03


 うっとりするほどに髪を優しく撫でられている感覚が夢主を眠りから呼び覚ましていく。
 何度も撫でられてその心地よさに夢主は微笑んだ。すると不意にその手の感触が無くなり、あとには寂しいばかりの言いしれぬ空気だけが残った。
 途端に苦しいほどの切なさが襲ってくる。
 重い瞼を震わせて夢主は目を開いた。目が醒めるとそこは真っ暗だ。カーテンの向こうにほんのりと月明かりが見える。今が夜ということに夢主は安堵した。
 ぼんやりとする頭を軽く振って体を起こそうとすると、何の前触れもなくドアが静かに開いた。
「DIO……?」
 思わず口から出た言葉に、中へ入ってきた人物がピタリと足を止める。
「テレンスさん?」
「……誰だい、それは」
 夢主が呼んだ名前のそのどちらでもなかった。DIOでもテレンスでもなく、
「あれ……?」
 フン、と鼻先で笑いながら露伴は氷枕の替えを手に夢主の前に立っていた。
「寝ぼけているのか? それとも熱でうなされたか?」
「ああ……そっか……」
 ようやく夢主は現実に帰ってきた。昼間に露伴と出会って、康一くんと知り合って、承太郎に見つけられた。露伴の家で彼のスタンドをコピーした結果、また倒れたのだ。
「思い出した……」
 クラクラする頭を抱えながら夢主は体を起こす。額から濡れタオルがべちゃりと落ちた。
「……先生が看病してくれたんですか?」
「まぁね」
「承太郎と康一くんは?」
「とっくに帰ったさ。今、何時だと思っている? 夜中の一時だぜ」
 露伴は夢主の隣へ近づくと、もともと部屋に置いてあった小さな椅子を引き寄せて腰掛けた。
「え! そんな時間……?」
 倒れた時はまだ太陽が昇っていたはずだ。
「ほら、氷枕だ。寝られるうちに寝ておいた方がいいぞ」
 露伴はぶっきらぼうに冷たい枕を夢主に押しつけた。
「あ、……ありがとうございます」
 夢主は何だか意外な気持ちでそれを受け取った。てっきり承太郎かジョセフが看病してくれると思っていたのだ。それがまさか勢いで言ったとおり露伴に看病されるとは……
「先生、お仕事は?」
「今は休載中だ。連載再開の原稿もすでに描き終えてある。君に心配されることはない」
「そ、そうですか……」
 思いがけず露伴の家に転がり込んでしまったが、寝るところと雨風が凌げるところを確保できたのだから喜んでも良いだろう。
「承太郎、何か言ってました……?」
「財団とジョセフさんに連絡するってさ」
「そうですか……」
「見舞いにも来るらしいぜ」
「うわぁ……」
 来て欲しいような、来て欲しくないような……
「三日後が怖いな……」
 今からすでに恐怖してしまう。承太郎によって財団へ連れて行かれる。そして、それから……どうなるのか。
 まさか解剖はされないとは思うが、あれこれ聞かれたり、スタンドを調べられたりするのだろう。
 夢主は身を震わせ、嫌だなぁ、と改めて思った。
「……薬を飲むなら何か胃に入れた方が良いな。お粥でいいだろう?」
「え、先生が作ってくれるの? ……何だか申し訳ないんですけど……」
「いるのか、いらないのかどっちだ?」
「い、いります! お願いします!」
 再び鼻先で笑って露伴は部屋を出て行った。
(……岸辺露伴ってあんな人だっけ?)
