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「承太郎」


後ろから聞きなれた声がする。振り返れば案の定茉莉香が立っていた。茉莉香は何時ものようにほほ笑みながら、もう一度おれの名を呼んだ。


「なんだ」

「承太郎」


問いかけてもただ名前を呼ぶだけ。そしてその声は穏やかな表情とは真逆に泣きそうな危うさを含んでいた。


「…茉莉香?」


何故だかそれが無性に不安を駆り立てた。呼吸にかき消されてしまいそうな細やかな声量で名前を呼ぶ。その途端、茉莉香の笑顔が奇妙に歪んだ。泣いているような、笑顔。
それに酷い焦燥感が生まれる。手を伸ばそうとするが、近くに居る筈なのに届かない。名前を呼んでも茉莉香は泣き笑いの様な顔をするだけだった。そしてもう一度おれの名を呼ぶように茉莉香の唇が動いて――

ガバリと上半身を起こす。どくどくと心臓がうるさく飛び跳ねていた。
薄暗い部屋には酒臭さが漂っていて。いくつかの酒瓶が転がっている中自分が床に寝ているのだと気付いた。昨晩久々に会った仲間たちと酒盛りをしてそのまま寝入ってしまったらしい。掛けられていた毛布はきっと茉莉香が持ってきたものだろう。
目を凝らしながら部屋を見渡すと、どこにも茉莉香の姿はなかった。部屋に戻って寝ているのだろうか。しかし、微かに漂う甘い香りは酒ではなく、確かに茉莉香の愛用しているシャンプーの香りだ。
僅かに開いた襖から外に出る。庭には茉莉香が立っていた。


「おい」

「…あ、ああ起きたんだ」


急に声をかけられたことに驚いたのか茉莉香は一度肩を跳ねさせてからこちらを振り向いた。その顔は月に照らされていつもより白く見える。


「何してんだ?」

「ん?いや、月が綺麗だなあって」


見上げた先にある月は綺麗な円を描いていて。周りに瞬く星が色あせて見えるほどの輝きを放っていた。


「こりゃまた見事だな」

「ね」


いつもより大分言葉少なな茉莉香に不思議に思う。日頃は喧しいほど騒がしかったりするくせに。月を見上げる横顔はどこか大人びて見えた。
茉莉香が空条を名乗るようになってもう6年が経つ。中学生だった自分はもう成人して、ランドセルを背負っていた茉莉香は春から受験生だ。時が経つのは早いものだとじじ臭いことを思ってしまう。


「でかくなったもんだな」

「ん?そうかな?」


思ったより身長伸びないんだけどなあ、とため息をつく茉莉香に笑ってしまう。確かに平均よりは小さいが許容範囲だと思うのだが。まあ、自分が周りに比べてデカいせいか、大概の女は小さい、と一括りになっているせいかもしれない。


「承太郎とかジョセフおじいちゃんとかDIOと話すと首が痛いんだよ」

「今度からしゃがんでやろうか」


そう言えば茉莉香はきょとんとした後おかしいとばかりに笑いだした。


「承太郎がそんな冗談言うなんて珍しいね」

「…たまにはな」


確かに珍しいかもしれない。まだ酒が残っていたのだろうか。とはいえ半分は本気だったためこうも笑われてしまうとなんとも気恥ずかしい。誤魔化すように月を見上げれば、茉莉香もつられるように又空を見上げた。