拾参

「来年は抹茶のお菓子を持ってきてねー。聞いてるー?抹茶のお菓子だよー!禪院先輩、きーこーえーてーるーでしょー!!」
「…真依、一年の子がああ言ってるけど」
「あんなの無視よ」

対戦試合をした次の日に招かれた側は帰るのが今までの交流会の流れ。しかし今回は異例の野球試合が通常の対戦試合よりも早く終わったのと、呪霊が学校に現れた多くの被害も出ていることから京都校の生徒と先生達は今日帰ることが決定した。

「どんだけ抹茶の菓子食いたいんだよ。後でコンビニ行くか?」
「そういうのじゃないんだよー。虎杖君」

私があまりにも抹茶のお菓子を連呼するので今食べたいのだと虎杖君に勘違いをされてしまい今抹茶のお菓子を買いに行くかと誘われた。しかしそれは違うのだと人差し指を左右に振って訂正する。今回の野球でこっちが勝利したので来年の交流試合も東京で開催されるのが確定した。そうなるとまたも京都校はこちらに出向くわけで。そしたら今回は持ってはこなかったが手土産を持ってくるのが通りなわけで。

「そういうことだから来年はお土産持ってきてねー!禪院せんぱーい!!」
「そんなに菓子が欲しいのか。ブラザーの友達の頼みだ。来年俺が責任を持ってブラザーも喜ぶ土産を持ってこよう」
「だからブラザーでも何でもないって言ってるだろ!」
「東堂先輩、来年は四年だから参加しないじゃん」

でもこの人だから来年も無茶言って「ブラザーの一年間の成果を見に来たぞ!」なんて言いそう。むしろ来年どころかまた近々、「任務の帰りに来たぞブラザー!」って言って学校に立ち寄りそう。うわーめいわくー。


「伏黒君、またこちらに来る機会があればその時は校内を案内してくれるかしら?今回は色々あって結局ゆっくりできなかったから」
「…時間が空いてましたら」

私と虎杖君と東堂先輩でわちゃわちゃしていたら、禪院先輩は伏黒君と喋っているのだけれど距離が近い。伏黒君が少し後づさってもそれを埋めるかのように近寄っている。 

「あーっ!禪院先輩が伏黒君に媚び売ってるー!伏黒君はむっつりさんだけどそんなあからさまな色仕掛けにはなびかないぞー!物を用意しなきゃ!物を!例えば抹茶のお菓子…」

とか。と言おうとしたら苛立ちながら怒った顔で「少しは黙ってろ」と言われてしまった。こわーい。困ってたから助けようとしたのにりふじーん。
禪院先輩は真希先輩達二年生に聞こえるように「そっちの一年女子は性格に難があり過ぎるから上がしっかり躾けて欲しいものね」と嫌味ったらしく行ってくる。それに野薔薇ちゃんが「“一年女子“ってどういう意味だ!ゴラァ!!」と言って禪院先輩に突っ込んでいき野球試合の乱闘が再び再現される勢いだ。

「あっちもねちねちだったり、勝手に親友認定して接してきたりする人がいるんだから人のこと全く言えないよね」
「混乱の原因がよく平然としていられるな」

乱闘の様子を呆れながら見つめて言うと、私の言葉が伏黒君に聞こえていたようだ。まるでゴミを見るかのような冷たい目をする伏黒君は私を見ながらそう言う。ひどーい。



一悶着はあったが京都校の人達は帰って行き、残った私達は寮に戻って各々の時間を過ごした。「私達は何もしなくていい。これは大人がやる仕事だから」と五条先生は私達にそう言いながら寮へと帰らせた。でもそれは、この起きてしまった大きな事件を多くの大人が処理に追われているという意味を指す。それは今日と明日で早々に終わるものではない。だって呪霊が敵対する呪術師の本拠地に乗り込んでくるなんて数百年、ううん千年以上の歴史からしてなかった。
五条先生は何食わぬ顔でいつも通りの学校生活を送らせるだろう。でも、これから少しづつ何かのずれが生じてくる。そんな予感がしてならない。
ああダメだ。疲れたからベットで横になってみたが私ではどうすることもできないのに余計なことを考え込んでしまう。気分転換に野薔薇ちゃんの部屋にでも行こうかと考えていると扉から私の今の気持ちとは裏腹に軽快なノックの音が聞こえてきた。


