ホルマジオのリトル・フィート


 清々しい朝の空気を胸に吸い込みながらリゾットはいつもの店で雑誌と新聞を購入し、偵察がてらふらりと近所を見回ってからアジトの部屋へ戻った。その頃には同室で暮らす夢主が起きて身支度を調え、香り高いカプチーノと共にチョコレートクリームがたっぷり挟まったコルネットを用意しているはずだ。それを楽しみに思いながらリゾットは部屋のドアを開ける。
「お帰りなさい」
 今まさに朝食の用意をしていた夢主とリゾットはダイニングで出会った。
「ボンジョルノ、昨日はよく眠れたか?」
 リゾットは流れるような動作で夢主の肩に手を置いて頬を触れ合わせてくる。最初はそんな挨拶に慣れなかった夢主も、仲良くなった近所のマダム達からそれがこの国では普通だし嫌がる方がおかしいと教えられてからは素直に挨拶を交わすようになった。郷に入りては郷に従え、まさにその言葉が相応しい。
「ボ、ボンジョルノ……リゾット」
 とはいえ精悍なリゾットの顔が間近に迫ってくるのは心臓に悪く、夢主の朝の挨拶はいつもぎこちなくなってしまう。
 そんな相手の頭を一撫でしてからリゾットは椅子に腰掛け、朝食が並んだテーブルの上に買ってきた新聞を置いた。
「よぉ、リゾット。邪魔してるぜ」
 そう言ってリビングにいたのはホルマジオだ。すでにテレビを付けてソファーでくつろいでいる。
「早いな。仕事の報告か?」
「オイオイ、朝から仕事の話だと? まさかだろ? 今日の買い出し当番は俺と夢主だからな。少し早く来ただけさ」
 肩を竦めてホルマジオは笑った。
「リゾット、何か必要なものはある?」
 メモ帳とペンを持った夢主がリゾットに聞いてくる。
「水とワインを頼む」
「いつものやつだね、分かった」
 夢主がペンを走らせていると、
「いい香りだね、俺らの部屋まで漂ってくるよ」
 そう言って玄関からメローネとギアッチョが入ってきた。
「ボンジョルノ! 夢主は今日も可愛いな。俺にもカプチーノ入れてくれる?」
「よぉ。俺にも頼む」
 二人から両頬に顔をくっつけられて夢主はペンを持ったまましばし硬直する。下手に動くとタイミングがずれて危うく相手の唇へキスしそうになることはメローネで実証済みだからだ。
「おはよう、二人とも」
 彼らの分のカプチーノを用意するべく夢主はキッチンへ向かった。
「あれー、ホルマジオ、いたんだ」
「夢主と買い出しに行くんだよ。つーか、おめーら……毎朝毎朝、たかりに来やがって……朝飯くらい自分の部屋ですませろよなァ」
 ホルマジオの呆れた声をギアッチョはフンと鼻で笑った。
「いいんだよ。夢主とリーダーの許可は得てる」
「そうそう、それにみんなで食べる方が美味しく感じるだろ?」
 夢主が運んできた朝食セットにグラッツェと一言いってメローネはカップに口を付けた。
「やっぱいいなぁ……今までは男ばっかりでむさ苦しかったけど夢主が来てからは毎日が天国……だよ……?」
 メローネの言葉尻が段々と小さくなっていった。それを不思議に思ったギアッチョが視線を上げるとメローネの横にいる夢主の様子がおかしい。見るからに具合が悪い訳ではない。血色のいい肌つやで目の下に隈だってない。しかしただ一つ、決定的に違うことがあった。
「……夢主ってこんなに小さかったっけ? 何か縮んでない?」
 椅子に腰掛けるメローネとギアッチョの前で夢主の視線は彼らと同じくらいになっていた。
「ホルマジオ」
 こんな事が出来るのは一人しかいない。リゾットは背後を振り返った。
「お、やっとそれくらいになったか。時間が掛かるからなぁ、俺のスタンドはよぉ〜〜」
「テメェ、何してんだッ! さっさと元に戻せッ」
「オイオイ、勘違いするな。俺は夢主に頼まれて能力を使ったんだ。文句は夢主に言ってくれ」
