2013バレンタイン | ナノ
さて、どうするべきなんだろうか。始まりはうっとおしい女たちが名前にチョコやら何やらを託したことだった。量を鑑みるに中々の重労働だったのだろう。帰ってきた名前は疲れ切って苛立たしげだった。
初めその顔を見たときは正直少しばかり驚いた。この出来た妹は普段いつもにこにこと人当たりのいい笑顔を浮かべていたし、基本的には懐が広いというか怒るということはなかった。そんな名前がこうも不機嫌さを全面に押し出すというのは真新しいものがあった。しかし、そんな呑気な感情も日頃より数段低いトーンの口調にかき消された。


そして、機嫌を伺いながら過ごすこと数時間。先ほどよりはマシになったが未だに素っ気ない態度に焦りが募る。
夕飯も食べ終わり、おふくろがなにかいそいそと持ってきた。


「今年も沢山貰ってきたみたいだけど私からもあげるわね!」

綺麗にラッピングされたそれに頬が引き攣る。何でこんな状況になったのか知らないとはいえタイミングが悪すぎる。ちらりと名前を見ればこちらに視線を向けることもなくテレビに向かっていた。
とりあえず小さく礼を告げて受け取っておく。名前はまだこちらを向かない。例年ならばおふくろに続いて渡してくるのだが。用意をしていないのか、それともただ渡す気がなくなったのか。前者ならばまあいい。学校もあるし仕方ないだろう。しかし、後者となれば如何ともしがたい。
というか、作っているのを目撃していたのである。正直菓子に関してはおふくろの作るものより名前の作ったものの方が好みに合った。それになんだかんだ可愛がっている妹から貰えないというのは悲しいものがある。

しかし、元をただせば自分が避けたせいで被害が名前に行ってしまったのだ。機嫌を直せというのはあまりに傲岸不遜だろう。思わず額を抑えてしまう。


「…コーラ飲みたい」


ポツリと名前が呟く。それに顔を向ければテレビではコーラのCMが流れていた。…買ってきてやれば機嫌も少しは良くなるだろうか。側に放っておいた財布を手に立ち上がると、やっと名前がこちらを向いた。


「どっか行くの?」

「…ちょっと買い物にな」

「私も行く」


それだけ言うとさっさとコートを持ってくると行ってしまった。それを見送ってから自分も出かける支度を整えるのだった。



「…ほらよ」


家を出て少し歩いたところにあった自販機で所望していたコーラを買って渡してやる。名前はきょとんとした顔をしていた。何故渡されたか分からないんだろう。


「悪かったな」


そう言えばやっと意味が分かったのか、名前はへらりと笑った。朝ぶりにみるその笑顔にいつの間にか籠っていた肩の力が抜ける。


「…えっと、私こそごめんね」

「お前が謝ることはねえだろ」

「いや、あの…」


口籠る名前に首を捻ればおずおずと口を開いた。怒ってなんかなかった、と。


「…どういうことだ」

「…いや、しおらしい承太郎が物珍しくて、つい怒ったふりを。でも中々やめるタイミング見つからなくってさー」


ごめんね、と乾いた笑い声をあげた名前の顔が固まる。その眼には少々怯えが見えた。


「お、怒ってる?」

「当たり前だろうが」


素っ気なく言い放った言葉に今度は名前が狼狽えはじめた。さて、どうしてやろうか。…まあ、とりあえずは。


「チョコ、よこせ」


そう言えば名前は目を丸くして。ポケットから可愛らしい箱を取り出す。それを開けて一つ口に放り込んだ。そして、こちらをそっと窺う名前の頭をぐしゃぐしゃと撫でてやる。口を開けて呆気にとられたような名前の手を引いて足早に家へと戻るのだった。



溶けかけのチョコレート
しっかりと自分好みの味に仕立て上げられたそれに思わず口元が緩んだ
(…くそう、あの笑顔は反則だろ!)