帝王と不良たち


 未だこんな絡み方をするのかと半ば呆れ、半ば感心しながら夢主は目の前の不良を見上げた。体ばかりが大きい彼らは髪をきっちりと撫でつけたリーゼントに整え、本来は慎ましいはずの学ランに派手な彩りを加えて立っている。
「えっと、それで? 何かご用ですか?」
 他の生徒たちが一瞬身を竦め、出てきた校門からそそくさと下校するのを横目に見ながら改めて聞いた。
「お前、あの空条の女だろ?」
「えっ! やだ、違いますよ。私は空条家の親戚の一人です。承太郎のお父さんの弟が私のお父さんで、承太郎とは“いとこ”です」
 周りを囲む不良たちはそれを聞いて顔を見合わせる。
「親戚ィ? 確かにちょっと似てるなァ」
「うーん……恋人じゃねぇなら無理か?」
「いや、むしろ身内の方がいいかもしれねぇぞ」
「そうだな。時間もねぇし、こいつでいいだろ。来なかったらそれまでの男ってことだ」
 こいつ扱いされてムッとする夢主の顔に白い封筒が突きつけられる。表には下手な筆字で“決闘状”と書かれてあった。
「わぁ……」
 問答無用で襲いかかって来たこれまでのスタンド使いたちに見せてやりたい。再び感心しながら受け取ろうとすると、その直前で手首を捕まれてしまった。
「お前は奴が来るまでの人質だ」
 何かしらの手紙を承太郎に渡して欲しいと頼まれたことは何度もある。しかし人質という展開はこれが初めてだ。
「でも私、聖子ママからお使いを頼まれてるし……」
「知らねぇな。他の奴に替わってもらえ」
 力強く手を引かれ、空条家とは逆の方向に歩かされてしまった。こうなったら仕方がないと背後にスタンドを出して応戦させてみたが、
「あぁ、もう!」
 破壊力“E”というステータスでは一人の不良を引き止めるだけで精一杯のようだ。
「オイ、何してる。行くぞ!」
「あ、ああ」
 空中で綱引き状態だった学ランの裾を青年が不思議そうに見ながら力任せに引き戻す。たったそれだけで夢主のスタンドは地面にべしゃっと叩きつけられてしまった。
「花京院と一緒に帰ればよかった」
 スタンドダメージを負った額と鼻を撫でながら、夢主は一人、そんな愚痴をこぼすのだった。


 下校する生徒たちの間を走り抜けながら、花京院は可愛いウサギ柄の便箋と荒々しい文字で書かれた封筒を強く握りしめる。
「困った事になったぞ」
 好きです、これ読んで下さい! と女性徒から渡された恋文への返事に悩んでいるのではない。承太郎に渡せ、と他校の不良から押しつけられた果たし状のことだ。
 承太郎は用事があると先に帰り、日直の夢主が黒板を消している間に花京院は女の子たちに取り囲まれてしまった。屋上で告白される中、地上に見えたのは不良たちに連れて行かれる夢主の姿だ。何とか逃げ出そうと試みたようだが、自身が知る中で彼女のそれは最も脆弱なスタンドだ。スティーリー・ダンのラバーズといい勝負かもしれない。
「早く承太郎に知らせなければ」
 果たし状には時刻と場所、来なかった場合のペナルティが書かれている。まだ肉の芽が埋め込まれていた頃、自分も同じような物を送りつけたことを思い出して密かに赤面した。
「くそ……嫌な気分だ!」
 花京院はそう吐き捨てながら通学路の神社に走り込み、以前、承太郎を突き落とした石の階段を駆け上がる。角をいくつか曲がって空条家まであと少しというところで、この世で一番会いたくない人物とはち合わせてしまった。
「どうした花京院? 随分と急いでいるじゃあないか」
 太陽の下で輝く黄金色の頭髪、誰もを虜にする妖しい色気を放ちながら、両手に買い物袋を下げたDIOが優しい声色を使って話しかけてくる。町並みからここは確かに日本だというのに、一瞬、エジプトのカイロのように思えて花京院は頭を振った。
