恋とは呼べない何か


*リゾットに手で慰められる話


 その情報が飛び込んできたのは数日前のことだ。
 以来、世間を大いに賑わせている人物が今日も新聞や雑誌、テレビに映り込んでいる。
「あの大物ハリウッド女優に新たな恋人が発覚しましたが、何度見てもステキですね」
「本人からコメントがないのでそうと決まったわけではありません。恋人“疑惑”ですよ。……ま、そうはいってもこの親しげな様子では疑われても当然ですが」
 昼の情報番組でアナウンサーとコメンテーターが熱心に教えてくれるのは、若く美しい女優とそれ以上に見目麗しい男性の姿だ。彼らの仲を示す数枚の写真には、レストランで食事をするものや雰囲気あるバーで静かに酒を酌み交わす様子が隠し撮られている。
「お相手の男性はモデルでしょうか? 素晴らしい体つきですよね」
「色々と調べているところですが、まだ何も分かっていないんですよ。詳しい情報が入り次第、引き続きこちらの番組でお伝えします」
 ニューヨークの夜景を背後に二人で語らう写真から、男性の方にだけ焦点が絞られていく。暗がりでも輝く金色の髪、意志の強そうな眉と目、薄く笑う唇からは妖しい色香が漂って、テレビ越しの視聴者ですら虜にしてしまう強い魅力がある。
 次の瞬間、その顔のど真ん中をギアッチョの拳が貫いた。
「あ゛ー!? テメー何してんだッ! 買い換えたばっかりの新品なんだぞ!?」
 昨日、買いに行かされたイルーゾォが大声で叫ぶ。
「デケー虫がいたらよぉ……殺すしかね〜よなぁ〜?」
 バキバキと音を立ててブチ割れていくテレビ画面にドスのきいたギアッチョの声が重なった。
「あ〜あ、またやりやがった。ど〜すんだよ今日は大事なサッカーの試合があるんだぜ?」
「別に何でもいいけど……それ、壊したヤツが片付けろよ。俺は運ぶのも手伝うのも嫌だからな」
 大きなため息を吐いたのはイルーゾォだけで、同じリビングにいたホルマジオとメローネはしれっとそんなことを言う。
「それより傷の手当ての方が先でしょ」
 ギアッチョのよくある突然の暴挙に驚きから立ち直った夢主がソファーから立ち上がる。手当は不要だと言う彼を問答無用で治してから笑いかけた。
「大丈夫、気にしてないから」
「……」
 ギアッチョの沈黙はそれが嘘だと分かっているからだ。
 寝不足で重たそうな眼、食欲低下からくる不調、今だって出現させた夢主のスタンドにはいつもの輝きとパワーがない。ふらふらとした足取りで元の場所に戻る姿には痛々しさすら感じ取れる。
 原因はただ一つ、先ほどテレビで流れた熱愛報道が全ての発端だ。数日前、友人を訪ねてアメリカに向かったDIOは未だイタリアには帰らず、こうしたニュースだけが面白おかしく取り上げ続けられている。
「テレビが無いと静かだね」
 夢主は気遣わしい周囲の目から逃げるように視線を彷徨わせた。その先にあったのは一人用のソファーからこちらをジッと見つめてくるリゾットの姿だ。彼は組んだ足の上にノートパソコンを置いて、ギアッチョがテレビを壊す前から夢主の様子を窺っていたらしい。
「えっと……トランプで遊ぶ?」
 苦し紛れにそんな事を言う彼女の耳に、メッセージの受信を知らせる電子音が部屋に小さく鳴り響いた。



『うるさい羽虫が周囲を嗅ぎ回っている。静かになるまで身を隠せ』
 悪事にまみれたギャングの世界では実にありふれた文面だ。イタリアを仕切るパッショーネの後見人……というだけでなく、世界の至る所に信者という名の部下を従えるDIOにとって表の世界で顔が知られ過ぎるのは喜ばしくないのだろう。
 不機嫌な主とそれに付き合わされる執事の辟易した顔を思い描きながら、リゾットはそれを機密処理に従って削除した。そのすぐ後に近くのダイニングドアが開いて、可愛らしいルームウェアに着替えた夢主が姿を見せる。
「リゾット……今までここに居たの? とりあえずビールで構わない?」
