シルバーチャリオッツレクイエム


 ……どうにも枕が合わない。
 DIOは眉を寄せ、今日に限ってやけに硬い枕の感触を不思議に思った。いつもの首座りのいい、上質な枕はどこにいったのか……DIOは瞼を擦りながら上体を起こした。
「……?」
 暗闇の中でも分かるほど目の前には素晴らしい肉体が横になっている。上半身を晒け出し、白い枕には金糸が散り、彫刻のように整った顔かたちがあった。見覚えのあるそれはDIOの顔だ。
 枕を硬いと思ったのはどうやら自分の腕枕だったらしい。
「フム……レクイエムの仕業か……」
 DIOは今の自分の体を見下ろした。手も足も小さく、昨夜、DIOが愛した胸の膨らみにはキスマークが点々とついている。同じくたっぷりと愛を注いだ下腹部は鈍い痛みを訴えていた。
「何度も抱いたからな……」
 毎回、この気怠さを味わっていると思うと少し可哀想だ。重い腰を揉みつつDIOは夢主の体を動かしてベッドから起き上がった。彼女はまだDIOの体の中で眠りについているらしく、全く起きる気配がない。
「さて、どうしてくれようか……」
 このまま夢主が目覚めるのを待つのもすぐに魂を元に戻すのも面白くない。夢主の体なら昼を迎えている今、外に出られるだろう。
 DIOはニヤリと微笑んで女物の服が用意されてあるクローゼットに近づいていった。


「おや、夢主様? もうお帰りですか?」
 二階の階段を下りてくる夢主の姿に気付いたらしい。執事のテレンスがそう声を掛けてきた。
「ああ、しばらく外に行ってくる」
「?」
 いつもとは違った口調にテレンスは思わず首を傾げる。
「テレンス、この姿をどう思う?」
 テレンスの前で夢主は両手を広げて見せた。彼女が今着ているのはテレンスが用意した夜会用のドレスだ。宝石を飾るデコルテ部分は大きく開かれ、背中も広く露出しているので夢主には不評だったものだ。
「私の見立て通り、よくお似合いですが……」
「フム、私もそう思う。あいつは肌を出したがらないがもったいないと思わぬか」
「……すみません。夢主様ですよね? もしやとは思いますが……」
「いい加減、気付いたらどうだ」
 DIOは夢主の体を借りてフッと笑ってみせる。その気障ったらしい笑みに見覚えのあったテレンスはようやく理解した。
「……DIO様、でしたか……」
「今、私と夢主は精神が入れ替わっている。面白いだろう?」
「はぁ……」
 見る分には面白いだろうが絶対に体験したいとは思わない。テレンスは曖昧に答えた。
「しかし、動きづらいな……」
 そう言うとDIOは壁に掛けてある大きな飾りナイフを手に取った。
「DIO様?」
 いくら精神はDIOでも小さな手は夢主のものだ。取り落として怪我でもしたら……と内心ハラハラしながらテレンスはDIOの行動を見守った。
 ビッと鋭い音が廊下に響き、DIOは手にしたナイフで太股からふくらはぎまでを覆う布を切り裂いてしまった。
「ああ、これでマシになった」
 DIOは風通りの良くなった夢主の足をつっと撫でる。官能を呼び起こすようないやらしい手つきにテレンスは視線をさまよわせ、そして気付いてしまった。
「DIO様、そのままでは……見えてしまいます」
「む……」
 夢主の首から胸元にかけてDIOがつけた赤い痕が散りばめられている。テレンスは薄手のショールを巻き付けて愛し合った印を覆い隠した。
「車をお出しましょうか?」
「いや、お前は夢主の面倒を見ていろ。起きたら誰もいないのでは不安になるだろうからな」
 いつも聞いている夢主の声だが話す口調はDIOそのものだ。それがどうにも釣り合わない。テレンスはちぐはぐな印象を受けつついつもに比べて小さな背中を見送ることになった。
 