「邪魔だ。退いてくれ」
「フン、吐き戻していた頃のお前が懐かしいな。私に怯え、逃げだそうとして失敗した」
「それが今、関係あるのか? 僕はもうお前に屈することはない」
 毅然とした態度でDIOの精神攻撃を退ける。相手は至極つまらなさそうな顔になって軽く肩を竦めた。
「冗談の通じぬ奴だ……。用があるならさっさと済ませろ」
 DIOはすぐに背を向け、今の住まいである空条家の門をくぐり抜ける。
「そうさせてもらう」
 ゆっくりと歩くDIOを追い越し、敷き詰められた砂利を蹴りながら花京院は玄関先に飛び込んだ。
「すみません、ホリィさんッ! 承太郎はいますか!」
 竹筒が石を打つ静かな屋敷内に大声が響き渡る。二呼吸の間を置いて廊下の奥から軽い足音が聞こえた。
「あら! 花京院くん、いらっしゃい」
 明るい笑顔が眩しいホリィとは対照的に、花京院は硬い表情で話しかける。
「承太郎は? 家に帰っていないのですか?」
「壊れたバイクを修理に出してくるって。そんな怖い顔をしなくてもすぐに帰ってくるわ。上がって部屋で待ってね」
 行き違いになった事に言葉を無くす花京院の前に、ホリィは来客用のスリッパを出す。彼女はすぐに「お茶を用意するわね〜」と言って台所に向かってしまった。
「時間が無い」
 指定された時刻まで残り十五分。その間に承太郎は戻ってくるだろうか。たとえ戻ってきてもその場に着く頃には過ぎているだろう。
「クソ……! こっちの都合も考えたらどうだ!」
 握りしめた封筒に花京院が文句を言った次の瞬間、手の中からその存在が消えた。
「ほう? 決闘とはな。フランス式か? それともイギリス式か? 日本ではどうやるのだ?」
 時を止めた間に封筒の中身を読んだらしい。DIOは汚い文字で書かれた手紙を突き返してきた。
「承太郎が来ない場合、人質にその責任を取らせるとあるが、お前ではないのか」
「僕ならその場で倒すさ。承太郎の手を借りるまでもない」
「となると」
「人質は夢主だ。彼女のスタンドは僕らのように強くはない。だからこうして急いでいるんだ!」
 玄関先を塞いで立つDIOに花京院は苛立ちを隠さず叫んだ。
 エジプトを目指す旅の間、彼女は常に誰かと行動していた。ホテルや野宿の際もまるで承太郎こそが夢主のスタンドのように側に立って守っていた。だからこういった事態には全く慣れていないのだ。
「フフ、そうか……」
 焦る花京院を前にDIOは笑う口元を隠す。
「何が可笑しい? 彼女に何かあればお前だって!」
「まぁ待て、花京院。私はあいつの不運に笑っているのではない。この私でも使わなかった手段を、あえて試そうとする愚か者がいる事が愉快なのだ」
 目をつり上げて怒る相手をDIOは軽くあしらった。
「このまま待っていても承太郎は間に合わぬだろう。そこで、だ……お前と私で先に助けてしまおうではないか」
 DIOからの意外な提案に花京院は一瞬の間を置いて探るように見返した。
「それなら僕一人で十分だ。わざわざお前の手を借りたくはない」
「そう言うと思っていたぞ。だが、借りを貸すのはお前や承太郎にではない」
 不可解そうな花京院にDIOは言葉を続けた。
「お前たちを救うためとはいえ、他に類を見ない貴重なスタンド能力を使った謝礼だ。私はまだまだ長く生きたいからな。今回、夢主を助けることで互いの貸し借りは無くなる」
 花京院は難しい顔をしつつ、背後で柱時計がカチコチと時を刻むのを耳にする。台所からホリィの鼻歌と湯を沸かす音が聞こえてくるがのんびりと茶を飲む余裕はないだろう。