「探していたのか? 悪いな」
 よく冷えた缶ビールを受け取って喉を潤す。大きな窓の向こうに見えるのはどこまでも広がる星空と暗い海の景色だ。
 命令を受けてからすぐにナポリからシチリアへ飛び、前に一度来たことがある別荘に身を隠すまで約4時間。その内の2時間はシチリアのレストランで夕食を取ることに費やされ、思った以上に時間が掛かってしまった。
「夜でもここは綺麗で静かだね」
 到着してまたすぐにギアッチョがテレビを壊したので、この場には自然が作り出す音しか聞こえてこない。のんびりとした彼女の声を聞くのも久しぶりのような気がして、リゾットはビールを飲む手を止めた。
「海しかないからな。……明日は泳ぐか?」
「うーん、それもいいなぁ」
 夢主は果実酒が入ったボトルを飲みながら窓の外を眺める。
「メローネはバーベキュー、プロシュートは街でお買い物、ホルマジオはビーチバレーするって張り切ってるよ。バカンスじゃないのに……いいのかな?」
「いつもなら浮かれるな、と釘を刺すところだが……今回は構わない。好きにさせよう」
 その曇りきった顔が晴れるなら誰だってそうするだろう。気落ちする彼女の姿は見るに忍びなく、目を離した瞬間に自刃するのではないかと気が気でなかった事を思い返す。体調不良で足下がふらつく彼女を見る度に、リゾットの心にも影が差し込んでくるようだった。
「お〜い、リーダー」
 ダイニングで海を眺めながら酒を飲む二人の背に、ホルマジオが声を掛けてきた。
「メローネのヤツが明日はいい肉を食いてぇ〜って喚くからよぉ、ちょっと外に出てくるぜ。必要な物があればついでに買ってくるがどーする?」
「そうだな……十人分の食料と酒、あとは好きに買ってこい」
 チームで使うカードを無造作に手渡すと、ホルマジオはニッと笑ってリビングに戻っていった。
「使いすぎるなよ」
 というリゾットの声は聞き流されてしまったようだ。
「誰が運転する? 街までの道、分かるヤツいるか〜?」
「テメーだけに使わせね−! お前は無計画すぎんだよ」
「前にギアッチョが運転してきただろ。ヤツなら分かるんじゃあねぇか」
「あ、俺も分かるぜ。地図見ながらバイクでここまで来たからな」
 ホルマジオが掲げたカードにソルベがすぐさま反応し、イルーゾォの指摘にメローネが加わる。
「決まったか? ならさっさと行け。日付が変わる前に帰ってこねーとお前ら野宿だぞ」
「ハァ? 何でだよ」
 プロシュートの言葉にホルマジオたちは眉を寄せた。
「勝手に扉が閉まるようになってんだよ。侵入者対策もされてるからな。通報されねぇようにしろよ」
「ギャングの俺らが不法侵入で捕まったら、一生笑いものにされるぜ」
 ワインを掲げて笑うプロシュートと、車の鍵を放り投げてくるイルーゾォに買い出し組から文句が上がる。それでも渋々と出かけていく彼らをリゾットが見送っていると、隣から小さな笑い声が漏れ聞こえた。
「メローネたちのあの顔……ふふっ、」
 ようやく笑えるほどの余裕が戻ってきたようだ。リゾットがホッとしたのもつかの間、彼女は糸が切れた人形のようにくたくたっとその場に座り込んでしまった。
「!」
 突然のことに驚きつつも、すぐにリゾットが体を支えたので怪我はない。ただ持っていたビールとボトルが床に転がって少し派手な音を響かせてしまった。
「オイ! どうした!」
 すぐさま駆けつけてきたプロシュートとイルーゾォに向けて、リゾットは人差し指で自身の唇を押さえる。
「気が抜けたようだ。眠りを邪魔したくない」
 低く抑えた小声で話すと二人も意を汲んでくれたようだ。
「ったく……そんなに飲めもしねぇのに無理しやがって」
 プロシュートは床に転がったボトル瓶を拾い上げ、度数の高いそれに呑まれてしまった夢主に小さなため息を投げかけた。
「酒の力でも借りねぇとやり切れないんだろ。可哀想になぁ」