 深いスリットの入ったスカートから足を交互に繰り出し、街中をカツカツとハイヒールの音を響かせて堂々と歩く女性を目で追わないイタリア男性が居るだろうか。しかし、注目されることに慣れているDIOは少しも気に止めない。
「そこの君、素敵だね! 俺とお茶でもしない? 一杯おごるからさァ!」
 なんて後ろから話しかけられてもDIOは無視した。
「あらら、つれないなぁ……でもそんな感じもベネ! 少しでいいんだ」
 と前に回り込んできた男をDIOはウンザリとした顔で見上げた。
「え……? あれッ!? 夢主!?」
「メローネか……」
 夢主と同じチームに所属するメローネだった。彼は大きく目を見張り、相手の姿を上から下まで何度も目を走らせている。
「驚いたな! 君がそんな姿で外にいるなんて……!」
 メローネは舌舐めずりしながら滅多に見ることが出来ない夢主の太股へ視線を移した。
「今からDIO様のところでパーティでもあるわけ?」
 誘われるようにメローネが思わず手を伸ばすと、まるで鬱陶しい虫を仕留めるように実に素早く叩き落とされてしまった。
「触るな。いつもそのようにして夢主に触れているのではないだろうな?」
「……ンン?」
 メローネは目を瞬かせ夢主が言った言葉に首を傾げる。
「夢主……だよね? 何か君の彼氏の口調にそっくりなんだけど……」
「体は夢主だが、魂はこのDIOのものだ」
「…………なるほど、スタンド能力かァ」
 5秒ほど固まった後、メローネは叩かれた手を後ろに隠しながら理解した。
「世の中には色んな能力があるんだな……夢主の体にDIO様が入ってるなら、もしかして夢主の魂は……」
「無論、私の体に入ってる。今頃は起きて悲鳴を上げているかもしれぬな」
「へぇ……それはちょっと見てみたいな……」
 あのDIOの体で夢主が悲鳴を上げる姿を想像した途端、メローネの腹から笑いがこみ上げてくる。DIOはそんな彼を置いて再び明るい日差しが降り注ぐ街中を歩き始めた。
 楽しそうに歩く夢主の生足を様々な男たちが目元を緩ませて見ている。人目を気にしないDIOにはどうでもいい事かもしれないが、夢主が知ったら卒倒してしまいそうだ。
「DIO様、あのさぁ……せっかく夢主の体に入ってるんだし、店にでも寄っていかない? 男が好きそうな可愛い下着とか、俺、いい店知ってるぜ?」
 メローネの言葉にDIOはピタリと足を止めた。振り返った夢主は口の端だけをあげて小さく微笑んでいる。
「……メローネ、お前の誘いに乗ってやろう。案内しろ」
「じゃあバイク取ってくるから、そこから動かないでくれよ!」
 大急ぎでメローネは通りを走り抜けていく。数分後には初めて乗ったバイクの後ろで流れ去る風景を楽しむ夢主の姿があった。
「あまり乗り心地が良くないな……」
「だけど、これなら渋滞知らずだぜ。それに……女と乗れば密着できるし慣れれば結構イイもんだけどな」
 馬車と車しか知らないDIOには理解しがたい乗り物だ。相手の説明を聞いたDIOはとりあえずメローネの背中から夢主の胸を離しておいた。
 大通りの角を何度か曲がり、メローネがお勧めだという店の前でバイクは止まった。腰に手をあてて店構えを見つめるDIOにメローネはサッとドアを開ける。店内は女の子が好きそうな淡いピンク色とレースで出来た世界だった。
「あら、メローネ。また新しい彼女を連れてきたの? あなたも好きねぇ」
 なんてメローネは女店員に冷やかされてしまう。DIOはすでにふわふわのブラジャーや可愛いデザインのショーツを手に取ってじっくりと眺めていた。外見はどこからどう見ても女性である夢主の姿だが中身はあのごついDIOかと思うと……メローネの腹筋はあまりの可笑しさに壊れてしまいそうだ。
「結構、可愛いのあるだろ? ほらこれ……スケスケのパジャマなんてどーよ?」
「夢主には不評だった。あいつは露骨なものを嫌がるからな」
「もうお試し済みか……じゃあこんなのは?」
 メローネは足下までを覆う優雅な作りのナイトドレスを見せた。DIOはそれをちらりと見て、
「脱がせるのが手間だ」
 と一蹴してしまう。
「その手間が楽しいんじゃないか」
「分からんでもないが……あまりに煩わしいと私の爪で引き裂きたくなる」
 DIOの言葉にメローネは目を剥いた。
「まさかとは思うけど、夢主の体を傷つけてないよね?」
「吸血以外で夢主を傷つけた事などあるわけが無かろう」
 血を吸うことも十分に肌を傷つける行為だと思うが……メローネは急に夢主の体が心配になってくる。
「愛し合うのはいいけど……DIO様、あまり夢主を怖がらせないでくれよ?」
「フン……何をいうか。怖がらせるだと? 誰に向かって言っている? 痛まぬようじっくりと手を掛けているし、夢主ももっとして欲しいとねだってくるのだから問題は無いはずだ」
 DIOがサラッと暴露した内容にメローネは思わず頭の中で様々な妄想を繰り広げてしまった。今まで知らなかった夢主の夜の部分が見えて、赤くなればいいのかそれとも青くなればいいのか真剣に迷ってしまう。
「メローネ……今、夢主の裸を想像したな?」
 相手の低い声にメローネはギクリとなった。
「やだな〜、DIO様……ほ、ほら……もっと他のも見てよ。普段着も置いてあるんだぜ? 糸がほつれたドレスなんて止めてここで着替えたらどう?」
 慌てて話を変えるメローネを不審そうに見ながらも、DIOは下着を手に彼の言う普段着に目を通す。いくつか手に取ったDIOはそのまま店の試着室へと足を運んだ。テレンスが購入した夜会用のドレスを脱ぐと迷わずゴミ箱へ投げ入れる。姿鏡の前で夢主の裸を眺めながらまずはショーツを身につけた。次にブラジャーに手を伸ばしたところで……DIOは動きを止めた。
「これはどうやって身に付けるものだ? おい、メローネ」
「えっ! 俺が付けてもいいの?」
 ドアの向こうでへらへらと笑うメローネの気配にDIOは眉を寄せる。
「馬鹿なことを言うな。さっきの女を呼べ」
「そう言うと思った……ちぇッ」
 つまらなそうに呟いてメローネは言われた通りに店員を連れてくる。彼女は遠慮なく試着室に入って不慣れなDIOの代わりにブラのホックを留めた。
「く……」
 今まで感じたことのない圧迫感にDIOは顔を歪める。それから服と真新しい靴を履いて再びメローネの前に姿を現した。
「おっ、さすがDIO様。夢主の良さを理解してるなー」
「だが、女というものはこうも苦しい思いをするものなのか? 胸を支えるこれが鬱陶しくてかなわぬ……」
 ぶつぶつと文句を言うDIOにメローネは苦笑した。男のままでは知らなかった事を今まさに体験しているようだ。
「ちょっとメローネ……お熱いのはいいけれど、こんなところにキスなんか残しちゃダメよ。恥ずかしくて外に出れないでしょ? 少しは女の都合を考えなさい」
 女店員は呆れた口調でファンデーションを取って夢主の首に残るキスマークを隠してくれた。
「あー……うん、そうだな……」
 そうした張本人をちらりと窺えば彼はフンと鼻で笑ってあとは無言を貫いた。