 ホルマジオは楽しそうに言って小さくなった彼女を見つめた。
「マジか? お前、正気か?」
「もちろんだよ。ほらこれ見て!」
 身を乗り出してきたギアッチョに夢主は一枚の紙をぴらりと見せる。
「あぁ? 何だこれ……スーパーのオープニングセール?」
「んー、なになに……本日限定、身長140センチまでの女の子に限り新作ジェラートとドルチェの試食が味わえます……まさか……これのために?」
「そうだよ。悪い?」
 一切悪びれることなく夢主は堂々と胸を張る。甘くて美味しいものに目がない彼女は新作という言葉につられて大人げない行動を取ったらしい。
「スタンドは使ってこそ意味があるの! そうだよね、ホルマジオ」
「まぁな……いいんじゃねぇの。お前がそれでよければよぉ」
 ホルマジオはククッと笑って望み通りの140センチ前後で夢主の身長を止めた。
「あまり俺から離れるとまた縮み始めるからな。そこだけは注意しろよ」
「うん、分かった。ホルマジオの側にいればいいんだよね」
 ホルマジオの方へ行こうとする夢主の肩をメローネがガシッと掴んだ。
「チッ、チッ、甘い……ディ・モールト甘いよ、君はッ! 身長はそれでいいかもしれないけど、これはどうするのさ。こんなに発育のいいお子様がいるかい?!」
 と夢主の胸の上をつんと指差してきた。
「ぎゃっ!」
「テメェ、どこ触ってやがるッ!」
 ギアッチョがすかさずメローネの頭を殴った。
「イテッ! だけどそうだろ! ホルマジオの能力はただ小さくするだけだ。若返らせるわけじゃない。その胸どーするのさ」
「わ、分かってるよ、それくらい!」
 夢主はメローネの手を振り払って自室へ駆け込んでいく。このためにテレンスと話をつけているのだ。ベッドの上に置かれた女児用の服と胸を押さえるためのさらしをつけて夢主は再び彼らの前に現れた。
「な……お前、マジでどーかしてるぞ……」
 ギアッチョは夢主の姿を見て絶句した。たかが甘いもののためにそこまでする夢主が信じられない。
「これならどう?」
 短いプリーツスカートを穿き、女の子が喜びそうな可愛らしい絵柄がプリントされた服を着て夢主は得意そうに言った。
「スゲェ……確かにちょっとおませな女の子に見える……」
 メローネは夢主の体を舐めるように見て回り最後にはその心意気に降参した。
「よくやるよ! 君、最高!」
 笑われながら頭をぐしゃぐしゃと撫でられて夢主は憮然となる。
「馬鹿にしてるでしょ……!」
「まさか! スタンド能力の無限の可能性を感じたね、俺は」
「もー……いいから行こう、ホルマジオ」
 夢主はゲラゲラと笑うメローネの横をすり抜けてそれまでただ眺めていたホルマジオに声を掛けた。
「おう。行くとするか」
 苦笑いを浮かべたままのホルマジオはソファーから腰を上げてのそりとした足取りで玄関へ向かう。その後を小さくなった夢主はうきうきとした気分で追いかけた。
 


 すでに多くの人が集まる店先には夢主と同じ背丈の子供達が行列を作り、ドアが開くのを今か今かと待ちわびている。
「まさかこんなに多いなんて……全員が試食する分、ちゃんとあるのかな……」
「……ここまでしたんだからそれを心配するのはスゲーよく分かる。けどな、お前が心配するのはそこじゃねぇ」
 混雑する中で夢主は手を繋いだ先にいるホルマジオを見上げた。
「そうそう。言ってるそばからもうギアッチョがキレそうだよ。あー、怖い怖い」
 おどけた顔でメローネは背後を振り返った。人の多さにギアッチョがイライラしているのだ。
 隣に立つリゾットが
「落ち着け」
 と、何度も言い聞かせている。
「何でお前らまで着いてくるんだよ」