「……分かった。だが、相手はスタンドを持たない一般人だ。無茶はしないと誓え」
 花京院の言葉にDIOはピクリと眉を動かす。
「誓い、か。あまり好きな言葉ではないが……いいだろう。殺しはしない」
 DIOは両手に下げた買い物袋をその場に置き、体で塞いでいた玄関口を解放する。
「そこまで案内しろ」
「お前に言われなくても……ついてこい」
 空条家の門から二人が勢いよく飛び出していくのを庭先で寝転がっていたイギーだけが見届ける。
 それから数分後、再び入れ違いで帰ってきた承太郎を出迎えたのはホリィだ。
「あら承太郎、お帰りなさい! 今夜はあなた達が大好きなカレーよ。福神漬けもちゃあんと用意したんだから。……あっ! そうそう、花京院くんが来てたわよ。途中で会わなかった?」
 手紙を読む最愛の息子にそう話しかけるが、返事はなかった。


 目の前に並んだジュースとスナック菓子、そこに年頃の女子が加われば恋の話に花を咲かせるのはきっとどこでも共通なのだろう。
 それが閉鎖された薄暗い工場跡地で手を後ろに縛られ、気合いの入ったお姉さん方が相手でなければ、夢主だって楽しく過ごせたに違いない。
「ホント、承太郎っていい男だよねェ〜」
「高校生にしておくのがもったいないわ」
「ファンクラブもあるんでしょ? 今度はその話を聞かせてよ」
 連れて行かれた先で待っていたのは彼らのリーダーだけではなかった。果たし合いを聞きつけた別グループの不良たちと、承太郎ファンだという姉さんたちも加わって、まるでボクシングの試合前のような熱気が周囲に渦巻いている。
「そうですね……えっと、」
 怖いお姉さんたちに囲まれた中で、夢主は仕方なく承太郎との昔話や日常生活を当たり障りの無い範囲で暴露する。しかしそれにも限界があるだろう。
 密かにスタンドを使って出口を探してみたが、その多くは血気盛んな不良たちで塞がれて抜け出すことは出来そうにない。そうでなくても目の前には監視役の姐さんたちが目をキラキラさせて話の続きを待っていた。
「確か、ファンクラブの構成は学年ごとに違ってて……」
 早くここから逃げ出さなくてはならないのにその方法とタイミングが分からない。これではDIOと戦った時と同じだ。夢主は情けない気持ちになりながら彼女たちが望む話を続けるのだった。
 そうして知る限りのファンクラブ活動を話していると、ふいに外が騒がしくなった。誰もがハッとして時計を確認する。指定した時刻の1分前だ。
「何だ、テメーらはッ!」
「見ねぇ顔だな、承太郎の知り合いか?!」
 割れた窓の外でそんな声が上がった。建物内にいた不良達は一斉に外へ飛び出し、夢主を囲んでいたお姉さん方もガラスの割れた窓際に押し寄せる。その一番後ろから夢主も雑草が生い茂る外の空き地を見た。
「承太郎は訳あって不在だ。決闘は延期してもらいたい」
 砂漠でも涼しい顔で詰め襟の学ランを着こなしていた花京院が、今では滅多に見せない険しい表情で立っていた。
「なにぃ? 延期しろだと?!」
 彼の言葉に憤る不良達に今度は花京院の隣にいた男が口を開いた。
「お前らのような虫ケラとのんきに遊んでいる暇はないという事だ」
 嘲りを含んだ笑いを浮かべ、いかにも気怠そうに言いのけたのはDIOだ。日本男児に囲まれた中で彼は身長、容姿、カリスマ性、全てにおいて異彩を放っている。
「この野郎っ!」
「承太郎の仲間か! あいつ助太刀を呼びやがったッ!」
 怒号が飛び交う中、花京院は目の前の不良ではなくDIOに詰め寄った。
「お前、わざと煽っているだろう」
 DIOは花京院を無視して今にも殴りかかってきそうな不良達に呼びかける。