「はーい。だーれー?野薔薇ちゃん?」

野薔薇ちゃんかと聞いてみるも、野薔薇ちゃんはノックをしながら「琴葉、起きてるんでしょ」と一声かけてくれる。ノックの時に何も言ってこなかったのでだとすると野薔薇ちゃんの可能性は低い。そうすると虎杖君か伏黒君のどちらかだ。

「俺、虎杖」

どうやら前者だったようだ。扉の前に誰がいるか分かったので「はーい」と声を上げながらベットから立ち上がり扉を開くと言われた通り虎杖君が立っていた。


「どうしたのー?お菓子買いにコンビニ行くのー?そのお誘い?」
「いや、それは違うけど…」

虎杖君にしては珍しく歯切れの悪い言い方。廊下を見回しても伏黒君も野薔薇ちゃんの姿も見られないので何処かに行こうとか、ゲームをして遊ぼうとかではない。私だけに何かしらの用件があってきたのだと理解した。


「入っていいよ」

そのまま立っていては気まずいのかはたまた言いづらいのか。拉致があかないので虎杖君を部屋へと招き入れる。「お邪魔します」と言いながら入る虎杖君にクッションを差し出し好きに座らせるよう促し私はベットへ腰をかける。

「それで、どうしたの?」

私に用があるとしとしても心当たりなど全くない。あの虎杖君にここまで言いづらそうな顔をさせるような行動をした覚えはない。では一体どうしたと言うのか。虎杖君が言い出すまで彼の顔を見てじっと待ってみる。そこまでの時間はかからずに虎杖君の口が開いた。

「俺の部屋に戻った時さ、何もなくてホントびっくりした」
「それは大変だったねー」

嘘。虎杖君の部屋の荷物が撤去されているのは知ってた。なんならその手伝いをしようとした位だ。えっちなDVDや本があっても私は気にしないのに伏黒君が「死人の傷を広げようとするな」と言って私と野薔薇ちゃんは手伝いを拒否されてしまったが。けれど無くなってしまった同級生の持ち物を処理した伏黒君の心情は掃除をしていない私よりも辛く、計り知れないものがあった筈だ。…まあ、遺品の持ち主は今私の目の前でこうして生きているなんて想像もできないことが起きたけれど。

「でも殺風景な部屋に、一つだけ花が飾ってあった」
「そっかー」
「伏黒から聞いた。如月が飾ったんだって」
「…そっかー」
「…俺が死んでからずっと飾ってくれてたんだってな」
「……」
「ありがとう。それが俺、言いたくて」

伏黒君ってばペラペラと喋ってしまうなんてむっつりな上に似合わずお喋りさんか。心の中で伏黒君に文句を言ってみるも知られてしまってはもう遅い。そうなると前後撤回。虎杖君が気まずくなる理由があった。虎杖君が死んでしまってからも私は花を飾り続けた。本当は虎杖君の部屋を撤去するまでの間だと決めていたもの。しかし、いざ伏黒君が彼の持ち物を処理し何もない存在もしない殺風景な部屋を見るとどうしても止めることができなくて、伏黒君も野薔薇ちゃんも指摘しないことを良いことに私はこうして花を飾り続けてしまった。
女々しい女。未練がましい女だと分かっている。自分自身を馬鹿だなとも思った。でも虎杖悠仁という人間を忘れてしまうなんてどうしてもできなかったのだ。もう少し、月日が経って気持ちの整理ができたら終わらせよう。そう思っていた矢先、弔っていた本人が生き返った。もう一度言う。そんな展開誰が想像できるか。


「…伏黒君も野薔薇ちゃんもね、声には出さなかったけれど虎杖君を気にしてたよ」
「うん」
「私だけはそれができなくて、踏ん切りができなくてずるずると続いてしまっただけ」
「うん」
「けれど君がこうして戻って来てくれた。あの時はあんなふざけた登場の仕方に馬鹿じゃないのって思ったけどー」
「あれは五条先生がみんなが喜ぶって提案してくれて…」
「あんな別れ方してあんな登場で喜ぶって思っている虎杖君もお馬鹿で共犯だよ」
「あっ、はい。すみません」
「とにかく、あの時は私達あんな態度取っちゃったけど君が戻って来てくれたことがすっごく嬉しかったんだからー」

