粗方片付けが終わって最後のごみを持ってキッチンを出た。ごみ置き場に向かう道すがら今日の献立を考える。
デザートは名前が館にいる人間用にとチョコタルトやらクッキーやら色々と作っていたようだから問題はあるまい。むしろそれらが食べられるように軽めのものがいいだろうか。となると買い出しに行かなくては。
今ある材料と新たに買い足すものを考慮しながらキッチンに近づくと、先ほどまで薄れていたチョコの香りが蘇っていた。不思議に思いながら中に入れば名前が何か鍋に向かっている。
「何か作り忘れですか?」
「いえ、そういうわけでもないんですけどねー」
小さく鼻歌を奏でながらくるくると何度かかき混ぜる名前の姿を椅子に座ってぼんやりと眺める。だがそれもつかの間の事だった。
「すいません、マグカップ取ってもらえますか」
「はい。幾つですか」
「一つで大丈夫です」
言われた通り取り出したマグカップを差し出す。名前はそれを受け取ると鍋の中身を丁寧にマグカップへと移した。
「…チョコラテ、ですか?」
「ええ」
もこもこと泡の立ったそれは中々上手にできていた。相変わらず器用なことだと思う。名前はカップの縁まで泡のたったそれを零さないように、ゆっくりとした足取りで進み、コトリと机に置いた。それは、先ほどまで私が座っていた席である。
そのことに少しばかり違和感を覚えた。しっかりと言葉で取り交わしたわけではないが、名前と私が二人でいる時は大抵席が決まっていて。違えることはそうないのだが。
内心首をかしげながら向かいに座ろうとした私に名前がきょとんとした顔をする。
「そっちに座るんですか?」
「…あなたがそちらに座るのでは?」
お互いの間に何とも言えない沈黙が下りた。そんな中名前はクスリと笑ってどうぞ、とエスコートをするかのように席を引いた。
「…ご丁寧に、どうも」
そこに座ると、ついっとカップを目の前へと滑らせて名前が笑った。
「皆より一足先にどうぞ」
「…私に、ですか」
ここに座れと示された時点で薄々気づいてはいた。しかし、彼女が主よりも先に私にこうしたものを渡すとは思っていなかったのも事実で。
「ええ、…テレンスさん用にビターチョコで作ったのであまり甘くはないと思いますけど…お嫌いでしたか?」
「…いえ」
温かな湯気を立てるそれを一口含む。確かに甘さ控えめで実に私好みの味になっていた。美味しいですよ、と素直に告げれば名前は嬉しそうに笑って向かいへと座った。
「気に入っていただけたようで良かったです」
「いえ…でもいいんですか?」
その言葉で名前は何が言いたいのか分かったのだろう。悪戯っぽく笑ってあんな寝坊助放っといていいんですよ、と呟いた。
「それに、テレンスさんにはいつもお世話になってますから。…特別です」
子供らしく無邪気に笑う名前。そう、子供らしい笑顔だ。だというのに、その笑みの裏側にどこか隠された様などろりとした甘さが含まれているように見えたのは自分の錯覚だろうか。
それを誤魔化すようにもう一口チョコラテを飲んでみる。舌を這うそれは、先ほどよりも甘く感じた。
甘い甘い、毒のようにその口から出る特別、という言葉の甘美さを君は知っているのか
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