 その姿で何かあったら大変だとリゾットが参加し、それを見たギアッチョは無言でメローネは面白半分でついてきた。
「ホルマジオと今の夢主じゃあチンピラに誘拐された少女って感じでどうやっても親子には見えないだろ」
「その言葉そっくりそのまま返してやるぜ……メローネ、お前とだってそう見えるぞ」
「えー? いたいけな少女をたぶらかす悪いお兄さんみたい?」
 メローネはニヤニヤ笑いながら夢主の肩を抱いた。その手を払いのけたのはあの場に居なかったはずのイルーゾォだ。
「ああ、その通りだよ。だから触るな」
「いつの間にか居るんだからなァ……抜け目ないよなお前」
 イルーゾォは玄関先の鏡からぬっと現れて何か心配だから俺も行くとついてきてしまった。
「最初から居たさ。お前が気付かなかっただけだろ? それより、夢主……そろそろ開くみたいだぜ。絶対にはぐれるなよ」
「うん、分かってる!」
 気合いの入った顔で夢主はホルマジオと繋いだ手をイルーゾォに見せた。
「ジェラートぐらい俺がいつでも買ってきてやるのに……」
「だって新作が食べられるのは今日だけなんだよ!」
 妙な制限がなかったから夢主だってここまでしない。親子連れを狙った客寄せのイベントだとしてもイタリアのデザートに惚れ込んでいる夢主には見逃せなかったのだ。
「まぁいいけど……買い物は俺たちに任せて二人で行ってこいよ」
 イルーゾォの言葉の後、大型店舗のいくつかある自動ドアが一斉に開いた。すぐさま人々が我先にとお買い得商品に向かって突き進んでいく。
「夢主、迷子になるな」
「クソッ! 押すなッ!」
 背後からリゾットとギアッチョの声を聞きながら夢主は意気揚々と店へ入っていった。


 幼児から小学生までの小さな女の子達がイベント用の広場でジェラートを舐め、プラスチックのフォークに刺さったケーキをぱくぱくと食べている。
「おいしいねー」
 と近くに小さな女の子に話しかけられたので夢主もその言葉に同意した。
 誰にもバレることなく夢主は試食会に参加することが出来た。甘ったるいそれを口にする彼女の横にしゃがみ込んだホルマジオは苦笑する。
「そんなに美味いのか?」
「ホルマジオも食べてみる?」
 夢主が差し出すスプーンに向かって口を開けるホルマジオがまさかギャングでしかも暗殺者だなんて誰が想像するだろう。
「お、確かに美味いな」
「でしょ?!」
 甘ったるい桃と爽やかなソーダ味のジェラートがコーンの上で背中合わせにくっついている。ホルマジオに言わせればこれのどこが新作なのか分からない。それでも夢主は笑顔で食べているのだからそれについては深く考えないことにした。
「あー、いたいた。無事にありつけたみたいだな」
 早くも何かを買い込んだらしい袋を持ったメローネと、
「ホルマジオ……何、羨ましいことしてんだよ」
 ムッとした表情でこちらも袋を持ったイルーゾォが現れた。
「またくだらねぇモノでも買ったんだろ」
「これがくだらないモノに見えるかァ?」
 メローネはホルマジオに山盛りのチーズを見せた。ピザにパスタに乗せてもいいし、そのままワインのつまみとして食べてもいい最高の品だ。ホルマジオはニヤッと笑って褒めるようにメローネの肩を叩いた。
「イルーゾォも食べる?」
「……夢主が食べさせてくれるならね」
 イルーゾォは両手に荷物を持っていることをアピールする。
「いいよ、もちろん」
 夢主は彼にもジェラートが乗ったスプーンを差し出した。腰をかがめてイルーゾォはそれを口にする。
「おいしい?」
「最高だ」
 満面の笑みでイルーゾォに言われて夢主も同じく笑顔になった。
「オイッ! お前ら暢気にしやがって……!」
