新年会


 年越しそばを食べた後、全員でカウントダウンを数えて新年を迎えたのが数時間前。
 夜通しでどんちゃん騒ぎを繰り返す彼らに付き合ったせいで、夢主の目覚めは最悪なものだった。
 頭痛と喉の渇き、それから目の前には穴の空いた壁、夢主の部屋の冷蔵庫からは光が漏れている。いつの間にかポットまでこちら側に運び込まれていて、今それを使いながらディアボロがコーヒーを飲んでいた。
「もう起きたのか? 俺は今から寝るぞ」
「ふぁ……皆さんは?」
 あくびを一つ放って周囲を見る。夢主と同じこたつに居るのはディエゴとプッチ神父だ。
「DIOは部屋に戻ったし、吉良はコンビニ、カーズは外に出掛けたな」
 そう説明している間にプッチが目を覚まし、吉良が外から帰ってきた。
「朝食とおせちを買ってきた。こたつの上を片付けてくれ」
 夢主とプッチはトランプと人生ゲームが広げられたそこを片付けにかかる。綺麗になったところで小さな重箱とおにぎりやパンが並べられた。その中からディアボロは菓子パン一つを選んで押し入れへ戻っていく。
「もう朝か……酷い気分だぜ」
「吉良さん、頭痛薬ってあります?」
「あるとも。ディエゴは二日酔いか?」
「私はDIOを起こしてこよう」
 プッチと入れ替わるようにして吉良はこたつに入る。夢主とディエゴに薬を渡して冷えた足先を温めにかかった。
「これを食べたら初詣に行くつもりだが……君たちはどうする?」
「近くに神社なんてありました?」
「住宅街を少し行ったところにあるよ。まぁ知らないのも無理はない。君は越してきたばかりだからね」
「初詣かぁ……」
「俺は遠慮するぜ。まだ眠い」
 ディエゴは薬だけを飲んでまたすぐに横になろうとする。
「神社か……我々には縁の無い場所だな」
「一度くらいは行ってみるといい。屋台もあるだろうから、お土産を期待しているよ」
 DIOはこたつに入ってパンを掴み、プッチは夢主の手に五百円玉を乗せてくる。
「俺は焼き鳥がいい」
「多めに買ってきてくれ」
 屋台と聞いてディエゴとディアボロにまで催促されて、夢主は吉良と初詣に行くことを決定づけられてしまった。


 入り組んだ住宅街を抜けた先で、多くの人が行き来する神社の赤い鳥居が見えた。強力な開運スポットとして有名な荒木神社は元旦と言うこともあって、さらに参拝客が増えているようだ。
「多いですね」
「いや、これからもっと多くなる。今はまだ少ない方だ」
 吉良と一緒に列に並んで待つ。屋台の方から流れてくる美味しそうな匂いに惑わされつつ、一時間ぐらいは待っただろうか。二人で参拝を終えて、新しい一年の始まりに心新たな気分で歩き始めた矢先のことだ。
「おい」
 低い声で呼び止められて夢主は思わず足を止める。
 振り向いた先に居たのは星柄の帽子を被った壮年の男性だ。Jの鎖が揺れる紫色のコートに蛇柄のボトムと靴、胸に星が描かれたシャツを着たその人は、薄い緑色の目でこちらを真っ直ぐに見つめてくる。
「……え」
 思わず一歩引いてしまったのはその視線の強さもあるが、何より背が高くて強面だったからだ。渋くて格好いいのは間違いないが、見知らぬ人からの呼び止めに夢主は誰かと間違っているのでは、と周囲を見渡した。
「空条……承太郎……」
「え?」 
 隣に並んだ吉良が呻くような声を出した。引き攣った顔に汗を滲ませながら、それでも相手を睨み返している。
「そいつから離れな」
 空条と呼ばれた人の後ろから戦士姿の逞しい影が飛び出てくる。夢主の腕を掴んで吉良から引き離しにかかった。
「てめぇ、また悪さをしてやがるのか」
「人聞きの悪いことを言わないでくれないか? 彼女は私の知り合いだ」
 吉良の言葉を確かめるようにこちらを見る。夢主は慌てて何度も頷いた。
「吉良さんにはお世話になってます。ご近所さんなんです、すぐ隣の」
 恐ろしく険悪な空気を察した夢主のスタンドが飛び出して、掴んできた戦士に体当たりをする。硬い胸板でぽよんと跳ね返されてしまったが、それで夢主も同じ能力者と分かったらしい。
「スタンド使いか」
「はい」
「隣、と言ったな? 住んでいるのはどこだ」
「荒木荘ですけど……」
「……やれやれ」
 なにがやれやれなのか、夢主にはさっぱり分からない。掴んでくる力はますます強くなり、説明と助けを求めて吉良を見るがいつも派手に爆殺しているキラークイーンは動こうとはしなかった。
「話がある。家まで着いてこい」
「えっ……えぇ?? 吉良さん、この人誰なんですか!」
「着いていけば分かる。焼き鳥は私が買って帰ろう」
 承太郎にジロリと鋭い一瞥を残して、吉良はすぐに参拝客の中に紛れていった。気まずい空気が残る中、残された夢主は隣の人物を不安そうに見つめるばかりだ。
「取って食う訳じゃあねぇ。家はすぐそこだ」
「そう言われても……知らない人には着いていけません」
 夢主の言葉に相手の目元がふっと緩む。
「俺の名は空条承太郎。海洋学者でスタンド使いだ。お前が住んでいるところの大家とは顔見知りで、ジョナサンからも話は聞いている。お前の能力を詳しく知っておきたいから家に呼ぶだけだ。すぐに帰してやるよ」
「ジョナサン……」
 ハロウィンの時にフランケンシュタイン博士の怪物の仮装をしていた人だ。優しそうな顔立ちが浮かんで消えて、夢主はやっと肩の力を抜いた。


