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「…そんなお腹減ってるの?」


貧血にならない程度なら分けてやらん事もないよ、と笑う茉莉香に息が詰まる。何を言っているのかこの娘は。分かっているのか。私の食事になると言う事は。


「死ぬと言う事だ」


ぽつりと口から零れた言葉に茉莉香が目を見開いた。驚愕に染まった瞳が次に映すのは拒絶か恐怖か。そのどちらでも構わなかった。それらが浮かんだ時には、殺してしまえばいい。
そう思う反面、それが浮かばない事を切望している。そんな自分に呆れた笑いが浮かんだ。だが、茉莉香はへらりと笑った。思わず腕を掴む手の力が緩む。茉莉香は手を引き抜いて、私の頬に触れた。…以前もこんな状況に陥った事があったな。


「そうだねえ。君が本気でそれを望むのなら吝かではないけど」


茉莉香の目に媚びへつらう様な色は一切なく、その目にはただ真っ直ぐに私を見ていた。…随分と情けない顔をした私が。


「でも、そんな顔をするDIOに食べられるのは御免こうむるよ」


頬を撫でていた手が頭に回される。子どもを宥める様に何度か往復する手が、妙に重たく感じた。


「…貴様は本当に馬鹿だな」

「ええ…」


ごろり、と横に転がれば今度は茉莉香が私の腹の上に跨った。対して重くもない身体が乗っても何も影響はない筈なのに、先程の手と同じように酷く重く感じられて。


「…太ったか?」

「殴ってもいいかい?」


にっこりと音が付きそうな笑顔を浮かべた茉莉香に肩を竦める。唇を尖らせた茉莉香の頬に蝋燭の明かりが色を付けた。先程日の光に照らされていた時とは違い、どこか陰鬱とした影が生まれる。


「…何を考えていた?」

「へ?」

「先程夕陽を見ながら、お前は何を思っていた」

「…普通に綺麗だなあって」


不思議な事を聞く、と顔にありありと映し出しながら茉莉香が答える。しかし、一瞬の間を見逃してやる気はない。


「それだけか?」

「…綺麗だったから隣に君が居たらいいとは思ったよ」

「…そうか」

「うん。さっきも言ったけど、きっと君の肌と髪は綺麗な色に染まるだろうね」


伸ばした手がさらりと私の髪を撫でる。


「見せる事はないだろうがな」

「だろうねえ。まあ、君の命をかける程の願いでもないさ」


ただの世迷いごとだよ。そう笑う茉莉香の隣でいつか美しい夕陽とやらを共に見る奴が現れるのだろうか。少女が女となった時、側に居るのは誰だ?
そう考えた瞬間ぞわりと毛が逆立つ。いつか、これは私の側から離れるのか。その手を取って私が出る事が叶わない日の下へと連れ出す誰かと。
そう考えていた時には既に腕は動いていた。茉莉香の頭を掴んで倒れこませる。顔の横に曝け出された白い首に勢いよく牙を喰い込ませた。ブツリ、と肌が音を立てて破ける。口の中に溢れる血を零さず啜りながら、このまま自分と同じ存在に仕立て上げてやろうかと考える。
そうしたらこいつはなんと言うだろうか。泣くか?怒るか?それともいつものように、呆れながらも笑うのか。仕方ない奴だと。


「っ…」


垂れた髪から日の匂いがした。それに苛立って更に牙を喰い込ませれば茉莉香が息を詰まらせる。それでも抵抗もせずに私の頭を掻き抱きながら肩を震わせていた。
こくり、こくりと喉を鳴らす音と茉莉香の途切れ途切れの呼吸音だけが響いた。そろそろ頃合いだ。これ以上飲めば意識を失う。名残惜しく思いながら引き抜けば、腕の力が弱まった。


「…い、たい」

「そうか」

「そんなお腹空いてるならもう少し早く言ってよ…」


心の準備とかさ、と力無くぼやく茉莉香はただの食事だと思っているらしい。そんな姿に脱力しながら首筋に目をやる。ぽつりと残った吸血の後。普段は跡形もなく消してしまうが、今はそんな気になれなかった。その跡を撫でて喉で嗤う。
いつか、これが少女と呼べる存在で無くなったとしても。こうして跡を付けてしまえばいい。これは私のものなのだと。
白い肌に存在を主張するかのように赤く腫れた二つの跡にそっと唇を触れさせた。



首筋へのキスは執着
私がこれを手放しなど、する筈もあるまい?