 漫画のためだけに生きているような人だ。そんな人に看病され、ご飯まで作ってもらえるとは……きっと裏がある。夢主は素直に喜べなかった。
(きっと漫画のネタにするんだろうな……先生にとっては凄いネタだろうし。もしかしたら看病するっていうのも漫画に生かしたいだけなのかも……)
 どこまでもリアリティを追求する露伴に夢主はその実験台になっている気がした。
 それでも、体を休めることが出来るのならそれに越したことはない。
 ふとベッドの横にパジャマらしいものが用意されていることに気付いた。女手が無かったため着替えさせるのは断念してくれたようだ。夢主はそれを手に取ってゆっくりとベッドから起き上がった。体の節々が軋んで顔をしかめる。
 濡れタオルで体の汗を拭き、いつものようにはいかないが、のそのそと用意されたパジャマに着替える。どう見ても男物なので露伴の物なのだろう。余った袖を折り返してから夢主は再びベッドに腰掛けた。
「ふぅ……」
 一人で着替えること自体、久々だ。こうして熱があるときはテレンスかDIOが手伝ってくれた。今思うとかなり甘やかされていたのではないだろうか……。しかし、これからは自分でやらなければならない。寂しいと思うのはやはり彼らが側にいないからだろう。
「ん、着替えたのか」
 カーテンの向こうの月明かりをぼんやり眺めていると、露伴がトレーを手に戻ってきた。小さな一人用の鍋にはお粥と木のスプーンが入っている。
「わぁ……すみません、ありがとうございます」
 差し出されたそれを夢主は膝上に置いた。
「いただきます」
 ふーふーと息を吹きかけたあと、そっと一口すくって食べてみる。
「美味しい……それにしても、私……先生にごはんを奢られてばっかりですね」
 お昼のランチも奢ってもらったし、ケーキと飲み物も食べた。これは後のお返しが大変そうだ。
「それくらい気にするな。十分に支払ってもらってる」
「支払う……?」
 夢主はスプーンをくわえたまま首を傾げる。
「ああ。おかげで色々スケッチできて僕は大満足だ」
 ふと足元を見ると、床の上に白い紙があちこち散らばっているではないか。その中から一枚を取り上げて露伴は夢主に見せた。
「熱にうなされる女性ってのはなかなか見られないからな。参考にさせてもらった」
「はぁ……わ、凄い……上手」
 紙に描かれた自分は写真から写し取ったような現実感があった。顔の描きこみも丁寧でとてもスケッチ作品とは思えない。
「怒らないのか?」
 怒る? 夢主には意味が分からない。
「え? 何でですか?」
「君が寝ている間に僕は勝手に入って、勝手に描いたんだぜ?」
「あぁ……でもここは先生の家でしょう?」
「……まあね」
 露伴は他人よりも自分を優先する。夢主にも気遣いなどしない事が分かっていた。
「あちちっ」
 ぼうっと露伴を見ていたらお粥がスプーンから垂れていた。男物のパジャマの大きく開いた胸の辺りにぽたりと落ちて、あまりの熱さに夢主は身を震わせる。
 すぐさまそばにあったタオルでぐいっと拭いたが、火傷の痕は残らないだろうか。
「それを食べたら薬を飲んで寝るといい」
「はぁ……ありがとうございます」
「トイレは突き当たりだ。お休み」
 露伴はさっさとドアの外へ出て行こうとする。夢主はその背中に向けて言った。
「お休みなさい」
 パタンとドアが閉まる音を聞きながらスプーンでお粥をすくう。夢主は再びぼんやりと月明かりを眺めた。


「……何なんだあいつは……!」
 露伴は明かりのついていない仕事部屋に戻るや、閉めたドアに背中をくっつけて息を吐いた。
「クソッ……どうかしてる!」
 夢主の横でスケッチをしていた露伴は何十枚も連続で描き続ける事が出来た。新たな構想とネタが次々溢れてくるので、手が止まらなかったのだ。ちらちらと眠る夢主を見ながら手は休まることなく動く。
(これは、凄いぞッ! 康一くんの時と同じ……いや、それ以上かもしれない!)
