「紬ちゃん、お疲れ様!」


同じく、自転車競技部のマネージャーをつとめる幹ちゃんとは、
部活が終わったらいつも一緒に帰宅している。

ロングヘアの美人さんで、私も彼女と話していると元気をもらえるくらい、
前向きで素敵な女の子。


私のクロスバイクは彼女のそれと色違いで、
勿論、カンザキサイクルで購入したものだ。

ロードを中心に取り扱うお店だが、
カタログから選べばクロスバイクやママチャリも取り寄せてもらえる。


「お疲れさま、帰ろうか!」

私が自転車に跨ると、彼女は

「ちょっと待って、今日は今泉くんも一緒でいいかな?」

メンテナンスでうちに寄るみたいだから、折角だし!と続けたので、勿論、と答えた。

幹ちゃんは、こちらを真面目な表情で見つめながら、

「紬ちゃん、今日、元気なかったよね…。練習中なかなか話せなかったけど、
 何か悩んでることがあるなら話して?私、力になりたいよ。」

と言ってくれた。


「ありがとう!実はね」

と、ずっと私の恋心を知っていて、
応援していてくれた幹ちゃんには打ち明けようとしたところ、


「待たせたな」


着替え終わった彼が部室から出てきた。


今泉くん、タイミング…。相変わらず天然気味…。

と思いつつ、また改めて幹ちゃんにも話そう、と思いながら、
3人並んでカンザキへと向かった。




「よ。お、紬ちゃんも来たのか」

ゆっくりしていけよ、とお兄さんが歓迎してくれて、

幹ちゃんも「良かったらお夕飯食べて行って」と言ってくれたので、
今泉くんのメンテナンスを待ちながら彼もいっしょにごちそうになることになった。


幹ちゃんの前だと、普段寡黙な今泉くんも少しばかり軽快に話してくれる気がする。

今日も励ましに来てくれて、元気をくれたのは今泉くんだったし、
1年間チームとしての関りの中で、信頼を寄せてくれるようになったのかな。


食事が終わると、お兄さんは「送ってけよ、今泉」と彼の背中を叩いて、

私は自転車だから大丈夫 と遠慮したけど、

「あぁ、遅いしそうする」と心を決めた様子で一緒に歩きだしてくれたので、

お言葉に甘えることにした。

改めて、今日のお礼も言いたかったので、私も受け入れることにした。



この時に、スマホに着信が入っていたこと、私は気付いていなかった。







帰り道、自宅近くの歩行者専用道路まではお互い自転車で走ったので会話はないけど、

自宅近くは歩行者専用道路が続くので、自転車をおしながら歩かなければならない。

その時間が、つかの間のお話タイムだ。



「あの、今泉くん。今日は本当にありがとね。おかげで元気出たよ」

と伝えると、彼は、あぁ、と俯いてしまった。

表情は伺い知れないけど、鳴子くんに吹き込まれたジョークに今更ながら照れちゃってるのかな?と思った。


「けど、あの冗談には本当びっくりしたな〜。

今泉くんにかわいいって言ってもらう日が来るなんて」

と笑いながら続けると、今泉くんは突然足をとめて


「思ってるから。」

と言うから何事かと思考が停止してしまう。



「いつも、オマエの事、かわいいと思ってる…から…。」

暗くて表情が良く見えないけど、
冗談に冗談を重ねるタイプではないことは確かだ。



「あぁクソッ。こんな風に伝えるつもりじゃねーよ…」

と消え入りそうな声で言った後、


「オマエが好きなんだ!」

と、簡単に今泉くんに抱きしめられてしまった。

彼とバイクの重みが、私の身体に掛かっている。


「へっ?」


私は夢を見ているのだろうか?

背の高い彼の胸元に、顔を埋めている。

その温もりが、ジワリと伝わってきた。


彼は私の耳元で、

「今すぐにじゃなくていい。考えておいてくれないか」

とささやいた。


その言葉が切なくて、重たくて、

どうしていいか分からないまま、返事もできず、

されるがままに抱きしめられているしかなかった。


数十秒経っただろうか。

今泉くんは悪い、と言って体を離すと、


「じゃあ… またな」

とロードに跨って、立ち去った彼の行く先を見つめながら、


今日も家の前で立ち尽くした。




今泉くんが、私を、好き?


1年間一緒に過ごしていたのに、

そんなこと、全く気付かなかったよ。


いつからなの?


…正直言うと嬉しい。



だけど、私には ずっと好きな人がいる。

鳴子くんの笑顔を思い出すと、ぎゅっと胸が苦しくなった。



だから、断らなくちゃ、と気持ちは固まっているけど、

もう、インターハイ予選は来月に迫っていた。




されるがままに抱きしめられて、

立ち尽くした私を、

見つめている一つの影にも気付かないまま。




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