 イルーゾォも小声で話しながら憔悴しきった夢主の前髪を撫で上げた。
「部屋で寝かせてやろう。誰でもいい、水を持ってきてくれ」
 リゾットは腕の中にいる夢主を横抱きにして難なく持ち上げると、二人にそう言って部屋を後にする。
「どうしやした? プロシュート兄貴」
「何だ? 大丈夫なのか?」
 階段のあるホールに向かった先で、居残り組のペッシとジェラートが心配そうにこちらを見つめてくる。
「ペッシ、先に行って夢主の部屋の鍵を開けておけ」
 プロシュートの言葉にペッシはすぐに階段を駆け上がった。
「酔い潰れたのか? 結構なペースで飲んでたもんな」
「ジェラート……分かっていたなら止めてやれ」
「飲みたい夜もあると思ってさ」
 肩を竦める彼の横を通り過ぎてリゾットは二階を目指す。夢主の部屋は一番奥、その他の者は適当に決めて寝ることになっている。先に向かったペッシが廊下の明かりを点け、鍵を開けた室内を確認してからリゾットたちを通した。
「そっと下ろせよ」
 後ろを付いてきたプロシュートに言われるまでもない。リゾットは相手を起こさないよう優しい手つきで寝具の上へ夢主の体を横たえた。枕の上に乱れ散る髪を整えてやりながら、眠る彼女の頬を指先でいたわるように撫でる。
「……この調子じゃあマンモーナ卒業はまだ遠いみてぇだな」
 プロシュートは小さく笑って、キッチンから持ってきたペットボトル入りの水をリゾットに手渡した。
「後は任せていいんだろ?」
「ここでしばらく様子を見る……寝ている間に吐き戻したら大変だ」
 彼は明かりを落とした部屋の中で夢主を見つめながら頷いた。
「そう言うと思ったぜ。今のこいつを一人にさせるのは色々と危ねーからな……。何かあれば言ってくれ。帰ってくるあいつらの世話は任せろ」
 プロシュートは心配そうに部屋を覗き込むペッシやイルーゾォ、ジェラートたちを外に押し戻してドアを閉める。一階で再び飲み直そうとする彼らの声や足音が遠のくと、部屋に満ちるのはかすかな波の音と寝苦しそうな呼吸音だけだ。
「また悪夢を見ているのか」
 ようやく眠りに落ちたと思えばすぐに飛び起きる。そんな生活を送っていれば酒の力に頼りたくなるのも当然だ。相手の青白い顔にリゾットが触れるより先に、夢主はビクッと身を揺らして短い眠りから目覚めてしまった。
「……! ……っ!」
 胸元を押さえて呼吸を整える様は痛ましく、リゾットは静かにベッドへ近づくと震えるその肩を撫でてやった。
「ぅ……? あ、リゾット……?」
「落ち着け……眠れないのは過敏になっているからだ」
 心に渦巻く不安の種が日に日に大きく育っているのだろう。例えば、初めてスタンドを使って人を殺した時のように、何てことはないと思いながらも初めての殺しは良く悪くも記憶に残りやすい。
「やけ酒で眠ろうなど、逆効果だぞ」
「ごめんなさい……」
 今にも泣いてしまいそうな弱々しい声を聞いて、リゾットは夢主の頬を両手で包み込んでやった。
「泣くな。これ以上、体力を消耗させるんじゃあない」
 少しずつ滲んでくる目尻を親指で押さえてみるが、リゾットの大きな手でもってしても彼女の涙を止めることは出来なかったようだ。とうとう溢れて流れ落ちていく滴にリゾットは困ったように眉を寄せる。
「怖い夢を見るの……何度も……」
 それがどのような内容かは聞くまでもないだろう。ただ、ここには居ない誰かを想って流される涙を見るのはもう充分だ。
「お前に泣かれると俺まで悲しくなる」
 リゾットは低く優しい声を掛けながら苦笑を刻んだ顔を近づける。部下と呼ぶには色々と知りすぎた仲で、恋を示すのも憚られる関係だ。ただそれでも、幼い子供を守るような愛だけは許されるだろう。
「俺が悪夢を振り払ってやろう……簡単なことだ」