 大きなカートを手荒く扱いながらギアッチョが現れた。必要な食材が書かれたメモ帳は彼の手の中でぐしゃりと握りつぶされている。
「夢主、テメーもだ! さっさと食って買い物を終わらせろッ」
「わ、分かった! 今すぐ食べるから……!」
 他の親子連れが何事かとこちらに視線を向けるのを感じてこの場を離れた方がいいことを悟った。急いでジェラートを食べつつみんなを連れて広場からそっと離れていく。
「それで、えっと、後は何が必要?」
 夢主は背伸びをしてギアッチョが持つメモ帳を覗き込んだ。
「まだ肉しか買ってねぇ」
「それだけ?」
 カートの中には大きな肉の塊しか入ってなかった。買わなければならないものはまだまだたくさんあるというのに……
「じゃあ、手分けして食材を集めようか」
 夢主は書かれた紙をビリビリと三つに破り、一枚をイルーゾォとメローネ、もう一枚をギアッチョ、残りは自分とホルマジオで集めてくることに決めた。
「俺は一人かよ」
 納得がいかないとギアッチョの顔に書かれてある。
「だってホルマジオと離れられないし……」
「チッ……!」
 大きな舌打ちをするギアッチョにホルマジオがニヤニヤと笑いかけた。
「どうした、ギアッチョ。寂しいなら俺らもついて行ってやるぜ? 迷子になられると面倒だしな」
「てめ……誰が迷子になるかッ!」
 歯を剥く勢いで怒鳴られてもホルマジオは少しも堪えない。
「夢主と行きたいならそう言えよ。ホント、しょうがねぇ奴だなぁ〜〜」
 ギアッチョのこめかみがピクピクと痙攣した。顔色が赤くなったり青黒くなったりと実に忙しい。
「そうなの? ギアッチョ」
「ッ! 知るかッ、ボケッ!」
 そう言い捨てるやカートを乱暴に押しながら彼は店内へ走り去ってしまった。ボケと言われた夢主はぽかんとするばかりだ。
「あらら……カートで人をひき殺す勢いだよ、あれは」
 メローネはくすくすと笑ってギアッチョの小さくなる背中を見ている。
「夢主、牛乳を追加だ。あいつにはカルシウムを取らせた方がいいぞ」
 イルーゾォまでもが笑いながら夢主が持つ買い物メモを指差した。


 夢主はホルマジオと共に店内を歩き回り、果物や野菜、洗剤などの日用品に至るまで次々に手を伸ばす。途中、ワインを抱えたリゾットと合流しながらふらふらと歩いていると先ほど一緒にジェラートを食べた女の子とすれ違った。手にはおもちゃを抱えている。夢主が見れば店内の一角に子供向けのおもちゃが積み重なっているではないか。
「あ……!」
 夢主はその中の一つに目が釘付けになってしまった。
「どうした?」
「あの……ううん……な、何でもない……」
 何故か真っ赤になって顔を俯かせる夢主にホルマジオは怪訝そうに顔を覗き込んでくる。
「オイオイ、それが何でもないって顔か? 気になるだろ?」
「だって……」
 言いにくそうにする夢主とホルマジオを置いてリゾットは彼女が見つめていたものを手に取った。ピンク色で可愛らしいファンシーな箱の表に服を着て直立する動物たちが描かれている。小さな女の子が喜びそうなドールハウスだ。
「これが欲しいのか?」
 リゾットの言うことが図星だった夢主は恥ずかしそうに頷いた。
「あー……なるほど……お前も色々と思いつくなァ、感心するぜ」
 ホルマジオに笑われて夢主は赤くなる顔を手で覆い隠す。
 そんな彼女を見て静かに微笑んだリゾットは周囲の目など一切気にすることなくピンク色の箱を抱えてレジに向かってしまった。
 


「わぉ、ナニこれ。電気つくの?」
 メローネは壁についたスイッチをパチパチと押して小さなドールハウスの明かりがつくのを楽しそうに覗き込んでいる。
「すごいよねー」