 館の二階で野太い悲鳴が上がった瞬間、木の枝で休憩していた鳥たちが一斉に飛び立つ気配があった。
「おや……夢主様が目覚めたようですね」
 キッチンで皿洗いをしていたテレンスはくすくすと笑った。手を止めて廊下に出ると夢主に会いに来たジョルノとはち合わせる事になった。
「ジョルノ様、」
「挨拶は後です。今、もの凄い悲鳴を聞きましたが……まさか彼女の身に何か?」
 険しい表情の彼は夢主に渡すための花束をテレンスに押しつけて、階段をサッと駆け上がっていく。
 確かに夢主の身にはとんでもない事が起きているには違いない。手渡された花束を空いていた花瓶に押し込み、テレンスはジョルノの後を追いかけた。
「どうしました?!」
 DIOの寝室のドアを勢いよく開け放ち、遠慮もなくジョルノは中へ入っていく。そこには広い寝台の上でシーツに身を包んだDIOの姿があった。目からぼろぼろと涙を流す相手を見て、ジョルノは一瞬、自分はまだベッドの中で夢でも見ているのかと思った。
「ジョルノ……!」
 寝台の上から飛び起きてジョルノの体にひしっとしがみついてくる。ジョルノの背中に悪寒が走り抜けた。
「パードレ! やめろ、気色悪いッ!」
 力任せに突き飛ばすと、床に転がったDIOは信じられないものを見るような目で見上げ……そしてわぁっと泣き出してしまった。涙が次々にこぼれてシーツに染みを付けていく。ジョルノはそんなDIOの姿を見て吐き気がすると共に、ようやく相手の様子がおかしいことに気付いた。
「夢主様、大丈夫ですか?」
 後からやってきたテレンスが優しい声をかけて泣き崩れるDIOの肩に触れた。ジョルノはテレンスの言葉を聞いて喉から心臓が飛び出しそうになる。
「テレンスさん!」
 DIOの姿をした夢主は悲痛な声で叫ぶとテレンスにしがみついた。
「あまり大丈夫ではなさそうですね……とにかく、そのお姿で泣かれるのだけはご勘弁下さい……」
 苦笑を浮かべるテレンスは涙を流すDIOの美しい顔をハンカチで拭った。ひとしきり泣いた事でようやく落ち着きを取り戻した夢主は相手から身を離す。少し動いた拍子に身を覆っていたシーツがはらりと落ちてDIOの艶やかな裸体が露わになった。ジョルノは見たくもない光景に目を背ける。しかし今、DIOの中身は夢主なのだ。ジョルノは素早くシーツを体にまとわせ、床に膝をついてDIOの顔を真剣にのぞき込んだ。
「夢主……さっきは突き飛ばしたりしてすみませんでした。まさかあなたとは思わなかったんです……本当にすみません! 大丈夫ですか? 痛くありませんでした?」
 DIOの中の夢主は平気だというように頷く。ぽろりと涙が溢れるのを見て、ジョルノはそれを手で拭ってあげた。
「……ああ、僕は何て事を……」
 青くなっていくジョルノに夢主は慌てて首を横に振る。
「もう平気だから……気にしないで、ジョルノ」
 DIOの顔でそんな事を言われてもやはり違和感と吐き気しかこみ上げてこない。それでもジョルノはどうにか不快感を押しやって、優しく微笑みかけた。
「ありがとうございます……夢主は優しいですね。とにかく、今はその姿をどうにかしましょうか……」
 ジョルノの言葉に夢主は何度も頷いた。つい先程、ベッドの上で目を覚ました夢主はぼんやりとする頭をはっきりさせるためにバスルームに足を向けた。すると何故か大きな鏡にDIOの全裸が映し出されるではないか。膨らみのあった胸は厚い胸板になっているし、腕も以前とは比べ物にならないほど太くなっている。さらに下半身には普段ついていないモノがついているとあっては……あまりの事に驚いて悲鳴を上げてしまったが、失神しなかっただけマシだろう。
「DIO様の着替えはこちらです」
 テレンスに導かれて、身を包むシーツをずるずると引きずりながら夢主は衣装室に足を向けた。

