15センチの世界


 傾いた太陽が放つ西日を重苦しいカーテンが跳ね返す午後。柔らかな布地に身を預けてうたた寝をしていると、扉から静かに執事のテレンスが姿を見せた。
「紅茶と今月の新刊になります」
 茶菓子の横に置かれたのは、彼が本屋で購入してきた様々な分野の雑誌だ。経済、文学、スポーツ、料理にファッション、ゴシップ誌まで……テーブルの上に積み重ねられたそれらに手を伸ばす。
 ぱらぱらとめくりながら時に紅茶を堪能し、一人で読書の時間を楽しんでいたが……次のページをめくった瞬間、目に飛び込んできた見出しに指を止めた。
“付き合い始めの恋人たちに大切なこと”
 思わず食い入るように見てしまったのは、まさにその相手がいるからだ。世間の恋人たちよりも様々な制約がある中で、それでもこつこつとその関係を組み立ててきた。他人から見れば危うく、いびつな形であっても当の本人たちは初めての相手に真剣そのものだ。
「……」
 ページの隅々まで読み尽くして内容を頭に刻み込む。
 おそらくこの記事は誰の目から見ても正しいのだろう。これらを順守すれば恋人らしさにまた一歩近づけるに違いない。
「もうすぐお会い出来ますよ」
 カーテンを開きにかかるテレンスの声にそっと雑誌を閉じる。
 窓の向こうはデートに相応しい、満月が浮かぶ夜だった。


 下着姿で鏡の前に立つDIOを背後から眺めるのが、夢主の楽しみの一つになっている。
 彼はその肉体美を惜しげもなく晒しつつ、クローゼットから様々な服を取り出して本場のショーさながらに身に着けていく。あり得ない組み合わせでも最終的には必ず似合ってしまうのだからもはや魔法だ。彼の持つカリスマ性が最大限発揮する瞬間は、何度見ても素晴らしいの一言に尽きた。
「……もうしばらく待て。すぐに終わる」
 ずらりと並んだ装飾品の中から服に合うものを探すのは一苦労だろう。
「気にしないで、大丈夫」
 鼻歌交じりに服を選んだかと思えば、真剣な表情で思いに耽る。きっとどれを選んでもDIOに似合うよう作られているのだから悩む必要などない。それでも、そんな珍しい一瞬を見ることが出来て夢主は大いに満足だった。
 椅子に腰掛けてDIOの支度が終わるのを待っていると不意に手招きされる。
「私の代わりに付けてくれ」
 その言葉と共に渡されたのは普段のものより細身の金のピアスだ。大きな身を屈めて付け替えられるのを待つDIOに近づき、ほくろが三つ並んだ耳へそっと指を伸ばした。
 耳の先まで冷たい肌に生きた熱い手が触れると、形のいい唇が笑みを描いて手首に口付けてくる。鋭い牙で甘噛みされると、くすぐったい刺激が走り抜けていった。
「ふふ、動いたら駄目だよ。ほらジッとしてて」
「何を言う、私は大人しいだろう?」
 無防備に近づいてきた蝶を捕らえるように、DIOは太い腕を夢主の腰に回して抱きしめる。力任せに持ち上げながら顔を近付けて、楽しそうに笑う唇を奪ってやった。
「大人しい人はそんなことしないよ」
「そうか? 難しいものだな」
 続けざまにキスをして、甘い声が小さく漏れたところで顔を離す。ニヤリと笑う顔がいやらしくて痺れるほどに格好良かった。
「もう……テレンスさんに付けてもらえば?」
「駄目だ。お前がいい」
 それなら少しは静かに待って欲しいものだ。夢主は呆れつつも、笑いながらピアスを何とか通してあげた。
「これでいい?」
 抱えられたまま鏡の前に二人が映り込む。DIOは左右で輝くピアスに満足したようで、夢主の体をそっと床へ下ろした。
