念そうに眺めていると、隣に座ったリゾットが気を利かせて小さく切り分けてくれた。
「あー! リーダーがまた餌付けしてる。俺も俺も!」
 夢主の向かい側でメローネが声を上げ、切り分けたピッツァの端を持って身を乗り出してくる。彼に促されるまま夢主は口を開けてトマトとモッツァレラチーズの旨味を噛み締めた。
「ん〜〜、美味しい……っ」
「だってよ、ホルマジオ。お前、いい店見つけたな」
「そう言ってもらえるならよぉ〜、並んだ甲斐があるってもんだぜ」
 彼らの胃袋はどうなっているのか、ホルマジオはすでにあの大きなピッツァをぺろりと食べてしまったようだ。
「あまり無理をさせるなよ。俺が買ってきたドルチェが入らねぇだろうが」
 大きな容器にみっちりと詰められているのはイルーゾォの好きなティラミスだ。ココアがたっぷり振りかけられたそこにナイフを入れて、人数分に切り分け始めていた。
「お前、それ好きだよなぁ……腹いっぱいの夢主にはこっちの方がいいと思うぜ」
 そう言ってジェラートが大きな冷蔵庫から取り出したのは、ぷるんと震えるパンナコッタだ。容器から皿へ移した彼の横でソルベがストロベリーソースをとろりとかけ、ベリーとミントの葉を乗せて彩りを良くした一皿を夢主の前へと運んできた。
「急いで食べなくていいぞ。まだあるからな」
「俺の方も用意出来たぜ。ゆっくり食べるといい」
 イルーゾォが丁寧に切り出したティラミスがパンナコッタの横に並ぶ。そんな甘い誘惑を誰が断れるだろうか。夢主は笑顔で二人に礼を言って、甘味は別腹とばかりにスプーンを手にした。
「テメー、俺が買ってきたジェラートはどーすんだよ。入りきるのか、そのちっせえ腹によぉ」
 夢主の隣で唇を尖らせたのはギアッチョだ。わざわざ遠いジェラテリアに足を伸ばしてまで購入した一品を、蓋も開けずに冷凍庫で死蔵させるつもりなのかと強く眉を寄せている。
「もちろん食べるよ。せっかくギアッチョが買ってきてくれたのに、食べない訳ないでしょ?」
「それを聞いて安心したぜ」
 どっかりと椅子に腰掛けながら、彼も渡されたドルチェを次々に食べる。リゾットなどすでに二皿目に突入しているようだ。
「みんな、本当によく食べるよね……」
 ここに住み始めてから彼らの胃袋には驚かされてばかりだ。メインはもちろん、ワインもドルチェも次々に消費するので冷蔵庫は常に人数分の食料で満たされていた。
「え〜、これくらい普通だろ? 君が小食なだけじゃあないか?」
 見た目以上に食べるメローネに言われて、そんなものだろうかと思ってしまう。
「おっ、美味そうなモン食ってんじゃあねぇか。一口寄こせ」
 そう言ってキッチンから現れたのはエプロン姿で腕まくりをしたプロシュートだ。彼は皿に乗ったチョコラートタルトをテーブルに置き、夢主に向けて大きく口を開ける。命令通りに新しいスプーンでパンナコッタを掬い上げ、彼の口へと差し出した。
「美味いな。俺のタルトもなかなかだぜ」
 ナイフで切り分ける姿も様になるから参ってしまう。夢主の前にドルチェが追加された時、今まで居なかったペッシが外から帰ってきた。
「兄貴、スフォッリャテッラ買ってきやしたぜ」
「遅かったな。クリームは端までたっぷりか?」
「もちろんっス!」
 甘く幸せな香りが漂って、どれから食べればいいのか目移りしてしまう。このままだと午後はもちろん、夕食までドルチェ尽くしだ。
 夢主は困ったなぁ、と呟きながら美味しい一口に笑顔を見せた。


 ……そんな翌朝、シャワーを浴びて身支度を調えた彼女は、鏡の前で愕然となりながら息を止めた。
「……スカートがきつい……」
 それもそのはず、あれほど美味しい物をたくさん口に運べばそうなることは必然だ。恐る恐る体重計に足を乗せてみると、信じたくない数字がそこにあった。