 いつもDIOが着ている黄色いズボンと首を覆う黒のタートルネックを身に付けるとようやく人心地がついた。背中はがら空きだが、それはもうこの際気にしないことにする。日光が遮断されたリビングのソファに夢主はちょこんと腰掛けてテレンスが水を持ってくるのを待った。
「どうぞ、夢主様」
 差し出されたグラスを両手で受け取って夢主は一気に飲み干した。胸に手を当ててホッと息をつく彼女だが、その仕草一つを取っても今の外見では途方もなく気持ち悪かった。
「どうもありがとう、テレンスさん」
「……いえ……」
 さすがのテレンスも顔をしかめてしまった。これは早く元に戻ってもらわないと今夜は悪夢にうなされてしまいそうだ。DIOから礼を言われるなど、あってはならない事だった。
「それで、私の体に入ったDIOは……?」
「外に出掛けられました。今頃は思う存分に太陽を浴びていらっしゃるかと……」
「……そうだと思った」
 頬を膨らませるDIOの中の夢主にテレンスとジョルノは目を伏せた。彼女には悪いがそんな表情豊かなDIOを見ていると目眩を起こしてこの場にぶっ倒れてしまいそうになる。
「わざわざパードレを探さなくてもスタンドの後ろの光を壊せば元の姿に戻れますよ」
「あ!」
 ジョルノの言葉に頷いて夢主はスタンドを出現させる。だが、すぐに動きを止めてしまった。
「どうしました? 壊しても痛みはありませんよ」
 ジョルノがDIOの顔越しに夢主を見つめていると彼女は意味深ににこりと微笑んだ。
「思ったんだけど……太陽を見られないDIOが可哀想だから、もうしばらくこのままでいいよ」
 フッとスタンドを消して夢主はそんな事を言う。
「あなたって人は……いくら何でも優しすぎます……」
 ジョルノの言葉に夢主は再び笑顔を浮かべた。
「DIOが私の体で好き勝手に遊んでるなら……私にもそれが許されるよね?」
 目を瞬かせるジョルノとテレンスの前で夢主はDIOの体をソファから立たせた。今までとは視線の高さが違いすぎて歩くのにも慣れない。
「何をするつもりですか?」
「……私、前からDIOのこの綺麗な爪に色を塗ってみたかったの」
「マニキュア……ですか?」
「そう。可愛いピンク色とか似合うと思わない?」
 ニタリと笑うその表情は決して楽しんでいるものではない。夢主の体を手に入れて説明もせずに出掛けてしまったDIOに対する仕返しなのだろう。
 よろよろと体を動かす夢主をジョルノは温かく見守ることにした。