 と感心する夢主は10センチほどの大きさだ。アジトへ帰ってきた彼らは昼を済ませ、リゾットの部屋でくつろぎつつリビングのテーブルに置かれた女の子用のおもちゃを囲んでいる。ピンク色の屋根を持つその家には付属の小さな家具と人形がついていた。
「イルーゾォ、そのテーブルはこっちに置いて」
 喜々として動き回る夢主にイルーゾォは言われたとおりの場所へミニチュアのテーブルを置く。
「これでいいか?」
 夢主はうんうんと小さい姿で頷いた。
「テメェ、いくつだと思ってんだ……ガキか」
 ギアッチョは呆れつつも枕や布団まできちんと作られたベッドを二階の部屋に置いた。
「いいの!」
 おもちゃの階段を駆け上がって夢主はギアッチョが置いたベッドに飛び込んだ。
「ホルマジオのスタンド、もう最高!」
 これまでくだらない能力だと言われ続けてきたホルマジオは夢主の言葉と笑顔に照れ笑いを浮かべた。いつもは暗殺や拷問にしか使わない能力だ。それをこうして楽しんでくれる夢主が彼には嬉しかった。
「こいつはどこに置くんだ?」
「あ、こっち! こっちの部屋!」
 夢主がベッドから飛び起きてホルマジオが手の中で転がす本棚を隣の部屋に置いてもらう。
 そこへ玄関のドアが開く音がして書類を持ったプロシュートが姿を見せた。
「……お、お前ら……」
 彼は書類を床にはらりと落とし、目の前に広がる光景に顔を引きつらせた。
 いかつい男達がメルヘンチックなおもちゃを囲む絵はかなり異様で不気味な姿だ。思わず背筋が寒くなる。
「そんな趣味があったとは……」
 プロシュートから冷たく哀しい視線を向けられてそこにいた四人は慌てて首を振った。
「馬鹿、ちげーよッ!」
「そうだぞ、よく見ろ!」
 メローネが指差した先に小さくなった夢主がプロシュートに向かって手を振っているではないか。ホルマジオを見た後、プロシュートは大きな溜息をついた。
(暗殺チームのアジトでガキのおままごとやってんじゃねぇよ……)
 それを眺めているこいつらも、それを許しているリゾットも頭がおかしいとしか思えない。
「あ、じゃあさ、ケーキもその大きさで食べたら?」
「わぁー! それいい! メローネ、持ってきて!」
 二人の会話にプロシュートはもう何も言えなかった。

 大きな皿の上で夢主は自分の背丈より少し小さなスプーンを手にしている。それをよいしょと抱えて目の前に置かれた巨大なケーキの塊と対峙した。
「大きい!」
 いつもはあっという間に消えるケーキもこの姿では食べきれないほどの量だ。
 喜びと感動でスプーンを抱く夢主をメローネとイルーゾォ、ギアッチョとホルマジオは微笑ましく見つめ、そこに参加することとなったプロシュートは呆れ顔で眺めている。リゾットは無表情で夢主のためにケーキを切り分けた。
 ふわふわの生クリームに取り囲まれて夢主は幸せ一杯だ。歓声を上げて持っていたスプーンでケーキをすくってかじりつく。身震いするほど甘くて幸せだった。
「……スプーンの意味あるのか?」
 ギアッチョは目の前でちょこちょこと動く夢主を見て思う。すでに手はクリームでベタベタだった。
「もうそのまま食べちゃえば?」
「えー? 行儀悪くない?」
 メローネの言葉を受けて夢主はそんなことを言う。テーブルの上なのでさすがに靴は脱いでいるが皿の上に乗っている状態だ。今更、マナー違反を気にする夢主が可笑しかった。
「俺らしか見てないんだし、平気だよ」
 付属の小さなカップにコーヒーを注ぎ入れ、イルーゾォは微笑みながらおもちゃのテーブルの上に置く。
「ありがとう!」
 夢主はスプーンを置いてイルーゾォがくれた小さなカップを手に持った。
「楽しいか?」
「最高!」
 リゾットに聞かれて夢主は即答した。口直しに飲んだコーヒーをテーブルに戻し、再びケーキの山に挑もうと夢主は皿の上に乗る。メローネやイルーゾォが言うので、もうスプーンで食べることは止めてそのまま手ですくって食べることにした。