「うそっ!? いやぁ!」
 大きな悲鳴を上げた瞬間、バスルームの扉が激しくノックされる。
「おい! どうした?! 何事だ?!」
 悲痛な声を聞いたリゾットが様子を見に来たらしい。夢主はスカートの留め具を押さえながら何でもないを繰り返したが、その焦り声にますます心配になったようだ。
「無事か!?」
 ドアを蹴破りながら飛び込んできたリゾットが見たものは、スカートを必死で押さえる夢主の姿だ。へたり込む彼女にリゾットはあらゆる可能性を考える。
「奇襲を受けたのか?! 敵は、スタンド使いだな?」
 ここを暗殺チームのアジトだと知って殴り込みに来るとはいい度胸だ。誰よりも先に夢主を狙ったのはそれだけの価値があると知っている輩なのだろう。リゾットの周囲にぶわりと冷たい殺気が漂い、いつでもスタンド攻撃に移れるよう体は自然と構える形になった。
「ちが……待って……」
 凄まじい気迫に圧されて、萎縮する体を何とか動かしながら夢主はリゾットに近寄る。
「大丈夫だ、すぐにイルーゾォが来る」
 彼の言葉通り近くの鏡に人影が映り込み、中からするりとイルーゾォが顔を見せた。
「ヤバそうだな。応援は誰にする?」
「ギアッチョとプロシュート、それからペッシだ」
 チームの中でも殺傷能力の高い彼らを選ぶ辺りリゾットは本気なのだろう。リーダーの言葉を受けてイルーゾォはスッと鏡の中へ戻ってしまった。
 もはや躊躇などしてはいられない。このままでは居もしないスタンド使いに攻撃を仕掛けることになってしまう。
「違うの、誤解なの……体重が増えた事にびっくりしただけなのッ!」
 庇うように立つリゾットの広い背中に向けて、夢主は顔を真っ赤にしながら叫んだ。


「何事かと急いで来てみれば……くっだらねぇ……馬鹿か、テメーは!」
 ギアッチョに額を強く叩かれた夢主は痛むそこを手で押さえながら謝罪する。
「ご、ごめんね、ギアッチョ……悪気はなかったんだよ。本当に」
「あってたまるか。クソ……お前のせいでこぼしちまったじゃあねぇか」
 ソファーで疲れたように項垂れる彼の白いズボンには、ぶちまけたコーヒーで出来た無数のシミが残されていた。
「そんなに焦って駆けつけたのか? ハッ、まるでヒーロー気取りだな」
「うるせぇ……テメーに言われたかねぇよ。何だそのザマはよぉ?」
 ギアッチョは向かい側のソファーに座るプロシュートを睨み付ける。いつもビシッとしたスーツでキメている彼は、今日に限ってそれを忘れたようだ。少しだらけた室内着にばらりとほどけた金髪、髭は半分そり残されている。シェービングクリームを乗せたまま駆けつけてきたそんな彼の姿に、夢主は目を剥いて驚いてしまった。
「チッ、しかたねぇだろーが。こんな朝早くに呼ぶ奴が悪い……っつーことで、オイ、夢主……ちょっとこっちに来い」
 恐る恐る近づけば、さっきギアッチョに叩かれた所にプロシュートの額がゴンッと音を立てて押しつけられた。
「こんな格好で俺を呼びつけた礼だ」
 ごりごりと額を削る勢いで仕置きされて夢主は早くも涙目だ。
「痛い、痛いっ! ごめんなさいっ! 許して、プロシュート兄貴ッ」
 ペッシと共に怒られるようになってから何度こうして謝ってきただろう。新人の教育係としては少々乱暴すぎるが、ペッシに言わせればものすごく加減している方だという。
「……うぅ、熱い……」
 摩擦熱で火照った額を押さえながら、チーム内でもキレると怖い彼らの前に座らされる。リゾットだけが背後から冷たい手を夢主の額に添えて慰めてくれた。
「それで……一体、何があった?」 
 鏡から出て来たイルーゾォを前に夢主は視線を逸らす。その先に睨んでくる二人がいて、これはどうやっても逃げられないとすぐに悟った。
