07


 青空の下に広がるテントでは、子供から大人まで多くの人が娯楽を楽しもうと集まっていた。ジャグリングをするピエロ、火を噴きながら綱渡りをする曲芸師、怪しげな物を売りつけようと言葉巧みに話しかけてくる売り子の間を縫って夢主はディオを引っ張りながらあちこちに顔を出した。
「風邪は仮病だったんじゃないのか? 家庭教師の勉強が嫌で嘘を付いたんだろう?」
「何てこと言うの。風邪は本当よ。お医者様までディオは疑うの?」
 頬を膨らませて怒る彼女にディオはぷっと吹き出した。
「あの医者はヤブで有名だからな。金欲しさに診断を間違えたのかもしれないぞ」
「もう、ディオったら……そんな訳ないでしょ」
 などと言い合いながら歩いているとディオの姿を見つけた学友たちがあちこちから声を掛けてくる。
「よぉ、ディオ!」
「ディオも来たのかい?」
「あまり見かけない子を連れてるね。一体どこの誰だい?」
「君たちもサーカスか。こいつの事は別にいいだろ……それよりも向こうで珍しい花火を売ってたぜ。君たちはもう買ったか? まだなら急いだ方がいい。残り少なかったから、もう無いかもしれないがな」
 ディオはテントを指差しつつさっき買い込んだ花火をちらりと見せた。
「わぁ、そいつは凄いな!」
「僕も買ってくる! またな、ディオ!」
「おい、お前だけズルいぞ! 待てよ!」
 慌ただしく去っていく三人組を夢主は戸惑った表情で見送った。身なりは整っていながらどこか粗暴で怖いとすら思った。
「……さっきのがディオの友達?」
「まあな。愉快な奴らだろう?」
 クッと笑ったディオは去っていった友達の方を振り向きもせず夢主に先を促した。
「ほら、さっさと遊べよ。病み上がりのお前を長く連れ回して、また倒れられたら僕がお父さんに怒られるんだからな」
「もう大丈夫なのに……」
 日が暮れるまで遊ぼうと思っていた矢先にそんな釘を刺されて不満げに唇を尖らせる。
「お、射的があるな。景品はどれがいい? 夢主、お前に選ばせてやるよ」
 ディオはコインを一枚支払い、コルクが先端に詰められた短銃を片手に構えた。
「じゃあ、あのクマのぬいぐるみ」
 夢主は右端に置かれた小さなぬいぐるみを指差した。ポンッと軽やかな音がしてクマの額に命中する。五発あった全ての弾が当たっても景品はなかなか取れなかった。
「おい、これイカサマじゃないのか?」
「人聞きの悪いこと言わないでおくれよ、坊ちゃん。残念賞をあげるからね」
 へらへらと笑う老婆はディオに一枚のハンカチを手渡した。とてもコインと釣り合わない景品に彼は眉をしかめてしまう。
「素敵、バラの花が刺繍されてある」
 そのハンカチを受け取った夢主は端に飾られた小さな花の模様を褒めた。呆れた風に肩を竦めるディオを連れて夢主はその後も飲んだり食べたりしながら滅多にない娯楽を楽しんだ。
「ねぇ、ディオ。さっきの事なんだけど……」
 楽しい反面、心のどこかに棘が刺さっている。夢主はその小さな棘を引き抜きたくてディオの顔を覗き込んだ。
「何だ? まだ遊び足りないって言うんじゃないだろうな? 先に言っておくがあの大きな滑り台は駄目だぞ」
「え、駄目なの?」
「お前、病み上がりってこと忘れてるな? それだけお菓子を買ったらもう十分だろう。そろそろ帰るぞ」
 ディオの言葉はもっともだが、夢主はまだ聞きたいことを聞かせてもらっていない。
「さっき、どうして妹だって言わなかったの?」
 思い切ってディオの背中に投げかけた言葉に相手は反応しなかった。ただひたすらに駄目だと言った巨大な滑り台を熱心に眺めている。
「ジョジョ? あれは誰だ?」
 滑車の付いた板で急斜面を滑り降りる二人を見てディオは呟いた。
「え?」
「なぁ、あそこにジョジョと一緒に居る女を知ってるか?」
 指差したそこにはジョナサンと笑いあう同じ年頃の女の子が居た。
「知ってるも何も、私の風邪を診てくれたお医者様の子供よ。彼女、エリナって言うの。お父様が女の子の友達が少ないのは可哀想だからって紹介してくれたわ。今度、一緒に遊ぶ予定だけど……彼女がどうかした?」
 ジョナサンとエリナを冷たい目で見つめるディオの顔を夢主は不思議そうに眺める。
「そうか……、なるほど……」
「ディオ?」
「別に、何でもない」
 さっと夢主の手を掴むや彼は出口に向かって歩き始める。待たせている馬車に乗り込み屋敷へ戻る間、ディオは一言も喋らず、ただひたすら小さくなっていくサーカスのテントを眺めていた。




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