 哀れみと愛しさを乗せた唇をリゾットは額にそっと押しつける。囁きかけた声に夢主がぴくりと反応するのを感じながら、頬を包む両手を耳の方へと動かした。柔らかな耳たぶを指先で挟んでくにくにと揉みつつ、リゾットは額にいくつものキスを落としながら相手の顔を覗き込む。
「しばらく身を任せてくれるか?」
 すぐには意味が分からなかったのか不思議そうに見つめ返されてしまった。決して悪いようにはしないと、リゾットは薄く笑って彼女の服に手を掛けた。



 服の隙間から忍び込んできた男の手は、遠慮がちに夢主の肌の上を滑っていく。
 背筋をなぞった大きな手が強張る肩を押し、その風貌からは想像できないほど優しく揉みほぐした。心地よい刺激と程よいぬくもりに夢主が息を吐けば、それを嬉しそうな表情でリゾットが見つめ返してくる。
「風呂に入ったのはいつだ? 体が冷え切っている」
 そう言って同じベッドの中に入ってきたリゾットが強く身を寄せてくる。
「体温を分けてやろう」
 包み込むように抱きしめられて、夢主の顔にリゾットの厚い胸板が触れた。強い心臓の鼓動と彼の香りがふわっと押し寄せてきて、頬を染めずにはいられなくなる。
「あ……の、リゾット……」
 暗い部屋で男女がベッドの中……これはどう考えてもいけないことをしているのではないか。酒の酔いなど吹っ飛んでしまった夢主が相手を振り仰げば、慈愛に満ちたリゾットの笑みが待ち構えていた。
「どうした? 寝れそうか?」
「……っ」
 無理だと叫びたい声を飲み込んで目をぎゅっと閉じる。今までリゾットを信頼できる人として慕ってきた。それはこれからも変わらないだろうし、こんな状況でも揺るぎはしない。ただ彼なりに労ってくれているのだ……夢主は自身にそう思い聞かせながら眠りが訪れるのを待った。
「少し、乱れてしまったな」
 腕枕をした方の手で髪を撫でていると、ピクリとも動かず石のように固まってしまった相手にリゾットは気付いた。体も心もまだまだ緊張していて、これでは寝るどころではないだろう。
「夢主、力を抜け」
「は、はひぃ……」
 不意に押しつけられた唇に動揺して返事が裏返ってしまった。額からこめかみ、まぶたの上と頬を通って耳へと押しつけられる。
「安心しろ。お前の唇を奪いはしない」
 甘く低い声が夢主の鼓膜を震わせて、頭の中に強い刺激を生み出した。それにくらくらと目を回していると、リゾットの高い鼻先が奪わないと言ったところに触れ合わせてくる。
「それはあの方のものだ」
 息を止める夢主に微笑みかけて、リゾットは黒目に彼女の顔を映す。どうしていいか分からず困惑する表情に羞恥が混ざって、普段では見られない女の色香が立ち上っている。風呂上がりのいい匂いがする首元に鼻を寄せて深く吸えば、夢主の腰がびくびくと震えるのを感じ取った。
「ここに痕を残したがるのもあの方らしい」
 血を吸った際に残したものだろうか、細い首筋には薄く色褪せた口付けが点々と散りばめられている。髪に隠れたその一つ一つにリゾットは唇を押しつけていった。
「……あっ、ん……っ」
 敏感なところを探られて、夢主は思わず声を上げてしまった。恥ずかしさに熱くなる顔をリゾットの胸板に隠すと、DIOと同じ筋肉質な肌に迎え入れられる。
「首筋に5カ所、胸元は……噛み痕も入れて6カ所……愛されているな」
 背中を撫でていた手がいつしか前に戻って夢主の胸を撫でさする。執拗に口付けられた柔らかなところをリゾットが指で押して確認すると、再び鼻から抜ける甘い声が上がった。
「あ……はぁ……」
「誰の目から見てもお前は愛されている」
 諭すように、言い聞かせるように耳元で囁いて、涙の跡が残る目尻にリゾットはキスを落とした。
「ふぁ……、……んっ」
 温かな手と低く静かな声に心が溶かされていくようだ。リゾットの大きな体に包み込まれ、その中で感じる人肌の心地よさは、寝不足で不調の夢主には堪らないものだった。
(あ……今なら寝れそう……)