「お前のおかげだな……助かった。ありがとう」
 その一言と共に軽く頬を撫でられてしまった。
 誰もが口にする短い言葉なのに、彼が言うだけで天地が変わるほどの強い衝撃だ。夢主は驚きに目を見開いたまま息を止め、急激に熱くなる頬を覆い隠すのが精一杯だった。


 デートが始まる頃には起きていたナポリの住民たちが、明日に備えて眠りに就く頃になるとひときわ深い静寂が街を包み込む。こんな時間に起きているのは酔っ払いか怪しい家業を生業とする輩くらいだ。
 そんな彼らを眼下に置いて、屋根の上を足場にしながらDIOは軽やかに移動する。数時間前、二人で後にした屋敷へ再び戻ると勤勉な執事が何事もなく出迎えた。
「お帰りなさいませ、DIO様、夢主様。支度は調えております」
 そう言い残して去ったテレンスの言葉通り、DIOの寝室には軽食とワイン、風呂の準備まで完璧に用意されてあった。
「そんな足取りで大丈夫なのか?」
「平気だよ、シャワーだけ浴びてくるから」
 美術館を巡った後は落ち着いた店で夕食を取って、海辺の散策……いつもと変わらないデートコースなのに何が彼女をご機嫌にさせたのか、終始とてもいい笑顔だった。
 風呂場で足を滑らせるような事はないと思うが、可能性がない訳ではない。そちらを気にしつつDIOはワイン片手に装飾品を外し、夢主からの熱い視線がないのは残念だと思いながら緩慢な動作で服を脱いでいく。
 無造作にそれらを床に投げ捨てたところで、寝衣に着替えた夢主がバスルームから戻ってきた。
「先に使ってごめんね」
「気にするな」
 いつだっていい香りがするが、今夜は特にそれが強いように思える。誘われるように近づいて少し濡れた髪に指を通した。
「あの料理、美味しかったね。ドルチェも最高だった」
「そうだな……次もまた行くか?」
 手の中で頷く相手にDIOは笑みを浮かべる。
「あの絵画も素敵だったね……また一緒に見たいな」
 感想を告げる声は眠気に満ちて、目は何度も瞬きを繰り返している。気を抜けば今にもかくんと寝てしまいそうだ。
「おい、私を置いて先に寝る奴があるか。もうしばらく起きていろ」
「ん……起きる……起きて待ってるから」
 目を覚ますためなのか、何度も頬をつねっている。DIOが可愛いことをするその手を取り上げて上から眺めていると、相手は躊躇いがちにそろそろと身を寄せてぽつりと言葉を残した。
「DIOと過ごせて楽しかった。ありがとう、大好き」
 何気ない一言だというのに、彼女が口にするだけで特別な何かが宿るようだ。
 腹底から炙られるような熱が全身に広がってDIOの冷たい肌を苛む。しばらく呆然となり、次第に激しい喜びへと変わる頃には、夢主はすでにベッドへ潜り込んでいた。
「……」
 酒はそれほど飲ませていない。眠そうではあるが素面の状態だ。
 DIOは枕を整えている彼女を見つめた後でバスルームに飛び込んだ。鏡に映った顔がほんのりと赤くなっていた事に気付かないふりをした。


 ……そんな素晴らしい逢瀬を幾度か過ごした後、思い起こすのは相手の声だ。心をくすぐって離さない甘い響きはずっと聞いていたいと思わせる中毒性がある。
 再び柔らかな布地に身を任せてそれらを思い出していると、テーブルの上に重ねられた雑誌の中に見覚えのある一冊が目に付いた。
 この前の助言に従った結果があれなら、噂話ばかりのゴシップ誌もそう悪くはない……そんな事を思いながらページをめくった先で指を止めた。
“恋人の怪しい行動 コレをしてたら浮気確定?!”
