裏 | ナノ







これの承太郎視点です。



苗字名前に会ったのは偶然だった。テストを一通り終え最後に残ったレポートを仕上げるため図書館へ向かおうとしていた時に声をかけられた。これもまた偶然同じ科目のレポートを書くと言うので、連れだって図書館に向かい小声で意見を交わし合いながら文献を読み交わす。考察の段になれば俺が思いもしなかった視点を持っていて中々興味深い会話が出来た。

「良ければこの後飲み行かない?」

苗字の誘いに一瞬考える。女と飲むのはあまり好きではない。人のプライベートな部分まで踏み込もうとするし喧しい。しかし苗字とは同じゼミの誼もあり数人で飲みに行ったこともあるがそう言った面を持ち合わせてはいなかった。

「…そうだな、時間もあるしいいぜ」

テスト明けの解放感もあり苗字の誘いを受けることにする。どこか行きたい店でもあるのかと思ったが特に希望は無い様なので俺の行きつけの店に行くことにした。他人にそう言った店に連れて行くのは少し抵抗があるが苗字なら大丈夫だろうと根拠もなしにそう思った。


「空条君ってこの辺りに住んでるんだよね」

程よく空腹も満たされ、酒が進んできた時苗字がそんなことを聞いてくる。まさか家に行こうなんて言い出すんじゃないだろうか。そう思いつつも誤魔化すのもなんなので頷く。

「ああ」
「じゃあ24時間空いてるファミレスとかカラオケとか知らない?もしくはビジホとか」
「終電まではまだ時間があるが」
「あー、いや。今家帰れないんだわ」

想定とは真逆の言葉に面倒くさいことにはならなそうだと思う反面、聞き捨てならない言葉が聞こえて眉を顰める。そんな俺に苗字は一度吹き出してから帰れない理由を話し始めた。

「と、言うわけで帰りたくないんだよねー」

聞いてる方が頭を抱えたくなるような話を苗字は内容とは裏腹な軽い口調で締めくくる。色々と思うところはあったが、とりあえず疑問に思ったことを聞いてみる。

「今まではどうしてたんだ?」
「んー?友達の家に泊めて貰ってたんだけど、彼氏来るって言うからさーお邪魔しちゃいけないでしょー」
「そうか…とはいえ女が一人でそんな所に泊まるのは危険だろう」

季節柄馬鹿な奴らもうろついている。この辺りにはビジネスホテルは無いしファミレスやカラオケでは危険が生じる可能性もあった。普段なら適当に付き合っても良かったが、今日は流石に疲れもある。…少し考えて小さくため息を吐いた。

「仕方ねえな、家泊まるか」

苗字は初めは遠慮したが女一人置いていくのは気が引ける。どうしても無理なら一晩何処かで夜を明かすのに付き合おうかとも思ったが、結局苗字はぺこりと頭を一つ下げた。
…自分から言っておいてなんだが苗字は危機感と言うものが薄いのではないだろうか。彼女の言うとおり襲うつもりなんて更々ないがそうと言っても同年代の男の家に泊まるのにそれでいいのだろうか。信頼されていると言えば聞こえはいいが。


店を出る頃には千鳥足になった苗字に自然とため息が零れた。今にも転びそうな体を支えながらマンションへと歩を進める。部屋に入ると少しでも酔いを醒まさせるために水を汲んで持って行った。

「空条君彼女はー?やだよ私間男ならぬ間女になるのー。あの子と同類じゃーん」

下らない問いをかけてくる苗字を一蹴して水を手渡す。そんな俺に馬鹿なことを言う苗字は分かってはいたが本格的に酔っぱらっているようだ。
今まで飲んできた中では苗字はいつも酔うほどは飲まずどちらかと言えば介抱する側に回っていることが多かった。酔うと絡みやすくなるらしい。今後飲みに行く機会があれば飲みすぎないよう注意してやったほうがいいかもしれない。

「あー、空条君の部屋でも男の子の匂いってするんだねー」
「なんだそりゃ」

唐突な発言に驚いている内に苗字の声が掠れていく。酔いで赤くなった目元にジワリと涙が滲んでいた。そしてそれはあっという間に滴となって苗字の頬を濡らしていく。
ポツリポツリと零していく言葉に頷けば、苗字はヒートアップしてきたのか回り切らない舌で泣き言を漏らしていく。普段ならば知るかと一刀両断も出来た。しかし相手は酔っ払いの上にボロボロと泣いている。その上泣き言の内容があまりにも悲惨で放置するのも罪悪感に駆られた。
店で話していた時の苗字の顔が過る。なんということはないとばかりにへらへらと笑ってるくせに、時たま酷く辛そうな顔をしていた。それは彼女の身に起きたことを鑑みれば当然の反応だ。むしろああして笑っていたこと自体かなり無理をしていたのだろう。
とは言っても気の利いた慰めも浮かばず俯いた頭を乱暴に撫でてやる。一瞬口を閉じた苗字がガバッと顔を上げた。

「あー、私って可愛くないのか。可愛くないのか、なあ空条!」
「落ち着け」
「落ち着くとかそうじゃなくて聞いてるんだよー。私って可愛くないかなー」

手の下でぐらぐらと揺れる頭を掴んで止める。半分呆れながらそうは思わないと告げれば苗字は疑心暗鬼になっているのか頻りに嘘だと口を尖らせる。どうすりゃ気が済むのだと聞けば苗字は一度瞬きをして泣きそうになりながら笑った。

「…じゃあさあ、空条君は私抱ける?」

思いもしない発言に虚を突かれていると苗字の手が伸びて勢いよく引っ張られる。まだ残っていた酔いと驚きで踏ん張りが利かず近づいてきた苗字とガチりと歯と歯が触れた。思わず少し開いた隙間に苗字は遠慮もなしに舌を突っ込んでくる。
鼻先を擽る酒と苗字の甘い香り、口内をなぞる感触に舌を絡めそうになって我に返った。

「っおい!やめろ!」

強引に引きはがさすと苗字と俺の間にツっと一瞬唾液の糸が引いて切れた。機嫌を伺うような、媚びるような上目づかいをしながら苗字は自嘲するかのような笑みを浮かべる。

「やっぱこんな女じゃ抱けない?」
「んなこた言って」
「言ってないなら抱いてよ。頼むよ空条君」

言葉にかぶせるように懇願する苗字は肩を掴む俺の手を取って、指先に掌に舌を這わせ、手首に軽く歯を立てて軽く吸う。
背筋を擽られるようなぞくりとした感覚に僅かに興奮が煽られる。しかしそれ以上に俺の胸を焦がすのは怒りだった。くだらない男の為にここまで傷ついて、こんな惨めな姿を晒す苗字にちりちりと脳髄を焼くような苛立ちを感じる。

「お願い、空条…」
「…後悔しても、しらねえからな」

俺の言葉に薄く笑った苗字をソファーに押し倒す。

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