「……ハァアア?? 太っただと? どこが?」
 眼鏡の奥からギアッチョにじろじろと見られては居心地が悪い。夢主はその視線を避けるように体を隠す。
「ちょっと立ってみろ」
 プロシュートから反抗出来ない声を投げ掛けられて、夢主は渋々とその場に立ち上がった。
「フーン? どこだ? ここか?」
「うひゃあ!」
 不意にウエストをガッと掴まれて夢主の口から変な悲鳴が上がった。
「あー……なるほどな。確かにこいつは……」
「わー! ダメ、言わないで! 知りたくないっ」
 慌ててプロシュートの口を塞ぐも、その呆れた表情が全てを物語っていた。
「おい、なにしてやがるッ」
「さっさと離せ! セクハラだぞ!」
 ギアッチョとイルーゾォに腕を掴まれてプロシュートは夢主のウエストから手を離す。
「俺はこいつの教育係だぜ。今更、腰や足を掴んだって何にも感じねぇよ」
 頭から足先まで、彼女に合う服や靴を揃えたのはプロシュートだ。その中にはもちろん下着も含まれている。
「まぁ、確かに増えたかもしれねぇが……別に気にするほどじゃあねぇぞ」
「俺もそう思う。普段から小食なんだ、もう少し食べた方がいい」
 プロシュートの言葉にリゾットがそう続けてくれるが、元々、彼らの胃袋とはかなりの差があるのだ。大きなピッツァをぺろりと食べてしまう健啖家ではない夢主は大きく首を横に振った。
「駄目……そんなの駄目だよ。プロシュートが作ってくれるイタリア料理は死ぬほど美味しいし、みんなが買ってきてくれるドルチェも最高だけど……DIOに……DIOに嫌われたくない……」
 悲痛な表情でお腹を抱えてしまう彼女にその場の全員が顔を見合わせる。
「だからダイエットする!」
 沈んだ顔を次の瞬間には持ち上げて、夢主は決意にみなぎる声で高らかに宣言した。
「ペッシはもう起きてるでしょ? 彼と一緒に外回りに行ってくるから!」
 呆気に取られる四人を部屋に置いて、彼女は猛然と部屋を飛び出していった。



 それまで食べていた量を減らし、ドルチェも控えめにしつつ、野菜中心の料理と適度な運動で健康的な生活を送りはじめて数週間。辛いと思われたダイエットはイタリアの豊かな食材と数あるレシピのおかげでそれほど苦ではなかったのが幸いだろう。ヘルシーで美味しい物が簡単に手に入る環境に夢主は体重計に乗りながら感謝した。
「俺は……もう耐えられない……」
 しかし、それを喜ばない者がただ一人。彼女と同室に暮らすリゾットは、仲間を集めた席で拳をテーブルに押しつけながら呻くように言った。
「あれではまるで、餓死寸前の哀れな子犬だ」
 本人が聞いていれば目を剥いてすぐさま否定するだろうが、彼女は今日もペッシと外回りに出掛けて不在だった。
「リーダーの言うとおりだ。本人は平気だと言ってるが、俺から見ればいつ倒れるか……気が気じゃねぇ」
「いつも見張ってるお前が言うんだから相当だな」
 イルーゾォの言葉にソルベが深刻そうに眉を寄せる。まず骨の太さからして違うのだが、大柄な彼らと比べるとひどく華奢に見える夢主は吹けば飛んでしまいそうな頼りなさがあった。今でもそうなのに、そこへさらに痩せると聞いては心配にもなるだろう。
「あの柔らかさがいいのに……分かってないよね」
「ケッ、俺はあいつの体型なんかどーでもいい。わざわざ買ってきたジェラートが無駄になる方がよっぽど嫌だぜ」
「俺だってよぉ〜、別に太らせたい訳じゃあねぇ。美味いもの食ってる時の夢主は幸せそうだからよぉ……つい甘やかしたくなるんだ」
 ホルマジオの意見には全員が頷いた。素直な気持ちでイタリア料理は最高だ、美味しい、素晴らしい、もっと食べたいと言われれば誰だって悪い気はしない。彼女に知らない料理を教える喜びは彼らにとって今まで経験したことのない幸福感だった。