 そんな見出しにしばらく目は釘付けになり、大したことはないと思いつつも食い入るように記事を最初から最後まで読んでしまう。
 数ある中でも特に気になったのが、急に優しくなった、普段言わない言葉を言うようになった、という一文だ。浮気の罪悪感や罪滅ぼしに甘い言葉を捧げるのだという。
「……」
 考えてみれば会う時間は限られて、恋人の周囲には常に魅力的な異性が存在する。
 そんなはずはないと思いつつも、見えないところで何を話し、何をしているのか全てを把握している訳ではないのだ。
 一度、疑惑を持てばそれは深まるばかり。外の気温が下がるにつれて気持ちは沈み込んでいく。扉からテレンスの声が聞こえても、それまであった浮ついた気分は消し飛んで、代わりに冷たい氷の塊が心を刺し貫いていた。


 その日のデートは、結果からいって過去最低のものだった。
 一緒に居るのに無言で手を繋ぐことはない。何を食べても砂を噛んでいるような気分になり、折角の美味しいドルチェも味わうことすら出来なかった。
(あのアクセサリーは本当にDIOが選んだ物なの? もしかしたら他の女性からプレゼントされた物かも……)
(私なら選ばない服だ。もちろん贈った覚えもないが……まさか、……)
 目に映るすべてが疑わしくなって、ついジロジロと眺めてしまう。視線が合う度にギクリとした表情になり、何でもないを繰り返して誤魔化す相手に猜疑心は深まるばかりだった。
 そんな中で会話が続くはずもなく、いつもより早く帰路に就けば困惑気味のテレンスが二人を出迎えることになった。
「お帰りなさいませ……つい先ほど出掛けたばかりだと思うのですが、何かトラブルでも?」
 思わず無言になる二人に何かを察したのか、彼は用があれば呼びつけて欲しいと言い残してさっさとその場を後にする。残された二人は玄関先でしばらく佇んでいたが、重い空気に耐えかねた夢主が先に動いた。
「あの……今日は部屋に帰るね」
 途中でタクシーを拾うから、という声をDIOは遠くに聞く。彼女が帰った先で待ち構えるのはリゾットをリーダーとする九人もの仲間たちだ。そこはこの暗闇に支配された屋敷とは正反対な明るさに満ち、多種多様な性格の彼らとは一緒に居ても飽きることはないだろう……そう思った瞬間、DIOの中で獣の唸り声が響くのを聞いた。
 この己が嫉妬しているなど……到底、認められるものではない。しかし全身に満ちていく腹立たしさは激しい怒りとなって渦巻き始める。
(これは私の物だ。誰にも奪われたりするものか)
 他者から奪うことに躊躇いはないが、己の手中から奪われることは許しがたい。自分勝手だと言われようが、それがDIOだ。
「何を考えている……」
 地を這うような低い声に思わず振り向いたのが良くなかった。夢主の視線の先にいたのは、影の中で目を赤く光らせて凄まじい気迫を見せるDIOの姿だ。
「ご……ごめんなさい……」
 訳も分からず謝ったのがまた良くなかった。怯えてとっさに駆けだしたのも悪手だった。
 今まで決して見せなかったその行動に、記事の内容がDIOの脳裏に浮かぶ。逃げるのは隠し事があるから、後ろ暗いことに身に覚えがあるから……単に恐怖したとは思わず、そんな風に決めつけた。
 玄関扉に触れようとする夢主をDIOは体ごと捕らえてそれを阻止する。驚く彼女を肩へ担ぎ上げると、突然のことに暴れる姿にすら腹立たしさが込み上げてきた。
「いや! DIO、下ろしてっ」
 じたばたと藻掻く足から靴を落とし、外へ逃げ出せないよう上品なスカートを腰から一気に引き裂く。階段の踊り場にビリビリと鋭い音がして、無残に切り裂かれた布の残骸がひらりと落ちた。
「! 何で……酷いよ……っ」
 愕然とする夢主の目から涙が流れ落ちる。今日のためにあちこちのお店を回って、彼の浮気相手より少しでも良く見える物を選んだつもりだったのに……やはりDIOの好みには合わなかったのだろうか。そう思うと夢主の心はますます沈み込み、飲み込もうとした嗚咽がこぼれてしまう。