 そうして見続けていると今度は夢主の肌質を知りたくなった。見ているだけではリアリティは得られないからだ。
 鉛筆を置き、そっと手を伸ばす。ぴたりと触れた額は熱く、汗で前髪が濡れていた。
「……」
 引き戻した手についた汗をペロリと舐める。自分と変わらぬ人間の汗の味だった。
 次に上気した頬に手のひらをくっつけてみる。熱い……そして柔らかかった。弾力のある肌はすべすべとして、とても触り心地が良かった。何度か触れてむにむにと揉んでみる。夢主は全く起きる気配を見せないので露伴はそこから耳へ移動し、柔らかい耳たぶを堪能した。
 さらりと流れる髪に目が吸い寄せられていく。それにも触れたくなった。髪を何度もすくっては落とし、母親が子供にするように優しく撫でていると、それまで無反応だった夢主は幸せそうに微笑むではないか。
「これはマズイな」
 そう思っても露伴の手はなかなか離れようとはしない。しかし起きられては困るので我慢して手を引き、部屋を出た。
 キッチンへ向かった露伴はさっき自分がしたことを思い返す。それだけで体が熱くなるのが分かった。熱が移ったのではないことは自分が一番よく分かる。ぞくりとした体を何とかなだめ、気分を変えるためにも氷枕を作って持って行った。
 すると彼女は起きていて誰かの名前を呼ぶではないか。館で世話になった人なのだろう。
 それから勝手に触れた事による罪悪感も手伝って、珍しく他人のために粥を作ってやった。美味しいと言って食べる夢主のなんと単純なことか……しかし、それより気になったのは……パジャマだ。露伴は自分のパジャマを貸したことをすぐに後悔した。
「反則だろ……クソッ」
 特に何も考えずに貸し与えたそれは彼女には大きすぎたらしい。胸を深く広げているので、少しでも動くとふんわりとした谷間が見えてしまう。余った袖を折り返しているが、それがまたどうにも男心をくすぐるような可愛さがあった。
 そのうえ、白い粥をぽたりと胸に落としたのもよくなかった。それを拭うため胸元を広げた際に、夢主のブラジャーと丸みを帯びたなめらかな肌が見えてしまったのだ。露伴はほとんど逃げるようにして部屋を出てきた。
「参ったな……」
 露伴はもう一度息を吐いた。昼間もさっきもごく普通の女に見えるのに、時折、無性に触れたくなってしまう。触れれば離れがたく、離れても指先に余韻が残るようだ。
 煽られた自分の体を抱えて露伴は舌打ちをする。今だけは男の体が煩わしかった。



 翌朝、夢主が目を醒ますとそこにはすでに露伴がいた。夢主よりも早く起きて看病の続きをしてくれているらしい。
「……よく寝てたな。もう十一時だぜ」
 薬を飲んだこともあってよほど深く眠り込んでいたらしい。
「もうそんな時間……?」
 軋む体を起こしぼんやりと露伴を見つめる。彼はすでに身支度をきちんと整えていた。
「昼過ぎに承太郎さんたちが来る。さっき電話をもらった」
「あ……はい……」
 嫌そうな顔に、露伴はクスッと笑う。
「まぁ、そんなに嫌がるな。康一くんも言ってただろう? 承太郎さんはいい人だし、僕らの味方だ」
 承太郎は輝くばかりの正義の人だ。
「私には……承太郎が敵だったから……今でも怖くて……」
 夢主は自分の体を抱いてぶるりと震えた。昨日、あの拳を受けていたらと思うと改めてゾッとした。
「逃げるなんて馬鹿なことは止めた方がいい。その体じゃあ遠くへは行けないだろうし、辛いだけさ」
 確かにこのまま逃げても夢主はどこへも行けない。行くところがないのだ。
 大きな溜息をついた相手に露伴は雑炊を差し出した。
「彼らが来る前に昼飯、済ませておけよ」
「あ、ありがとうございます……」
 夢主はびっくりしつつトレーを受け取った。
 食欲はあったのでそれをすべて平らげ、夢主はふらりとベッドから立ち上がる。
「うぅ……」
 激しい頭痛がする頭を抱えて廊下に出た。突き当たりのトイレに行って洗面所で顔を洗う。汗だくだったので冷たい水が心地よかった。
 鏡に酷いありさまの自分の顔が映って夢主は苦笑する。しかしどうしようもないので夢主は鏡から目を離し、適当に髪を撫でつけてから廊下へ戻った。
 壁伝いにヨロヨロと歩いていると、奥にドアが開いたままの部屋が見えた。どうもそこは露伴の仕事部屋のようだ。原稿用紙らしきものが積み重なっていることからも、きっとそうに違いない。