「とはいえ、このままにはしておけねぇだろう」
 プロシュートは固い声で周囲を見回す。先日、腕を振るった料理を夢主は半分しか食べてくれなかった。お腹がいっぱいだと嘘をつく彼女に、兄貴命令で無理矢理食わせる羽目になったのを未だ根に持っているのだ。
「でもさぁ、俺らが言っても聞いてくれないだろ?」
 ジェラートの溜息にリゾットが視線を上げる。こうと決めたら迷わず突き進む、そんな意志の強い夢主を変えるのは至難の業だ。
「頼み事は苦手だが……仕方ない。あの方だけが彼女の救いだ」
 

 ……日が落ちて夕闇を迎えた部屋に落ち着いた雰囲気の明かりが灯る。用を終えた食器類が再びキッチンへ戻っていく中で、テレンスの手伝いをしようとする夢主を太い腕が阻んだ。
「DIO?」
「飲み直す。付き合え」
 ダイニングからリビングへ、暗がりの中を移動した先で夢主が目にしたのは、テーブルの上で待ち構える冷やされたワインと二つ並んだグラスのセットだ。
 DIO自ら栓を抜き、グラスに注ぎ入れたものに口付ける。赤黒い液体が彼の唇の中に消え、喉仏を動かしながら飲み干す姿は堂に入った美しい所作だった。
「どこか具合でも悪いのか?」
「? どうして?」
「お前の皿だけやけに量が少なかっただろう。そのうえ酒も肉も取らず、野菜ばかり……菜食主義に目覚めたのかと思ったぞ」
 ソファーに身を預けるDIOに誘われてその隣に腰掛ける。漂うアルコールにDIOの香りが混ざって夢主の鼻腔をゆっくりと満たした。
「ふふ、違うよ。実は……えっと……ダイエット中で……」
 引き締まった体を持つ相手を前にその事実を告げるのは勇気がいる。夢主がぼそぼそと小さな声で答えるのをDIOはすべて耳に拾い上げた。
「ほう……どれ、」
 プロシュートと同じように一言の断りもなく腰を掴んでくる。慌てて離れようとする夢主を難なく押さえて気にしていたウエストを揉みしだいた。
「やだ……だめっ」
「? 別にいつも通りではないか。これで痩せる必要があるのか?」
「ひぃっ、やめて! あはは、くすぐったいっ!」
 遠慮など知らない手が弱いところを押し撫でてくる。その刺激に夢主は身を捩って逃げようとするがDIOはそれを許さない。
「おい、暴れるな。私の手で計っている最中だぞ」
「わかった、分かったから……っ!」
 身悶える夢主を一通り眺めた後でDIOはパッと手を離した。ようやく自由になれた夢主は敏感な体を抱いて荒い息をする。
「……もう!」
「怒るな。ダイエットとやらの成果を確かめただけだ」
 DIOはクッと笑ってワインをもう一度グラスへ注ぎ入れる。それを夢主へ手渡しながら離れてしまった肩を引き寄せた。
「元に戻ったのなら不要だろう。いつものように飲み干してくれ」
「……油断は禁物っていうでしょ? 目標まであと少しだから……」
 グラスを押し戻す彼女にDIOはわずかに眉を寄せ、小さな溜息をこぼした。
「このDIOの酒を断るなど、お前くらいのものだ」
「ごめんね。でもその代わり最後まで付き合うから」
 素面の相伴はつまらないかもしれないが、彼が酔うことはないのだからお互い様だ。夢主にワインを注いでもらいながら、DIOは二度飲み干した。
「お前は昔と変わらないので忘れていたが、女は見た目を気にする生き物だったな」
「そりゃあ……DIOだって、太ってる人より痩せてる人の方がいいでしょ?」
 これでも見た目には色々と気を付けているのだと口を尖らせて言う。
「夢主……この際だ、はっきり言っておこう。私は女の美醜など気にかけたことがない」
「え〜? そう? 本当に?」