 承太郎に連れられて歩くこと五分。神社の裏手に広がる私有地に英国風の立派なお屋敷が構えていた。玄関までのアプローチに噴水があることに目を剥きつつ、その周囲で犬と追いかけっこをする男性の楽しそうな声がこちらに響いてくる。
「やぁ! 明けましておめでとう。ハロウィンぶりだね」
 二人に気付いたジョナサンが笑顔で話しかけてくる。ぶち模様の大きな犬は承太郎や夢主の手を嗅いでは舐めてきた。
「明けましておめでとうございます。あの……勝手に来ちゃってすみません」
「大丈夫、承太郎が連れて来なくても年明けには招待しようと思っていたからね。それに凄くいいタイミングだよ。ちょうどエリナが新年初めのケーキを焼いたところなんだ。徐倫も呼んでお茶にしよう」
 ジョナサンが開けた玄関扉をくぐり抜けると、階段横にひときわ目立つ女神像があった。吹き抜けのホールは開放的で、ステンドグラスから差し込む光が年代物の甲冑や絵画を優しく照らしている。
「エリナ、お客様だよ」
「あら、初めまして。いえ、明けましておめでとうと言うべきね。どうぞ上がって下さいな」
 奥からふんわり優しげな女性が現れて戸惑う夢主を案内する。
「ダニー、徐倫を呼んできて」
 犬の足を拭き終えたジョナサンがそう言って軽く背を叩く。尻尾をぶんぶん振りながら風のように階段を駆け上がっていった。
「僕は紅茶。承太郎はコーヒー? エリナも紅茶だよね。夢主ちゃんは何がいい?」
 ケーキを切り分けるエリナの横で、ジョナサンは棚からカップを取り出してお茶の用意をする。通された広い応接間で夢主は緊張しながら紅茶をお願いした。
「砂糖はいくつ? ミルクいる? それともレモンかな?」
「……そろそろ話を進めていいか?」
 夢主の向かい側に座った承太郎が焦れたようにジョナサンの声を遮った。
「あっ、ごめん。はいどうぞ」
 二人の前にそれぞれの飲み物を置いて、ジョナサンはエリナと同じソファーに腰掛ける。
「はい、エリナ。熱いから気を付けて」
「ジョナサンも火傷しないように」
「少し冷まそうか?」
「大丈夫よ、それより早くケーキを食べて下さいな」
「うんうん。美味しいなぁ、君のケーキが世界一だ。お店を出したらあっという間に人気店だね」
「まぁジョナサンったら……」
 これぞリア充というような幸せオーラがすぐ横で広がって、夢主も承太郎もしばらく沈黙する。その内、承太郎が帽子を下げていちゃいちゃする二人を視界から切り離した。
「話というのは君の……」
「ちょっとォ! ジョナサン!! またダニーを使ったでしょ!」
 切り出した承太郎を遮るように、大きな声と共に扉がバァンと開かれる。突然現れた一人の女性に夢主は持っていたカップを落としそうになった。
「ダニーで起こすの止めてって言ったでしょ! よだれでベトベトになったじゃない!」
 タオルで顔を拭きながら、足下で満足そうにするダニーをジョナサンに押しつける。それから承太郎を見て不思議そうに眉を寄せた。
「あら……父さん? 今日は出掛けるって言ってなかった?」
「徐倫……、客の前だ」
 ふぅ、と息を吐いて承太郎は夢主を指差す。徐倫と呼ばれた女の人が勢いよくこちらを見てきゃあと叫び声を上げた。
「客がいるならさっさと教えてよ! 恥ずかしいじゃない!」
「ごめんごめん。折角だから徐倫にも紹介しておこうか」
 ジョナサンに勧められるまま徐倫は夢主の隣に腰を下ろす。少し気まずそうな顔が可愛かった。
「スピードワゴンの紹介で荒木荘に越してきた夢主ちゃんだよ。徐倫と同じくらいの年齢だし、仲良くしてあげてね」