「おい、お前たち……これだけはハッキリさせておかねばならん。私は承太郎の仲間ではないぞ。親でも親戚でも友人でもない。私は私だ。このDIOと運命を共にする、哀れで間抜けな小娘を助けに来ただけだ」
 DIOがそう言った瞬間、それまで外に釘付けだった姉さんたちが勢いよく後ろを振り返った。
「うっそ! アレ、あんたの男!?」
「はぁあ!? 死んでも違いますッ!」
 すぐさま全否定する夢主だが彼女たちはキャーキャー騒いで勝手に盛り上がってる。こちらの声が聞こえたか怪しいものだ。
「だから違うって言ってるのに……ン?」
 ふと足に違和感を感じて見下ろすと、緑色に光る細い触脚が足首に絡まっていた。あっ、と声を出しそうになるのを我慢して夢主は窓の外に視線を向けた。
(ああ、やっぱり頼りになる)
 不良たちに囲まれた中で花京院がわずかに頷くのを見て安堵する。背後で誰の目にも見えないハイエロファントが形作られていくのを見守っていると、焦れた不良の一人が無謀にもDIOの胸ぐらを掴んだ。
「何だこの汚い手は? 愚図が、私に触れるな」
 ただ払い除ければいいものを、彼は余計な一言を付け加えずにはいられない性分のようだ。
「DIOッ!」
 花京院が仲裁に入る間もなく、カチンときた不良の拳が突き出し、すぐに空中でピタリと止められた。
「無駄だ、無駄無駄! 一般人がいくら沸いてこようとも、この私の前では無力なものよ」
 エジプトで夢主をあしらった時のように軽い動作でなぎ払う。体格のいいその不良は吹き飛んで不法投棄されたゴミの中に突っ込んでいった。
「よせ! 止めろ!」
 花京院が叫んだのはDIOに対してか、それとも向かってくる不良達に向けたものなのか夢主の位置からは判断が付かなかった。
「フン」
 DIOは飛びかかってきた相手の拳をスッと避け、赤子をあしらうかのように足を引っかけて地面に転がす。四方から拳と蹴りを入れられても一瞬の間に全員が吹き飛ばされている。彼の前に立つザ・ワールドを花京院と夢主だけが理解する中、DIOは悠然と構えながら次々に倒していった。
「もうよせ、やめろ……! やめろと言っているだろうッ!」
 顔を狙われれば顔を、腹を殴られそうになれば腹を、腕を折られそうになれば腕を。そうして受け身ながら、やり返す際には倍以上のダメージを相手に叩き込む。地面に転がった不良たちが血を流しているの見て花京院はDIOの腕を押さえながら怒鳴った。
「貴様、誓いを忘れたのかッ!」
「何を言うか。私は確かに誓っただろう? 殺しはしない、と」
 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべつつ、手に付着した誰かの血液を舐めて拭う。そんなDIOに花京院は強く眉を寄せた。殺さない程度に加減はするが、それはつまり生きてさえいればボロボロの瀕死状態でもいいという事だ。
「お前の言葉を信じた僕がバカだった」
「白々しいことを。こうなると分かっていたくせに」
 DIOの笑いを受けて花京院はそれまでの空気を変えた。
 夢主の背後からハイエロファントが消え、本体である花京院の隣に立つ。ザ・ワールドの拳を押さえながらすぐに防御と攻撃が出来るよう周囲に緑色の結界を張り巡らせた。
「相手が違うぞ、花京院」
「僕の忠告が聞けないのならお前もこいつらと一緒だ」
「ゲスな輩と一緒にするな」
「じゃあ、お前はそれ以下だ」
 目の前で押し問答する二人に不良たちはどうすべきかと顔を見合わせる。彼らが戸惑い、姉さんたちが熱心に展開を見守る中、夢主は音を消して静かに後退した。今なら誰もいない裏口から抜け出せると思ったからだ。
(花京院ごめん! DIOの馬鹿ッ!)