 疑わしい声にDIOは笑いかける。
「だって、カイロに居た時は綺麗な人しか居なかったよ? 胸が大きくて、腰がくびれてて、すごくセクシーな人ばかりだった」
 DIOの側にいる資格はないと自分で宣言するようなものだ。当時を思い出すだけで胸が抉られるような気分になる。
「女たちを選んでいたのはエンヤ婆だ。裏の世界に通じていたからな。いなくなっても困らない女を見繕うにはそれなりの手段が必要なのだ」
 DIOの声に辺りがすぅっと涼しくなるような気配がして、夢主はわずかに表情を強張らせた。
「美しいか美しくないか、太っているか痩せているか……それは重要ではない。私にとって大事なのはそこに血があるかどうかだ。ただの食料に何の感慨が湧く?」
 ワインで濡れた口元を赤い舌先で拭い取る。グラスをテーブルに置き、夢主の首へ指を伸ばしたDIOはゆっくりと体を近づけながら囁いた。
「人は所詮、血肉の塊……そこに私はこだわりなど持たない……お前を除いては」
 体重を乗せてのし掛かれば、彼女はソファーに身を預けるしかない。逃げ出せないよう腕の中に閉じ込めると、速い心音がDIOの体に響いてきた。
「私を救う愚か者……だからこそ愛おしい。私には得られない輝きがここに詰め込まれている」
 夢主の心臓に指を這わせ、尖った爪先でそこを優しく撫でさする。
「私は、私を愛するお前が好きだ」
 正面から合わせた視線の先で、次第に潤んでいくその目を眺め続けた。歓喜と羞恥に堪えれきれず、目蓋を閉じて震える相手にDIOは笑いを刻んだ唇を押しつける。
「分かったら……意地を張るのを止めて私と酒を飲め。一人で飲むほど虚しいものはないぞ」
 理解したのか何度も首を縦に振る夢主に、DIOはようやく身を離す。
 赤い顔をしてのろのろと身を起こす相手を手伝いながら、今度は二つのグラスにワインを注ぎ入れた。
「とはいえ……気にするなと言ってもお前のことだ、すぐには無理だろう。幸いにも痩身術なら一つ有効なのを知っている。……試してみるか?」
 DIOからの意外な提案に夢主は驚きつつも笑顔を見せた。古くからイギリスに伝わる方法なのか、それともこの国で得た知識だろうか。それが何であれ様々な本を読み、夢主より遙かに知識が多いDIOのことだ、きっと間違いはないだろう。
「ありがとう、DIO。リゾットには止められたけど、実はもう少しだけ体重を落としたかったの。それって……普通の人間でも出来ることだよね?」
 不安を見せる彼女にDIOは頷き返す。
 体力が有り余る吸血鬼仕様なら無理だが、そうでないなら大丈夫だろう。ホッとして頑張ることを宣言する夢主を前に、DIOは笑みを隠すようにして酒を呷った。


 翌日の昼すぎ、腰を揉みながら疲れ果てた様子で帰宅した彼女の前に、途中で買ってきたという大きなピッツァが乗せられた皿がある。
「美味しい〜! 幸せ〜〜!」
 これまでの食欲が爆発したかのような見事な食べっぷりに、出迎えたリゾットは驚きつつもようやく心が晴れていくのが分かった。
「ごめんなさい。実は昨日の夕方から何も食べてなくて……たくさん買ってきたから一緒に食べよう?」
 ピッツァを頬張る彼女からの誘いにリゾットはすぐに応じる。冷蔵庫から飲み物と溜まる一方だったドルチェを開放し、テーブルの上へ隙間なく並べる頃には他の仲間たちも集まってきた。
「あれ?! 夢主、ダイエットはもういいのか?」
「うん……今はもう動きたくないの……」
 疲れ顔で遠い目をする彼女を仲間たちは不思議そうに見るが、そうであるならもう自重しなくてもいいだろう。酒だパスタだ、いやその前に前菜だと騒ぎ立てる彼らの中で、夢主はリゾットから差し出されたピッツァにかぶりつくのだった。

 終




- ナノ -