「ハァ? 荒木荘って……あの荒木荘ッ!? あんた馬鹿じゃない!? ってことはスタンド使いなの?!」
 肩を掴んで揺さぶられる中、夢主はがくがくと首を上下に振る。 
「ねぇ、まさかプッチの手下じゃあないわよね? その場合、問答無用で殴るけど……いい?」
「ええっ!? な、殴らないで下さいっ、プッチさんの手下とかじゃないです!」
「いやだ、あんな奴にさんとか付けないでよ。鳥肌立っちゃう」
「ええぇ……でも神父さんですよ?」
「そりゃあ、見た目はそうかもしれないけど……」
「徐倫。頼むから話をさせてくれ」 
 コーヒーを一口飲んだ承太郎が威圧感たっぷりな声を出した。
「ごめんごめん。それで、何の話なの?」
「彼女の現状と能力を見ておきたい。書類で知ってはいるが、この目で確かめておきたくてな」
「ふーん、それなら私も興味あるわ。だって荒木荘に住んでるんでしょう? あいつらに悪用されちゃ可哀想だもの」
 彼らの中で荒木荘に住むというのはとても酷い評価らしい。しかしこの豪邸と比べたらどこのアパートだって狭く窮屈に違いない。
「誰にも話したりしないから見せてよ。意外と近距離パワー型? それとも遠隔操作型かしら?」
 期待に輝く目が向けられて夢主は思わず怯んでしまう。おずおずと承太郎を窺うが、彼も出現させる時を待っているようだ。
 仕方ないと割り切って徐倫との間にスタンドを出した。
「なにこれ! 可愛いっ!」
 ぎくりとする夢主の期待を裏切って、徐倫はバルーンを抱きしめる。上下に勢いよく振って中できらめく金粉を広げにかかった。
「ちょ……き、きもちわる……」
「あら、ごめんね。お詫びに私のスタンドも見せてあげる。ストーン・フリー!」
 サングラスをかけたセクシーな人型のスタンドだ。指先からするすると糸が伸びて、夢主の体を瞬く間にぎゅっと捕縛した。
「こう見えて結構強いのよ」
 脅すような低い声が夢主の耳に囁かれる。ソファーの上で格好いい女性に押し倒される中、夢主のスタンドがパァンと音を立てて弾けた。
 その音に驚いてスタープラチナを出した承太郎は、舞い上がる紙吹雪の中から一斗樽が落ちてくるのを見た。何も分からないジョナサンとエリナの前にドズンと音を立てて落ち、ソファーに座る彼らを飛び上がらせた。
「な……」
 呆気に取られていると、茶器が置かれたテーブルの上におせち料理が次々に降ってくる。ジョナサンが淹れた紅茶を絨毯にまき散らし、高そうなカップを割りながら、トドメとばかりに十キロはありそうな鏡餅が転がった。テーブルから落ちてジョナサンの足を直撃しそうになるのをスタープラチナが押し止める。
「ワォ、何これ! あはははっ!」
 徐倫が堪えきれずに吹き出すと、それにつられたジョナサンも笑い声を出した。承太郎は渋い顔つきで、エリナはぽかんと口を開き、夢主はごめんなさいを何度も繰り返す。
「新年会だって! いいじゃない、飲みましょ」
 ひらひら揺れる垂れ幕を指差しながら笑う徐倫に、ソファーから引き起こされた夢主は信じられない気持ちで彼女を見た。
 何が起きても前向きで、モデルのように格好良くて、何よりスタンド使いだ。
「おっ、……お友達になってくださいっ!」
 気付けば叫んでいた夢主に周りも本人すらもびっくりだ。
「いいわよ。えっと……夢主ちゃんだっけ? 空条徐倫よ。よろしくね」
「!」
 喜びのあまりまた弾けそうになるスタンドを、すかさずスタープラチナが押さえ込む。それはとても痛かったが、幻ではない証拠として夢主を笑顔にさせた。

 終




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