 とろりとした眠気に襲われて、もうこのままでいいやと投げやりになる夢主の耳にリゾットの優しい声が響いた。
「力を抜いてあの方だけを想え」
 胸元から腹へ、リゾットはそのままするりと下腹部へ指を潜り込ませる。薄いショーツの上に這わせると、眠そうにしていた夢主の目が大きく見開くのを間近に見た。
「リ……リ、リゾット?!」
 裏返る声に笑いを返しながら、名を呼ばれた彼はそのまま長い指を押しつける。柔らかなくぼみに沿って押し曲げると、湿り気を帯びた熱い体液がこぼれるのを布越しに感じ取った。
「だめっ……! やだぁ……」
「分かっている。抱くつもりはない」
 離れようとする夢主を強く引き寄せて、再び胸の中へ閉じ込める。指先に感じるぬめりを小さな突起へと広げながらリゾットはまた言い聞かせるように囁いた。
「キスも挿入もしない。これから俺がするのは自慰を手伝うことだけだ」
「ぇ……? じ、い?」
「……したこともないのか?」
 それなら説明するより行動で示した方が早いとばかりに動き出す指先を、夢主はどうにかして押し止めようとする。
 しかし、凄腕の暗殺者相手に素人が敵うはずもなく、力の差は歴然で何の意味もなさない。
「まって、待って……っ、分かんないよぉ」
 ぐりぐりと押し潰される花芯に強い官能が灯り始めて夢主はとうとう泣き言を上げた。リゾットは優しい、けれど急にこんなことをする人ではないはずだ。
「緊張と緩和を繰り返して体をほぐす。それにはこれが一番だ」
「そ、そんな……無理ぃ……」
「こうでもしないと寝ないだろう」
「んん……っ、寝る……寝るからぁあっ……」
 太ももでしっかりと挟んだはずのリゾットの手が夢主の抵抗を易々とくぐり抜けていく。固くなりつつある花芯を摘ままれて、堪らず情けない声を漏らしてしまうことになった。
「あ、あっ……やぁ……恥ずかしい……」
「恥ずかしがることはない。可愛い声だ」
 そう言われれば言われるほど夢主の体は羞恥に悶える。これ以上、淫らな声を聞かれたくなくてリゾットの胸に強く押しつけると、その頭を空いていた方の手で優しく撫でられてしまった。
「力を抜いて、快感だけを追え」
 もう隠しようもないほどぬるぬるになった大事なところをリゾットは強く押し撫でる。指先で弾いては引っ掻くように弄ぶと、リゾットの服を強く握りしめた夢主が彼の胸元からくぐもった声をこぼした。
「う……ぁ、あ、……んっ、んっ……」
「こちらの方がいいか?」
 そう言って下着の隙間から長く骨太い指が内側へ入ってくる。布越しではない確かな人肌の感触に夢主の背がぞくぞくと波打った。
「ひ、ぁ……っ、だ、だめ……っ」
 リゾットはお構いなしに奥から溢れ出てくる愛液をかき混ぜ、指先に感じるぷくっとした突起を摘まみ上げる。彼女の目尻に浮かぶ涙を舐めながら優しくしごいてやるとリゾットの胸の中に甘い声が響いた。
「んぁあっ、や……ああ、ぁ……リゾット……」
「違うだろう? お前が呼んでいいのは俺ではなく、あの方だけだ」
 リゾットの腕の中で淫らなことをされながら、それでも求める相手は別である事を分からせてやる。
「いつもするように呼べばいい」
 躊躇う夢主の理性を奪うためにリゾットは花芯を親指で撫で回しつつ、とろとろの蜜にまみれた中指を女唇へと押し当てた。何をされるか分かってしまった夢主が身を捩るより先に、あたたかな肉襞が待つ内側へ突き挿れてくる。
「あっ、ぁああっ……!」
 悩ましい表情を浮かべて夢主は全身に走り抜けた快感に身を揺らす。リゾットの長い指をきゅうっと締め付けながら、逃れられない気持ちよさに喘いだ。
「ゃ、あっ、あっ……ん、んっ……りぞ……」
 堪らず名を呼ぼうとすれば、花芯に添えられた親指で強く弾かれてしまう。
「間違えるな」
 訂正を求める声が夢主の耳に吹き込まれる。そのまま優しく耳の外を噛んでくるリゾットに夢主は小さく何度も首を縦に振った。