 そのまま一番奥に控えた寝室に連れ込まれ、夢主は広いベッドの上に投げ置かれた。
「DIOっ……えっ、あっ……いやっ」
 スプリングで跳ね返る体に鋭い爪が伸びてくる。夢主の衣服は紙のように易々と裂かれて、あっという間に裸に剥かれてしまった。
「待って! 何でこんなことするの?」
 夢主の言葉を無視したDIOは押し返そうとする女の腕を掴んだ。
 いっそこのまま折ってしまえばそう簡単に逃げ出すことも、抵抗する気も失せるだろうか……危険な誘惑に揺らめきながら、近くにあったシャツを手に取る。DIOが着るための物ではなく、新製品のサンプルとして送られたそれを女の腕に巻いてきつく縛り上げた。
「!」
 どちらの物でもない明らかにサイズ違いのそれは、ここに泊まった女が残していった物なのだろう。決定的とも言えるその事実に夢主は顔を歪めて泣きじゃくる。
「ひ、ひどいっ、こんなにも本気にさせといて……今更、どうしたらいいの?! DIOが居ないともう生きていけないのにっ……それなのに他の女の人を連れ込むなんて……!」
「男の名を言え! 見せしめに殺すなど生半可な目には遭わせん。体を屍生人どもに食わせながら、そいつの目の前でお前を抱き殺してやるッ」
「男って何!? 誰のこと?! 浮気してるのはDIOの方でしょ!」
 縛られた腕を振り回して夢主は泣き叫ぶ。DIOは牙を剥いて吠えながら力任せに押さえつける。
 お互いの言葉が頭に入ってきたのはしばらく後のことだった。



 静まりかえった寝室に何とも言えない空気が漂っていた。
「……つまり、大きな誤解をしていたと言うことか……」
 珍しく力ないDIOの声に同意するよう、夢主も首を縦に振った。浮気を疑ってはいたが、まさか相手も同じだったとは思いも寄らない。安堵の吐息が人知れず漏れて、夢主は涙でぐちゃぐちゃな顔を覆い隠した。
「では……この胸も、足も、唇も……私以外は触れていないと、そういうことだな?」
 誤解は解けたというのに、執拗に問いかけてくるDIOに夢主は何度も頷き返す。衣服の残骸の中で潔白を示す彼女を見つめ下ろしたDIOは、熱い吐息をその素肌に這わせた。
「命拾いをしたな」
 それまでギラついていた目を柔和に溶かせて、DIOは柔らかな太股を舐め上げる。びくりと身を震わせる女の肌を撫でながら、そこかしこにキスの雨を降らせた。
「本当に浮気してたら……殺すつもりだったの?」
 恐ろしい顔つきで吐き捨てられた内容に、夢主は身震いしながら下腹を舐めるDIOに問いかける。彼はその奥にある子宮の形を舌で描きながら、ニィと笑って見せた。
「怒りにまかせて殺した後で生き返らせるつもりだった。何度も犯して殺して、私しか見えなくなるように……だが、そうではないと知った今なら無用の心配だ」
 そう言ってうっとりと夢主の腹に口付けては、舌を這わせて舐め回す。皮膚を甘噛みして、太股を撫でる手つきはとても優しいが、その言葉を聞いた後で安心など出来るはずがない。
「DIOだけ……DIOだけなの、本当に……」
「分かっているとも。お前の体は正直だ……」
 怒りの頂点から一転して安堵へ、感情の落差があまりに激しすぎたせいで自身が抑えられない。DIOは安堵を興奮へと塗り替えて、甘い香りがする足の間に顔を深く埋めた。
「俺の、俺だけのものだ……お前の全てを喰らいつくしてやる」
 ぐっと無理矢理に開かせた足を抱えてその中心に目を細める。何度触れても初々しい色と反応を返すそこに、DIOは舌先を伸ばして味わうように舐めた。
「んん……っ、ぅ、ぁあ……っ」
 それまでの恐怖が強い快楽に変換されて夢主はシャツの中で悲鳴を上げる。自由にならない手を使ってDIOの頭を押し下げようとするが、彼は少しも動いてはくれなかった。
「あっ、DIO……だめ……」
「私に抗うな。逃げようとするな。それよりも先ほどの言葉をもう一度聞かせてくれ」