 わざわざ助けに来てくれた友人に心の中で謝り、もう一方を罵倒する。蘇らせた恩というものを吸血鬼に求めても意味はないらしい。
 夢主はその場に捨て置かれた機械の裏に回って見張りの居ない歪んだドアへ走り寄る。途中、工具に引っかけた制服の裾がビリッと音を立てたが、それを気にする余裕はなかった。
「う……、く……っ」
 後ろに回された手でドアノブを掴んでみる。錆び付いている上に力の入らない手では少しも動かない。それでも諦めずに何度も回し続けているとギギッと鈍い音がした。誰もこちらを気にしていないのを確認して、後はもう運任せだとドアに体当たりをくらわせた。
「!」
 それまでの硬さが嘘のように大きく開き、入り口の向こうに体を転がせる。土にまみれた顔を左右に振って、夢主は急いで立ち上がった。
「花京院!」
 と呼ぶはずの声はいがみ合う二人の背後に現れた人影で消えた。
「おい、何だこれは」
 帽子の鍔先を指で押し上げた承太郎が驚いた表情でこの状況を見ている。それもそのはず、決闘相手の大半は地面に伏し、友人の花京院と居候のDIOが言い争い、周囲はそんな彼らに手を出したくても見えない結界に阻まれて動けない。
「どうなってやがる……」
 いつもの口癖がこぼれそうになったが、建物内からふらふらと出てきた夢主を見て息を飲んだ。
「!」
 土で汚れた顔、破れた制服の裾、さらには両手まで縛られている。勘違いするには十分すぎる程だった。
「テメェら覚悟は出来てるんだろうな?」
 殺気立つ承太郎の気配を感じて花京院とDIO、それから残っていた不良たちがようやく彼の登場に気が付く。
 後はもう圧倒的な暴力の嵐が吹き荒び、不良たちの悲鳴と懇願がその場に長く響き渡ることになった。



 日が暮れて頼りない街灯が歩道を照らす中、学生三人と一人の外国人が歩いている。どこかで犬が遠吠えするのを聞きながら、彼らは家に向かって歩いていた。
「……ごめんね、承太郎」
 先ほどから同じ言葉を繰り返す夢主は、わずかな服の乱れが見苦しいと言われて、承太郎の長く重い学ランを強制的に着させられていた。泥を落とした顔で幼馴染みを見上げてみたが、彼は道の先を見据えたまま振り向かなかった。
「花京院にも迷惑かけて……本当にごめんね」
 うなだれる夢主を見て、花京院はふと旅の間にも同じ謝罪を受けた事を思い出す。
(あれは確かストレングスと遭遇して……)
 船に取り込まれそうになった彼女を花京院が咄嗟に庇った時の事だ。結局は全員が敵の手中に落ちてしまった訳だが、思えばあの頃から仲間の弱点になることを恐れていたのだろう。
「気にしなくていい。僕が騒ぎを大きくしてしまった部分もあるし」
 慰めようとする花京院の言葉をDIOが遮った。
「いいや、本人の言うとおりだ。お前が持つ能力は素晴らしいが、スタンドのパワーやスピードは凡人にも劣る。よくそれだけの性能でこのDIOの前に立てたものだな。ある意味、称賛に値するぞ」
「それ褒めてないし。大体どうしてDIOまで来たの?」
「間抜けなお前を助けてやろうと思ったまでだ」
「……最後の方はDIOも承太郎と戦ってなかった?」
「そうだったか? 大勢いたからな、よく覚えていない」
 しれっと答えるDIOを夢主と花京院は同時に睨んだ。数人の不良を蹴散らした後、DIOは花京院の制止も聞かず、怒り狂う承太郎と本気で殴り合っていたように思う。
