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「暫くこっち泊ろうかなあ…」


朝食を摂っていると、マリカがポツリと呟いた。


「急にどうした」

「だって、仕事部屋からこっちのが近いし」

「お前に距離は関係ないだろう」

「…一人だとご飯とか面倒くさくって」


…昨日ちゃんと食えだのなんだの言ってたのは何処のどいつだったか。じろりと睨みあげれば、すっと目を逸らしながら今日はいい天気だねーなんて白々しい事を言う。


「…美味い物を作れよ」

「その点は任しといてよ」


暇を見てこいつ用の毛布だの細々したものを揃えてやるべきか、と考えるオレも甘いな。自分のことながら苦笑してしまった。

それから一週間。オレとマリカは毎日ここから出て、ここに帰ってくる日々が続いた。その間、あの悪夢は一度たりとも見なかった。
もう、あの夢を見る事はないんじゃないかと、そう思っていた、そんな矢先。


心臓に痛みが走る。激痛。胃の中身をぶち撒けた。それでも痛みが絶えることなく続いて。もう無理だ、そう思った瞬間視界が暗くなる。痛みが引いたと同時に視界が戻り、目の前には寸前まで近づいたトラックがあった。そのまま跳ね飛ばされて、また全身に激痛が走り―。
そこまで来て目を覚ました。短くなった呼吸が静かな寝室に響く。…静か、過ぎる。マリカがまだ寝ていて、その寝息が聞こえる筈なのに。
酷く重たく感じる頭を動かす。横に、居る筈のマリカは居なかった。手を伸ばせば、シーツにはなんの温もりも無く冷え切っている。
…これは、夢か?それとも現実か?いや、マリカと居た一週間こそが夢で、オレは何度も、何度も―。
今にも叫び出しそうな口を押さえる。一体、何が、現実なんだ。
オレは狂ってしまったのか。そう思った時寝室の扉が開く。肩が大きく跳ねた。


「ディアボロ?起きてたの?」


そこにはマリカが立っていて。起きているオレに不思議そうな顔をした。


「…どうしたの?具合悪い?」


一歩、また一歩とマリカが近づいてきて。


「オレに近寄るな!」


ピタリと、足が止まった。


「オレに、近寄るな…」

「どう、したの」


自分でも驚くほど弱弱しい声が出て。そんなオレにマリカは近づいて、肩に手を乗せた。反射的にそれを振り払ってしまう。しかし、マリカはもう一度手を伸ばして、宥める様にオレの背を撫でた。


「…夢を、見たんだ」

「夢?」

「何度も、何度も死ぬ、そんな夢だ」


オレの言葉にマリカの手が止まる。見上げると、少しばかり落ち着いたオレよりも青い顔をしていた。


「夢、だよ。悪い、夢」

「…そう、だな」


背に置かれた手が震えていた。


「寝よう、もうそんな夢見ないよ、きっと」

「…ああ」


布団に入ったマリカを後ろから抱きしめる。お互いの身体が、震えているのが分かった。


「…Buona notte、ディアボロ」

「ああ、…Buona notte」


震えるマリカの背に一つ、口付けをした。それは、オレ自身が自分の生を確かめる為だったのか。それとも、オレはここに居ると、マリカに教える為か、分からなかった。



背中へのキスは確認
その後、結局あの夢は見なかった。