 催促するように舌を女唇へ潜り込ませ、快感に悶える中をほぐしにかかる。
「あ、ぁっ……なに……っ」
「私がいないとお前はどうなる? 早く教えてくれ」
 薄い笑みを浮かべながらとろりと愛液があふれてくる秘部を責め立てる。舌を挿れ、キスをしては蜜をすすり飲み、隠しようがないほど膨れた花芯を指で優しく撫でてやった。
「っあ、あ……ぁ、んっ」
 続けざまに敏感な部分を攻められて何も言葉に出来ない。きつく結ばれた手を胸の上で揺らしながら嬌声だけを声にした。
「何だ、まさかもう忘れたのか? 言わないのならずっとこのままだぞ」
 愉悦に笑みを深めてDIOは何度も女唇を舐めたてる。シーツに流れていく愛液を指に絡めると、肉襞の浅いところをくちゅくちゅと掻き揺らした。
「あっ、あっ、やぁ……やめてぇ……いう、いうからぁ……」
 酷く感じる部分を責められて夢主は足を震わせながら泣き叫ぶ。あふれる涙で滲む視界にDIOを映しながら、快感にとろけた声で先ほどの言葉を繰り返した。
「っ、DIOが……んっ……、いないと……あぁ、いきて……いけないっ……」
「夢主……」
 感極まったようなDIOの声が耳元で囁かれたかと思うと、膣肉にズンッと強い衝撃が走り抜けた。
「……!」
 ガチガチに昂ぶった硬い肉茎が突き挿れられて、無防備な柔襞を容赦なく掻き分けていく。一息で奥まで咥え込まされた事を知った夢主の体は、深いところから込み上げてくる強烈な快感に目を回すばかりだ。
「ぁ……、ぅ……っ」
「少し……急すぎたか? だが、ここは……私を迎え入れて悦んでいるぞ」
 ぐっと腰を押しつけて奥の行き止まりを突き上げる。絡め取るようにDIOをねっとりと包み込み、あちこちから柔らかく締め付けてくる濡襞を堪能しながら腰を引く。抜け出すギリギリのところを軽く突いてやった。
「っ……あっ……だめ……まってぇ……」
 この後に再び来るだろう甘い衝撃を、淫らに染められた体はすでに覚えてしまっている。期待と恐れが入り混じる目に映るのは、淫蕩に耽るDIOの美しい顔だ。
「待つと思うか? この私が」
 そう言いながら夢主をなだめるように優しく唇を奪う。舌を絡ませると同時に、先走りがあふれる先端から太い根元までを蜜襞の中へ叩き挿れた。
「ん――ッ!」
 DIOの口の中で喘ぐ声を飲み干して、与えられた絶頂に打ち震える夢主の体を抱きしめる。腕の中で力なくされるがままになっている彼女の唇を、DIOは何度も奪い取った。
「ぁ……ぅう、ん……ふぁ……」
「私が他の女を抱いているところを想像したか?」
 潤んだ目にじわりと怒気が混じり込む。それを楽しそうに眺めながらDIOは腰を動かして、見せつけるように挿送を繰り返す。
「こうやって……自分以外の女を抱いている姿を……想像したのだろう?」
「……ゃ、いや……いわないでっ」
 またも腕を突っ張ってDIOから離れようとする夢主にフッと笑いかけた。
「安心するがいい。側に置いて愛でるのはお前だけだ」
 甘い声を耳の中に囁き入れると、強い色香の中に照れたような、怒ったような……複雑な感情が混ざり合う。柔襞だけが素直にきゅうっと締め付けてくるのを愛しく思いながら、DIOは縛り付けた夢主の腕の中に頭を通し、体をこれ以上ないほどぴたりと密着させた。
「私を離すな。誰にも目移りしないよう、お前だけが映る世界に溺れさせてくれ」
 肌の向こうに響く鼓動がDIOの体を熱くさせる。流れる血潮が食欲を湧かせ、全身から香り立つ女の匂いが淫茎を滾らせる。何もかもが素晴らしく、ぴたりと嵌まって抜け出せない。
「DIO……っ」
「ああ、いいぞ。これだ……求める全てがここにある」
 涙で汚れた顔が実に可愛らしい。汗ばむ肌と肌は吸いついて、尖りきった胸の頂きはDIOの胸筋をくすぐり続けている。いつしか腰にしがみつくように回された足は、決して離さないという意思表示だろうか。愛らしい声でDIOの名を呼ぶ唇を奪って、お互いの唾液と舌を絡ませ続ける。それらすべてが下半身を強く刺激し、止めどない肉欲の中へ二人で堕ちていく。