「DIOっ……、DIO……」
「そうだ。よく出来たな」
 小さい子を褒めるような声色が夢主の腰を刺激する。埋め込まれたままの指が撫でるのは頭ではなく狭い蜜路だ。柔らかな肉襞に囲まれた中で、探るようにしながら感じるところを見つけ出そうとしていた。
「ふ……ぁ、あ、っ……そこ、だめぇっ」
 体の奥に触れるのは初めてなはずなのに、リゾットの指は恐ろしいほど的確に快楽を生み出す場所を刺激する。包皮を剥かれた突起をこすられ、こぼれる愛液でぐちゃぐちゃな淫襞を押し撫でられて、否応なく高まる悦楽に夢主は少しずつ押し流されていった。
「あ、あっ、やぁ……い、いっちゃう……」
 DIOではないリゾットの指で絶頂に達してしまう背徳感にがくがくと腰を揺らした。いつもなら愉悦ににやつくDIOに縋り付き、深いキスをされながら果てるのに、今それがないことを切なく思う。
「ぁ、あ、DIO……っ、DIO……ああっ」
 熱い吐息をリゾットの胸に投げかけながら喘ぐと、余裕が無くなってきたことを悟ったリゾットが遠慮なく手を動かし始めた。
 入り口の浅いところから指が届く奥まで、執拗に何度も擦り上げては蜜を掻き出そうとする。強すぎる刺激で膨らんだ花芯と、内側のざらついた部分をくすぐるように撫でられてしまうと、もうどうにもならなかった。
「ん、ん……っ!」
 じんわりとした快感が腰から全身へと広がって、リゾットの太い指を強く締め付ける。奥へ誘い込もうとする肉襞の動きをお互いに感じながら熱い息を吐いた。
「……上手にイけたな」
 達したばかりで半ば呆けた夢主の姿をリゾットは黒目に映して笑みを浮かべた。濡れ汚れた下着の奥からどろどろになっている自身の指をゆっくりと引き抜けば、ふやけきった指先から手首まで愛液にまみれている。
「寝れそうか? まだならもう一度するが……」
 すぐさま首を横に振る夢主を見ながら、リゾットは指から流れ落ちる女の滴に舌を這わせた。淫らで甘い香りにしばらくうっとりと浸っていると、先に羞恥と限界を迎えた夢主が枕に顔を隠してしまった。
「……残念だ。綺麗にするからそのまま待っていろ」
 ベッドから身を起こし、バスルームから暖めたタオルを用意して再び寝室に戻る。涙で濡れた目尻、未だ愛液でとろとろな下腹部を綺麗に拭い去って、汚れた下着を新しい物に交換した。
「……夢主?」
 もはや抵抗もなく、されるがままになった相手の顔を覗き込めば、いつの間にかまぶたを閉じてしまったようだ。
 明日、冷静になってから何と言われるだろうか……不安はあるが、今だけは何もかも忘れて夢も見ない深い眠りについて欲しい。
「おやすみ」
 乱れた髪を整えつつ優しく撫でて、額に触れるか触れない程度の軽いキスを送る。
 今度こそ穏やかに満ちた寝息が聞こえてきて、リゾットは心から安堵した。



 ピロンと軽やかな電子音で目が覚めた。
 悪夢で飛び起きる事もなく、酷い寝汗と疲労感に苛まれることのない深い眠りから浮上した夢主は、久々に感じる爽やかな朝の到来に信じられないような顔をした。
「起きたか?」
 ベッド横に寄せられた椅子からリゾットが心配そうにこちらを覗き込んでくる。
「おはよう……もしかして、あれからずっと?」
 シチリアの隠れ家にやってきて、簡単な掃除と荷物の整理を終えた後、ホルマジオが近所で買ってきたビールやワインで一息入れたことを思い出す。あれこれ考えてしまう自分が嫌になり、ソルベたちに勧められるまま飲みに飲んで……そこから先の記憶が曖昧だ。
「気にするな。だが、もう飲み過ぎるなよ」
 リゾットの大きな手が伸びてきて夢主の頬から頭を軽く撫で上げる。その瞬間、ぶわっと顔が熱くなって夢主は大いに動揺した。
「……?! ……??」
 とても大事なことを忘れているような……思い出すのも恐ろしいような……、困惑する夢主の目の前にズイッとノートパソコンが差し出される。