 買い込んだ服をメローネに持たせ、ふらふらと街中を歩きながらランチにピッツァを食べたDIOは、今までの体では味わえない体験を思う存分に味わっている。
「……人間は貧弱だな……」
 しかし、どうも足が痛くて仕方がない。靴擦れした部分が先ほどから痛みを訴え、歩き疲れた体は休息を求めているらしい。
「そりゃあ、あれだけ遊べば疲れるハズさ……俺だってもうヘトヘトだよ……」
 DIOに付き合わされたメローネは両手いっぱいに抱えた紙袋を見下ろした。夢主の為だとDIOは何軒もの店に入っては出てたっぷりと試着を繰り返した。
「荷物も置きたいし、一度、あのお屋敷に戻ろうぜ……」
「仕方ない」
 その提案を受け入れたDIOは再びメローネのバイクに乗り、夢主と執事が待つ館に向かって走らせた。静かな住宅街に低いエンジン音が響きわたるとその騒音が聞こえたのかベルを鳴らすより先にテレンスが扉を開けて二人を出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、DIO様」
 メローネから荷物を受け取りつつテレンスは優雅に一礼した。
「夢主の様子はどうだ?」
「ただ今、二階の寝室にてお休みになられています」
 淡々と説明するテレンスにDIOは呆れ顔を作った。
「何だと? まだ寝ているのか?」
「いえ、一度起きて状況を理解された後……遊んでいるうちに少々、具合を悪くされたようです」
「フン……私の体でどう遊んだのやら」
 ジョルノの時のようにふざけた遊びでもしていたのだろうか。テレンスの報告を聞いてDIOはすぐに二階へ向かおうとする。
「パードレ」
 それを呼び止めたのは廊下の奥から亀を手にしたジョルノだ。メローネは慌てて一歩下がり、深く頭を下げた。
「ジョルノ……来ていたのか」
「今日はいい天気ですからね。パードレが外に出掛けたく思うのも無理はないです。……ですが、彼女を困らせて泣かせる事はこの僕が許しませんよ。さっさとその体から出て行って下さい。挨拶のキスも出来ないじゃないですか」
「……フン、用がないのなら今日はもう帰るがいい」
 バツが悪そうな表情を作りジョルノの横をすり抜けて階段へと向かう。夢主の体で軽やかに駆け上がっていくDIOをその場に残された3人が見送った。

 DIOが寝室に入ると部屋には小さな明かりだけが灯されていた。寝台の上には仰向けになって横たわる自身の姿がある。眉を寄せて眠る己の姿をこうして見るのは初めてだ。まるで自分が自分でなくなるような、実に奇妙な感覚だった。
「む……?」
 ベッドの端に近づくとツンとした刺激臭が鼻を突いた。匂いの元を辿れば、どうやら色の付いた爪先が原因らしい。
「なるほど……匂いに当てられたか」
 吸血鬼の嗅覚は人よりも敏感だ。テレンスが言うように、塗っている間に気分が悪くなったのだろう。DIOは笑って半分空けられたベッドへ静かに腰掛け、夢主を起こさないようそのままゆっくりと横になった。
 スタンドを出して光を壊せば再び魂は入れ替わり、無事に元の姿を取り戻す事が出来たようだ。
「……」
 DIOは腕を上げてピンク色に染められた爪先を眺める。赤いハート型のネイルシールが散りばめられて、まるで女の手のようだった。
「随分と可愛らしい悪戯だな」
 意識すればすぐに生え替わり、普段の爪を取り戻せるだろう。だが、しばらくはその悪戯を甘んじて受けるつもりだ。
「ん……」
 眠っているうちに元の姿を得た夢主はやはり眉を寄せたまま隣で寝苦しそうに唸っている。DIOはそんな彼女に腕を伸ばしてそっと髪を撫でた。額や唇に何度もキスを落とせば流石に目を覚ますだろう。悲鳴を上げて飛び起きるか、それともすぐには理解できなくて不思議そうな表情を作るのか……
 DIOは喉の奥で低く笑って夢主の唇を優しく奪っていった。

 終




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