「ん、ん、あ……っ、ああぁ……っ」
「私を抱きしめたまま果てろ」
 足を大きく開かせて情け容赦なく突き上げる。それでも柔らかく咥え込んでくる女の蜜穴に、DIOは背筋と腰が大きく震えるのを感じ取った。
「……っ、DIO……あ、あっ、もう……っ」
 恍惚の表情を浮かべて懇願する夢主の腕の中で、DIOは快楽に酔いながら何度も腰を叩きつける。肉と肉がぶつかる酷い音が部屋中に流れる中、相手の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、奥深いところを押し上げた。
「ふ……っ、ぅ……ぁ、あっ……」
 もう何度目になるか分からない絶頂に顔をとろかせて、夢主はDIOの首を強く抱きしめる。興奮でとろとろの甘い吐息がDIOの耳をくすぐった瞬間、噴き上げてきた熱い白濁で奥を隙間なく満たした。


 誤解が解けた翌日の夜、テレンスが感じたあの空気の悪さは嘘のように消えて、またいつもの浮ついた春の陽気が二人を包み込んでいるようだ。
「深く追求はしませんが……何事も程々に」
 ベッドはぐちゃぐちゃ、衣服はボロボロ、バスルームはタオルが山積みで、片付けるのにどれほどの労力を必要としたか説明してやりたいほどだ。それでも良く出来た執事は主へのささやかな不満を飲み込んで、仲睦まじい様子を見せる彼らに普段通りの紅茶と雑誌を用意した。
「いつもありがとう、テレンスさん」
 夢主の感謝の言葉に微笑みながらテレンスは部屋を後にする。
 扉が閉まると同時にDIOは素早く夢主を抱き寄せ、先日の小さな喧嘩の影響なのか、両手を回して抱きしめることを強要するようになった。
「……これじゃあ、せっかくの紅茶が飲めないよ」
「飲ませて欲しいのならそう言えばいい」
 砂糖とミルクを溶かしたカップを持ち上げて、DIOはそっと夢主の唇に近づける。促されるまま少しだけ飲んではみたが、これでは病人扱いだ。
「私、いつまでこうしていればいいの? まるでコアラみたいで恥ずかしい……」
「なるほど、それなら私はユーカリの木だな」
 可愛がるように喉を撫で、毒を含んだ笑みを浮かべて口付けてくる。夢主はそれを受けとめながら羞恥に耐えた。
「ん……ねぇ、……何か読んで」
 このまま流されてしまう訳にはいかないと、夢主は必死で雑誌の束を指差す。DIOは仕方なく顔を離し、適当に選んだ一冊を二人の前で開いた。
「……あ、これ……」
「ム……」
 見覚えのある雑誌名と、似たような装飾の見出しに二人は同時に息を飲む。
「……DIOもこの雑誌を読んだの?」
「そういうお前もか……」
 どうして急に態度が軟化し、浮気だ何だのと疑った理由がようやく分かった。知ってみれば何て事はない。記事に振り回されただけという事実が二人の顔に笑いを浮かばせる。
「なぜテレンスの奴がこれを選んだのかは分からんが……次は不要だな」
 もうあれほどの思いをするのは嫌だとばかりに、DIOは雑誌を丸めにかかる。
「ねぇ、待って。少しだけ読んでみてもいい?」
 すぐにでもゴミ箱へ投げ捨ててしまいそうなDIOの手を押さえ、夢主は躊躇いがちにそんなことを言う。DIOは見出しに書かれた文字を一読すると、呆れたような表情を浮かべた。
「“恋人と長続きする方法”とやらがそれほど気になるか?」
「だって……気にならない?」
 この関係を壊すことなく、長く続けられる方法があるなら知りたいと思うのは当然だろう。そんな臆病さを見せる夢主にDIOはクッと笑いかけた。
「ならないな。お前は永遠に私のものだ」
 確信を告げる琥珀色の目と、断言する厚い唇が妖しく輝いている。押し黙ってしまった夢主をDIOは優しく抱きしめて、まずはその手始めとばかりにゆっくりと顔を近付けていく。
 二人を惑わせた雑誌は床に落ちて、二度と開かれることはなかった。

 終




- ナノ -