「起きてすぐで悪いが、ジョルノ様から伝言が届いている。お前宛の私信だ」
「ジョルノから?」
 気になってすぐに開封すれば、
『情報は買収済み。あちらの一族にも気付かれていません』
 と書かれてあった。それを見た瞬間、夢主の中にあった様々な感情が一斉に溢れ出てくる。
「あ、……」
 涙と安堵のため息を同時に見せながらノートパソコンを抱きしめる相手に、リゾットは思い違いをしていたことに気付く。彼女の不安は最初からその一点だけだったのだろう。浮気や別の女との恋仲など、DIOの存在を宿敵に聞知される問題に比べたら些末に過ぎないのだ。
「良かったな」
 リゾットの言葉に何度も頷く夢主の頭を優しく撫でてやる。この様子なら無くしていた食欲もそのうち戻ってくるはずだ。買い出しに行かせたのは正解だったし、食材も無駄にはならない。
「……あ、あのね、リゾット……」
 涙を拭い、抱いていたノートパソコンを返しながら夢主は躊躇いがちに口を開いた。
 酔って見た夢にしてはあまりにリアルで、実際に起こったことだと認めるにはかなりの勇気が必要だ。それでもリゾットに見つめられ、触れられるだけで無性に恥ずかしくなる理由が知りたい……。
 勇気を出して聞こうとした夢主の決心は、勢いよく開け放たれたドアによってかき消されてしまった。
「おい! リゾット!」
 そう言って両手いっぱいにバラの花束を抱え込んだギアッチョが部屋に飛び込んでくる。
「下が大変なことになってるっつーのに……のんきなもんだぜ」
 花束をベッドの上に乱暴に落とし、苛立った顔で怒鳴りつけてきた。
「テメーも! 起きたなら起きたって言え!」
「今、目が覚めたところだ。静かにしてやれ」
「ごめん、ギアッチョ!」
 たしなめるリゾットに素直に謝る夢主、そこへ今度は重ねた大きな箱をメローネとホルマジオが運び込んでくる。
「他に置き場所ないから持ってきたよ。下はもうスゲー事になってるから」
「配達員がサイン求めてるぜ。あんたからの一筆じゃあねぇと送り主から怒られるってよ」
 束になった伝票を見れば依頼主の名はすべてテレンス・T・ダービーとなっている。身動きの取れない主に代わって執事が用意したものらしい。
「どーすんだよ。肉も野菜も冷蔵庫からはみ出しちまったぜ。酒はもう売るほどあるし、さすがの俺らもあんなに飲みきれねーぞ」
 最後に服や貴金属の入った紙袋をいくつも抱えたプロシュートが疲れたような顔を見せた。
「兄貴〜! また来やしたぜ−!」
 荷物を置くと同時に悲鳴のようなペッシの声が聞こえて、彼は仕方なさそうに一階へ戻っていく。その背をぽかんと眺める夢主にホルマジオが一枚の便せんを手渡してきた。
「少しはマシなツラに戻ったじゃあねーか。ホレ、これでも読んで元気出せ」
「それが一番最初の届け物だよ。他のを運んでるうちに遅れちゃって悪いね」
 ニヤニヤするメローネの前でDの文字が押された封蝋を切り、夢主は中から一枚のカードを取り出した。そこに綴られた短い言葉を見ただけでパッと表情が明るくなる。最近見た中でも最高の笑顔を浮かべる彼女に、いつもならからかいたくなる声を誰もが飲み込んでくれたようだ。
「海辺でパーッと飲み食いするかぁ〜」
「酒も肉も山ほどあるしな」
 楽しそうに今日の予定を話す彼らに混じって、リゾットがフッと笑いながら手を伸ばしてくる。また頭を撫でられるのかと思いきや、夢主の目尻に残る涙を拭ってそのまま頬を優しく包み込んできた。
「良かった」
 二度目のその言葉は甘く柔らかで、じんわりと夢主の耳の中で溶けていく。
 多大な心配を掛けさせて申し訳ないという思いと、体の奥底が火照るような熱を灯されて息を飲み込んだ。
「……昨夜のアレは夢だよね?」
 なんて聞けるはずもなく、夢主はただ必死に平常心を保つことに集中するのだった。

 終




- ナノ -