 興味をそそられて夢主はドアからそっと中を伺い見た。
 整然と片付けられている仕事場は使い勝手が良さそうだ。大きな机の上に、たくさんのペンとインク、毛筆が並べられている。資料もわかりやすいように細かく整理されてあった。
「すごい……」
「興味あるのか?」
 背後にいつの間にか露伴が立っていた。
「そりゃあ……先生、ピンクダークの少年を読みたいなぁって思うんですけど……貸してもらえませんか?」
「ああ……まぁ、寝るばかりじゃ暇だろうしな。いいよ、持って行けよ」
 本棚に並べられていた単行本が二十冊ほど夢主の手にドサリと乗せられる。これほどあるとは思ってなかった夢主はよろめいてしまった。
「お、重っ……」
「悪い」
 よろめいた夢主の腕を露伴が支えてくれる。漫画は落ちず夢主も転ばなくてすんだ。
「す、すみません」
 ほとんど露伴に寄りかかりながら夢主はベッドへ戻ってきた。
「はぁ……」
 ちょっと歩いただけなのにもう疲れている。自分のスタンドなのに歯がゆいことこの上なかった。
「……薬、飲んでおけよ」
 夢主に触れた手を片手で押さえ付けながら、露伴はそう言い残して部屋を去っていった。
 残された夢主は言われたとおりに薬を飲み、ベッドに潜り込んで一巻を手に取る。
「わぁ……!」
 最初のページからその独特な世界観にぐいぐいと引き込まれていった。


 それから二時間後。チャイムの音が鳴ったので露伴は玄関へと急ぐ。
「やぁ、露伴くん」
「邪魔するぜ」
 そこには予想したとおり、赤ん坊を抱いたジョセフと承太郎が立っていた。
「どうぞ」
 彼らを招き入れて、彼女は二階の客間で寝ていることを教える。気にくわない仗助ならしないが、彼らは尊敬すべき人たちなので露伴は飲み物を用意しにキッチンに向かった。
「赤ちゃんにお菓子はまだ早いか……」
 ビスケットを喉に詰まらせても困る。いや、ジョセフもかなり高齢だからパサパサした物は受け付けないだろう。
 何か無いかと戸棚をあちこち探してみたが何もなかった。今から買いに行くのも面倒なので、無いなら無いで我慢してもらおう。
「露伴くん、お手洗いはどこかね?」
 キッチンにひょいと顔を出したのはジョセフだ。赤ん坊を抱いて立っている。
「こっちですよ」
 案内してジョセフがトイレに入っている間、露伴が代わりに赤ん坊を抱いた。これも経験だとは思ったが、ふにゃふにゃしてて柔らかく、あまりに小さい故に落としてしまいそうだ。緊張が赤ん坊にも伝わったのか、ぐずり始めるから困ってしまった。
「すまんすまん、露伴くん。庭で少しあやしていよう」
 ジョセフはにこやかに去っていく。露伴は飲み物を持って承太郎のいる客間へ向かった。そういえば承太郎が怖くて仕方ない、と夢主が言っていたことを思い出す。
「……まさか泣いてないだろうな……」
 カフェで承太郎に腕を掴まれた時、彼女は恐怖と混乱で泣き出していた。
 その時、露伴はいい泣き顔だと思った。移動しなければあのままスケッチを続けていただろう。
 客間のドアは開いていたので遠慮無く入っていく。漫画を片手にベッドで眠りについた夢主を承太郎はただひたすら眺めていた。無表情ながらも目は戸惑いと哀れみで満ちているような……人間観察が趣味の露伴にはそんな風に思えた。
「ん? ああ、露伴か……すまないな」
 背後の気配に気付いて承太郎が振り返る。
「いえ……ジョセフさんは赤ん坊と一緒に庭にいますよ」
「……そうか」
「食欲はあるみたいです。昨日の晩も、昼も、全部残らず食べてました」
「……悪いな」
 承太郎はあまり多くを語らない。基本、無口なのだ。露伴も人間関係のやりとりは最小限にしたい方なので、その方がいっそ楽だった。
 そんな二人から注視されて何かを感じとったのか、夢主は小さく唸ってゆっくりと目を開いていった。段々と焦点が合ってくると目の前に誰がいるか気付いたのだろう。思い切り顔を引き攣らせている。
「じょ、承太郎……!?」
 慌てて体を起こそうとしても、今の体調ではなかなかそれが出来ない。起き上がることは諦めてじりじりとベッドの端へ後ずさる。
「何もしねぇ。そんなにビクつかなくてもいいだろう」
「だ、だって……」
 昨日、殴られかけたことをこの人は忘れているのではないだろうか。
 夢主はオドオドとした表情で承太郎を窺った。
