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夏が、近付いてきた。じんわりと滲む汗を拭いながら人の間をすり抜ける。僅かに肩が触れる度、視界が歪んだ。胃の中になにか重たいものが詰まっている様な気がしてならない。

1999年4月、私と承太郎は仗助に会いに杜王町にやってきた。そのまま何だかんだと巻きこまれて二か月近く経つ。今までの休暇分を貰う、と言ってはあるがパッショーネはてんてこ舞いの様だ。最近甘やかしていたディアボロが書類の山に埋もれている図がありありと浮かんで心配になる。
帰ってから処理する羽目になるであろう事案を思い浮かべてため息を一つ。本当ならスタンドを駆使して行き来すればいいだけの話なのだが、いかんせん承太郎の監視が厳しい。久々にあった時に疲れ切った顔をしていたのがいけなかったのだろう。彼は私が仕事に戻らない様に、且つこの町で起きている異変に私を関わらせないようにと努めている。この一人の時間も漸くもぎ取ったものだ。

出来る事ならば帰らせてもらいたかった。"あの男"の様に自分の快楽の為に殺人を犯す人間がいるこの街で、夏を迎えるのはごめんだ。救えたらいいな、と思っていた唯一の存在は守れた。後の犠牲者には悪いが知らんぷりを決め込んで帰ってしまうつもりだったのに。いっそ開き直ってプッチ辺りに協力でも求めようか。彼のスタンドは中々使い勝手がいい。さっさと処理して、この街に平穏とやらを取り戻して帰ってしまいたい。
そんなことをぐだぐだと考えながら歩いていると、後ろから名前を呼ばれた気がして振り返る。振り返った先には特徴的な髪形をした叔父さん、が居た。


「やっぱ茉莉香さんだ」

「やあ、仗助」


人懐っこい笑みを浮かべながら近づいてくる仗助に、重たい顔面筋を動かしてなんとか体裁を繕う。


「…どうしたんすか?具合悪そうですけど」

「ああ…、今日思ったより暑くて疲れちゃった」


苦笑いを浮かべれば仗助もうんうん、と頷く。全くいきなり暑くなるのは勘弁して頂きたいものだ。


「なんか冷たいもんでも飲みたいっすねー」

「そうだねえ…」


仗助の瞳はどこか期待している様な輝きをしている。…ドゥ・マゴはここからだと少し遠い。むしろ―


「じゃあホテルに行こうか」

「え!?」

「ここからなら杜王町ホテル近いし。ルーム―サービスでよければ御馳走するよ」

「あ、ああ!そうっすよね!」


顔を赤らめた仗助に自然と笑みが浮かんだ。この思春期っぽさは承太郎にはなかったな。今よりは荒っぽかったが、それでも年相応とは言えない振る舞いをしていた承太郎の学生時代を思い出す。


「…何笑ってんすかー」


自分が笑われていると思ったのか唇を尖らせる仗助にごめん、と一言謝っておく。


「承太郎が君くらいだった頃を思い出してね」

「承太郎さんがおれくらいの時…興味ありますね!」


色々聞かせて下さいよー!とせがむ仗助をホテルに着いてからね、と諌めつつ先程よりは軽くなった足をホテルへと進めた。