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夕陽が沈んで行くのを見つめる茉莉香の後ろ姿を廊下から眺める。赤く照らし出された植物園は葉が光を反射して眩しかった。…こうして日に輝くものを見るのはいつ以来だろうか。
一歩、踏み出そうかと馬鹿な事を思う。この暗がりから半歩出た時点で私の存在は許されないものへと変わるのだ。


「茉莉香」


私の呼びかけに茉莉香が振り返る。私の姿を確認するとこちらへと歩いてきた。近づくにつれ早くなる足。最終的に飛びつく様に抱きついた茉莉香を抱きとめそのまま抱え上げる。初めて会った時よりは大分成長したが、未だ幼い体躯を抱き上げるのは簡単な事だった。


「どうしたのDIO?日のある時間に起きるなんて珍しい」


しかも植物園に来るなんて。そう続ける茉莉香の表情は訝しげだ。それも仕方ないだろう。この館で唯一日の光が入るここに来るのは決まって真夜中だけだったのだから。


「お前が来ていると聞いてな。書庫かとも思ったが、今日は天気がいいとテレンスが言っていたからここだろうと踏んだのだ」

「態々迎えに来なくても直ぐ部屋に行ったのに」


私の肩に額を付けながら茉莉香がくすくすと笑う。首に当たる髪がこそばゆい。肩に着くか着かないか程度まで伸びたそれから日の香りがした。…懐かしい匂いだ。

寝室に着く頃には日も完璧に沈んでいた。途中テレンスが開けたのであろう窓から冷えた風が吹き込んで昼の熱気を取り去って行く。


「今日は満月だね」


その言葉に開け放たれた窓から外を見上げれば、確かに爛々と輝く月が昇り始めていた。


「…DIOは月が似合うね」

「太陽よりはな」


そう言えば茉莉香がキョトンとした顔をした。自分でも何を言っているのだと自嘲にも似た思いが浮かんできて。何か別の話をしようと口を開く。だが、それを遮る様に茉莉香が首に腕を回した。


「うーん、どうだろう。案外太陽も似合うと思うけどなあ」

「なんだと?」


吸血鬼である自分に太陽が似合うなどとはふざけた事を言うものだ。けれども茉莉香は私の訝しげな声に応えること無く納得したように頷いて笑う。


「君の髪はきっと太陽を反射してキラキラ光るだろうし、夕陽に当たったら白い肌が赤く染まる姿は魅力的だろうね。…うん。似合うと思うよ」


まるでそれは使い古された馬鹿な男の口説き文句の様だ。そう思っているのに、私は何故かその言葉に酷く動揺していて。
腕の中に居る茉莉香をベッドの上に放り投げた。間抜けな悲鳴を上げて倒れ込んだ茉莉香が身体を起こそうとする。しかし、シーツの上に縫いとめる様に腕を掴んで覆いかぶさる。


「…頭打ったんだけど」

「それ以上馬鹿には成り様がないから問題あるまい」

「いやいやいやまだ成長途中ですし。これからどんどん賢くなる予定ですよ」

「予定は未定という言葉があるそうだな」

「遠回しに全否定しやがった!」


ひでえや兄さん!と騒ぐ茉莉香の顔には怯えや不安と言ったものは一切見えない。このDIOに押さえつけられているというのに、だ。
この娘は自分が何を食しているのか知っている。何を犠牲に永久の生を手に入れているのか、どれほど罪深い存在なのか。知っているというのに、茉莉香はそれを意に介した様子を見せやしない。


「なあ」

「んー?」

「このまま貴様を今夜の食事にすると言ったらどうする?」


餌、とは何故か言えなかった。茉莉香は一瞬何も読めない無表情になる。その目に映る自分もまた、同じように何の感情も読めない顔をしていた。