「財団と連絡を取った。俺と財団で話し合った結果、お前の身を保護することにした。このままフラフラしていても仕方ないだろう。DIOの事は……追々、聞かせてもらうとして、アメリカから花京院がお前に会いに来るそうだ」
 その名を聞いて夢主はぱっと顔を明るくした。
「花京院……花京院が会いに来てくれるの?」
 あれほど恐がって距離を取っていた承太郎に夢主はあっさりと縋りつく。
(花京院って誰だ? 確か命を救ったそうだが……)
 露伴は話についていけない。だが夢主があれほど表情を変えるのならば、彼女には何か思い入れのある人物なのだろう。
「……俺の時とえらい差だな」
 承太郎は小さく笑って夢主の肩を押しとどめる。
「あ……」
 途端に夢主はまたベッドの端へ戻り、体を縮めた。
「……まぁ、そう言うことだ。花京院は財団で働いているからな。スカウトという形でお前もそうなるだろう」
「花京院はスピードワゴン財団で働いてるの?」
 夢主は目を大きく広げて驚いた。
「ああ。仕事が立て込んでいるせいで、どれほど急いでも奴が来るのは二週間後になる。スカウトの話もその時に聞けばいい」
 夢主は小さく頷いた。
「それから……お前さえよければ、俺たちとホテルで暮らしてもらいたい」
「……えっ!?」
 その申し出に夢主と露伴が驚いた。
「逃げられては面倒だからな……俺の他にもジジイと赤ん坊がいるが……やはり嫌か?」
 一瞬にして強張る表情を見て承太郎はため息を吐く。
 露伴から見れば、嫌と言うよりも困惑しているようであった。敵だった承太郎と一緒に暮らすのはさすがに戸惑うのだろう。
「俺がDIOを倒したからか?」
 承太郎の口からDIOという言葉が出るや夢主はますます顔を歪めた。今にも泣き出しそうだ。
「……すまない」
 承太郎の謝罪を聞いて夢主は首を横に振る。
「……そうじゃなくて……怖いってことも、もちろんあるんだけど……」
 夢主はパジャマの裾を掴んで泣き出しそうな顔を隠した。
「私には承太郎が眩しすぎて……側にいると苦しくなる……罪悪感に押しつぶされそうになるの……」
 わずかな間でもDIOという悪の側についていた事を気に病んでいるのだろうか……承太郎はそう思った。
 夢主はDIOのもとにいた他のスタンド使いたちとは明らかに違う。能力を除けばむしろ平凡な一般人だ。承太郎は少し困ったように眉を寄せて夢主の頭に手を置いた。
 すぐさま彼女の肩がビクリと震えるのを見て、露伴は承太郎に同情してしまった。
「それは考えすぎだ」
 夢主は顔を隠したまま何も言わなかった。
「だが、そうなると……困ったな」
 夢主を受け入れてくれそうな所など思いつかない。仗助の家も康一の家も駄目だろう。彼らもスタンド使いとはいえ、まだ学生の身だ。
 承太郎は背後の露伴も考えたが、彼は人気連載漫画家だけあって仕事の方が忙しい。さてどうするか……
「何も困ることないですよ。このまま僕の家に住めばいい。数週間なんでしょう? 丁度、お手伝いさんを雇おうかと思っていたくらいだ」
 露伴の口からすらすらと出てきた言葉にその場にいた三人は驚いた。
 三人……そう言った本人の露伴が一番驚いている。
(ぼ……僕は何を言ってるんだ……ッ!? 取り消せ! 今すぐッ!)
 訂正しようと露伴が口を開く前に、
「露伴先生、それ本当!?」
 そう言って顔を明るくする夢主の様子に、露伴は心の中の反論を撤回した。
「家が広すぎるって言うのも困りものだよな。僕の仕事を邪魔しないで、家の雑用をしてくれるなら給料を払ってもいいくらいさ」
「! 先生、お手伝いさんとして雇って、お願い!」
 今度は露伴の両腕に縋りついてくる。
 何て良い気分だろう……露伴はニヤニヤと笑ってしまう自分を抑えるのに苦労した。
「仕事の出来次第だがね……それでいいですか、承太郎さん」
「露伴が良いのなら俺はそれで構わないが……何から何まで悪いな……」
「こき使う予定なのでご心配なく」
 肩を竦める露伴に承太郎は静かに微笑んだ。
「すまない。助かる」
(……僕は何てことをッ! これじゃあ、煩わしい人間関係を避けてきた意味が無いじゃないかッ!)
「露伴先生、ありがとう!」
「フン……雇ってやるんだ、感謝は当然だろう」
 にこやかな笑顔を向けられた露伴は再び心の叫びを押し込めるのだった。




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