「シニョリーナのやることじゃねぇな……」
 そういいつつもプロシュートは優しく笑って手をドロドロにして食べる夢主の頭を指先でつついた。
「ちょ、止めてよ、プロシュート」
 そんな些細な行動でも小さくなった夢主には脅威だ。彼にとっては軽く押したつもりだろうが、今の夢主には抗いきれない力を加えられてふらふらとよろめいた。
「……ホルマジオの能力ってホント使い方次第だよなァ」
 メローネはニヤニヤしながらプロシュートと同じく夢主の頭をつついてくる。
「わ、ひぇえ……ッ!」
 プロシュートとは違って明確な意図を持って体を押された夢主はケーキの上に顔からダイブすることになった。その頭と背中にべちゃっとクリームが落ちてくる。
「おい、メローネ!」
「止めろ、可哀想だろ!」
 ギアッチョとイルーゾォによって夢主はすぐに助け起こされた。まるであちこちからパイを投げつけられた人のように全身に生クリームがべっとりとついている。夢主は真っ白になった顔を拭ってメローネを睨み付けた。
「もう! 酷い! 何するのッ!」
「あぁ……怒った顔もベリッシモ可愛い。ちっちゃな夢主は最高だな」
 メローネは夢主の体に付いたクリームを指先にすくい取るとそのままぺろりと舐めた。
「本当、食べちゃいたいくらい可愛い……俺とお人形さんごっこしようか?」
 はぁはぁと息を荒くして顔を近づけるメローネをギアッチョとイルーゾォが両隣から殴った。彼の言葉にゾッとした夢主は悲鳴をあげるメローネを無視してホルマジオに向かって走り出す。
「ホルマジオ! 元に戻して!」
「何だ、もういいのか?」
 夢主は皿から降りてスプーンを乗り越えようとした。その素足に付いたクリームがテーブルの上でぬるりと滑る。
「わぁあ!」
 テーブルの端から落ちそうになった夢主にプロシュートが手を伸ばした瞬間、ホルマジオの能力が解除された。
「うぉ!?」
「ぎゃあッ!」
 一瞬で元の大きさに戻った夢主はプロシュートを押し倒しながら大きな音を立てて床に転がり落ちた。リゾットとホルマジオはそんな二人を見て目を見開いてしまう。
「痛ぇ……ホルマジオ、テメェ……わざとだろ?」
「落ちるよりはマシだと思ってな。悪ぃ」
 ホルマジオは取って付けたような笑顔を浮かべた。
「ご、ごめん、プロシュート……どうしよう……このスーツ高いよね?」
 彼の上に乗った夢主はスーツに付着したクリームを見て顔色を青くさせた。
「フゥン? 別に気にしなくていいぜ」
 プロシュートは夢主の頬に付いたクリームを長い指で拭って自分の口の中に入れる。
「こんなエロい姿のお前に汚されるなら服も本望だろうよ」
「はぁ?」
 首を傾げる夢主にリゾットは無言で風呂場からバスタオルを持ってくる。それを夢主の肩に掛けてボソッと呟いた。
「男の目には毒だ……早く風呂に入ってこい」
 夢主はクリームまみれの自分の体を見下ろすと、ぴちぴちの短い服から腹が見え、留め具が壊れたスカートからは子供用のショーツのほとんどが見えている。大人の体に無理矢理合わせているので少し動くだけでもお尻が見えてしまうだろう。
「ぎゃっ!」
 慌ててバスタオルを身に纏い、夢主はプロシュートの上から退くとリゾットの勧めに従ってバスルームに駆け込んでいく。
「オイオイ、ちっちゃなバンビーナ、風呂場で転けるんじゃねぇぞ!」
 ゆっくりと起き上がりながらプロシュートは愉快に笑ってそう言った。
 

.▼ホルマジオのリトル・フィート4
 ホルマジオの能力は楽しかったが酷い目にあった。
 元の大きさに戻った夢主は服を着替えて夕食作りに精を出している。さっきまであったドールハウスは自室に片付けておいた。