「まさかとは思うが今回のこと、お前が仕組んだものじゃあないだろうな?」
 花京院の疑惑にその場の視線が集中する。疑われた彼は心外そうに顔を歪め、吐き捨てるように言った。
「ジョースター家の血統を侮るなよ、花京院。他人のため、家族のため、誇りのためなら己の命すら捨て去る覚悟を持つ者ばかりだ。そんな厄介な相手を前に人質を取るという危険な行為をすると思うか? 私はそこまで愚かではない」
「じゃあ、聖子ママの事はどうなるの? それに遡れば全部DIOのせいじゃない」
「フン、生きる手段は選ばぬ。お前は余命半年と言われてすぐに納得できるのか? 最後まで足掻くだろう? 私も同じだ。血が必要なら奪う。さらなる力が望めるならそれも試す。敵が来るというのなら迎え撃つ」
 夢主と花京院はお互いにウンザリした顔を見合わせる。その言葉の中に犠牲になる者への悼みや懺悔は露ほども感じ取れない。自分勝手な言い分に二人が反論しようとするが、先に口を開いたのはそれまで沈黙していた承太郎だった。
「やかましい、テメーは黙ってろ」
 凄みのある低い声が誰もいない歩道に響き渡る。
「……普段とは大違いだな」
 鋭い視線で射抜いてきた相手をDIOは含み笑いで返した。
 そんなピリピリした空気を感じながら花京院は頼もしい友人の背中を眺めた。無関係な女医が傷つけられたとき、承太郎は弱者を利用するのが悪だと言い切っていた。卑怯な手を使う者に容赦はせず、普段は冷たくあしらいながらも女性には優しい。それが家族ともなれば尚更、気に掛けるだろう。
(クールに見えて熱いからな)
 花京院は心の中でやれやれと呟いて、承太郎の機嫌を怖々と窺う夢主に話しかけた。
「とにかく怪我が無くて良かった。これで当分、承太郎の周りは静かになるさ」
「……だといいが」
 もはや向かうところ敵無しとなった彼はハァーと盛大な溜息を吐いて夢主の背中をぐいっと前に押し出した。
「今夜はあのアマが作ったカレーだとよ」
「……!」
 それまでの意気消沈がどこへやら、夢主が笑顔を浮かべるのを見る。
「色々と面倒くせぇから、もう一人で帰るな」
「うん……。承太郎も花京院も今日はありがとう。それから……全然役に立ってなかったけど、一応、DIOも……」
「ほう? まさかお前から感謝の言葉が聞けるとはな」
 ニヤニヤと笑って顔を覗き込んでくるDIOに、夢主はムッとして学ランの長袖を振り回した。
「うるさいなぁ、もう! 素直に聞けばいいのに!」
 隣の花京院にまで笑われて夢主はそっぽを向く。その鼻先にふわりとスパイシーな香りが届けられた。空条家を囲む長い壁がようやく途絶え、大きな門構えが姿を現す。
「あ、そうだ! 折角だから花京院も食べてみてよ。聖子ママのカレー、すごく美味しいんだよ」
「えっ……いや、しかし……」
 遠慮する花京院の腕を引いて敷地内へ誘い込む。
「いいよね、承太郎? 聖子ママもきっと喜ぶよ!」
 確かに礼はしたいと思っていたが、それがカレーなのはどうだろう。
「やれやれ……」
 数ヶ月前まで敵対していた二人が門をくぐり抜け、数時間前に飛び出した玄関へ再び足を踏み入れた。
 電話を借りて家に連絡をする花京院と、汚れた制服の言い訳をする夢主の下手な嘘、それに腹を空かせたイギーが庭先で吠えている。
 最後にホリィの底抜けに明るい声に出迎えられて、承太郎とDIOはいつもの無愛想な態度で短い返事をするのだった。

 終




- ナノ -