「ホルマジオ、疲れちゃった? ごめんね……」
 長い間、夢主の身長を維持していたのでスタンドのエネルギーをかなり消耗したのだろう。夢主のわがままを聞いてくれた彼はソファーでぐったりと横になっている。
「気にすんな。お前の夕飯が食えりゃあそれでいい」
 夢主とリゾットとホルマジオ、それから毎晩のように来るDIOとの夕食会だ。今日、買い込んできた食材で豪勢な物を作り、ワインで乾杯すればホルマジオの疲れも吹っ飛んでいくだろう。
 料理とテーブルセッティングを終え夢主が下町の路地裏を眺めていると一台の車がやってくる。
 運転席から降りたテレンスが後部座席のドアを開けるのが見えた。そこから出てきたのはDIOだ。今夜も花束を持っているのを知って夢主はいつもマメだなぁと他人事のように感心してしまう。
 DIOが建物の中に入って数十秒後、夢主はベルが鳴る玄関を開けて彼を笑顔で迎え入れた。

 夕食を終え、短いながらもDIOとの逢瀬を楽しんだ夢主は彼を見送った後、リゾットの部屋に戻ってきた。
 皿を片付けながらDIOとの会話や別れ際のキスを思い出して夢主はにやけた笑顔を浮かべてしまう。
 酒瓶を抱えたホルマジオはそれを見て苦笑する。そんなにも嬉しいのならこのアジトではなくあのでかい館で一緒に暮らせばいい。熱い彼らのムード漂う雰囲気にこっちは居たたまれないというのに……
「リゾットもよく平気でいられるな」
「何がだ?」
「あいつらに挟まれて平然と飯食ってるだろ」
 ホルマジオ以上に毎日見ている光景だ。リゾットはもう慣れている。
「恋人同士ならあれが普通だろう。俺たちの前でキスを始めないあたりまだまだ初心だな」
 人目を気にせずしたいと思ったら口づけをかわすのがここでは一般的な恋人達の作法だ。夢主はそこまでの域に達しきれていない。恥じらいがある分、見ているこちらの方が照れてしまう。
「確かになぁ」
 赤ら顔のホルマジオはのそりと立ち上がる。さっきから欠伸が出て仕方なかった。
「ま……俺は美味い飯が食えたし、いい気分だ……このまま寝てぇ」
「ホルマジオ、部屋に戻るの?」
 キッチンから顔を出した夢主の肩にホルマジオはのし掛かってくる。
「おぅ。またな……お前もさっさと寝ろよ」
 頬をくっつけられた瞬間、酒臭い息が夢主の髪を撫でた。
「おやすみ、ホルマジオ」
 ハグをしながら相手の背中をぽんと叩いた後、彼を玄関先から見送った。ホルマジオは鼻歌を歌いながら数メートル先にある自室にふらふらと歩いていく。
 キッチンに戻った夢主は後片付けを終えてリゾットがテレビを見ている間にシャワーを浴びた。パジャマを着て髪を乾かしていると今度は鏡の中からイルーゾォが姿を見せる。
「何だ、もう寝るのか?」
「うん。今日は色々あって疲れたから」
「そうか……おやすみ。いい夢が見られるといいな」
 イルーゾォは鏡の中から上半身を出して夜の挨拶と共に頬を合わせてくる。
「おやすみ、イルーゾォ」
 鏡の中の彼に手を振って夢主はバスルームを後にした。
 リビングにいたリゾットにも挨拶をして夢主は自室へ戻る。あまり物を置かない夢主の部屋にピンク色のドールハウスがかなりの存在感を醸し出していた。
 ベッドに腰掛けて夢主はその小さな家の明かりを灯してみる。暗い部屋にぽつんとささやかな光が生まれた。
 ホルマジオの能力はくだらないどころか素晴らしいものだった。夢主は思い出して小さく笑う。
「おやすみ」
 可愛らしい動物の人形にそう話しかけてパチンと明かりを消す。
 一つ向こうの部屋からギアッチョの怒鳴り声が聞こえる頃、夢主はすでに夢の中に落ちていた。

 終




- ナノ -