だから花なんて気にしないで。
そう言ってこのこれについての話を終わらせようとしたが、虎杖君はまだ少し納得をせずに「でも如月、あの時花代請求するって言ってたし」と言ってきた。あの時の会話覚えていたのか。あの時は虎杖君の登場の仕方と驚きで、確かにちょっと怒ってはいたけどー。


「花代の請求は無くなりましたー」
「急にどうしたんだよ」
「急じゃありませーん。呪霊との戦いで倒れそうになった私を倒れる私を受け止めてくれたので、それでチャラにしまーす」
「えっ。あれだけで数ヶ月代の花代無しにして良いのか?」
「良いんだよ」

君が倒れそうになった私を抱きとめてくれて、背中を優しく叩いてくれて、誰も守れない何もできなくて悔しくて悲しくて感情が押し潰れそうになった私の心を軽くしてくれた。救ってくれた。
だから感謝の気持ちであの時に言ってしまった花代については無しにしよう。そんな私の真意を言うのはちょっと恥ずかしいのとくやしいので虎杖君には内緒だけど。


「如月はどうしてそこまで気にかけてくれるんだ?」


この湿っぽい話もこれでお終い。そう思ったのだけれど残念ながら虎杖君の疑問はまだ終わらないようで私に次の質問を問いかける。


「薄々感づいていたんだよな。交流会で京都校が俺を殺そうとしてるの。それで助言してくれたんだろ」
「あの時はもしかしたらって思っただけ。生き返ったのに“また殺されると思うから気をつけてー“なんて言えないよねー」
「如月なら言いそうだと思って」
「ひどいんだけどー」

私を何だと思っているんだ。けれどそんなに気になってしまうのであれば致し方ないが言ってしまおう。

「私ね君のことが好きなんだ」
「えっ、急にそんな告白されても」
「好きって言っても人として好きって意味だよ。勘違いしないでよねー」
「いや、その言い方は誤解するだろ」

私だって恋愛関係の告白であればもうちょっと雰囲気を気にして告白をするんだぞー。

「本当だったら君が此処にいるべき人間ではなかった。初めてあった夜、私達を助けるためにあんな馬鹿なことをしてまで助けてくれた。本当やったことは信じられない大馬鹿物だけど」
「すっげえ馬鹿にされてるんだけど」
「それだけのことをしたからだよ。その結果、君はこんな状況に陥ってしまって上からも厄介者として殺されかけてしまった」


それだけではない。呪術師は惨たらし死を今後も目の当たりにする。人の汚い感情だって見る事になる。自分が死ぬだけではなく近しい人が帰らぬ人になったりだってする。そんな地獄にあの時虎杖君は皆を助ける為に踏み入れてしまった。私達が君を過酷な道に呼び寄せてしまった。

「俺は如月をそんな風に思ったことは、ない」

虎杖君が力強い瞳で真っ直ぐと私を見つめ否定をしてくれる。だけど私は違うと伝えるためゆっくりと首を横に振る。

「虎杖君がそう思っても結果はこうなってしまった。あのね、これから呪術師として酷い場面に私達は出会していく」

もしかしたら虎杖君は私達と過ごさなかった一ヶ月半、もう遭遇してしまっているのかも。特級呪霊と互角に戦い合えたことがその答えかもしれない。しかしそれを知る権利なぞ私なには持ち得ない。

「これから虎杖君に害をなす人や呪霊が現れたとしても、私は虎杖君を否定はしない。私達を助ける為にこんな地獄に来てくれて、戻ってきた君を私は何があっても否定しない」

これが君を気にかける理由かな。しかし言ってみると中々の重い発言であった。これで虎杖君は「うわっ、重っ…」とでも言ってでもしたらそっちが聞いてきてきたのを答えただけなのに。もしもそんな反応をしたら罰をしてやっぱり花代請求してもらおう。

「ありがとう。如月」

しかし私が思っていたのとは裏腹に虎杖君は 眉を寄せながら少し悲しそうに笑っている。そんな笑顔を向けられるとは思っていなくて、今度は私は少し気まずくなってしまいながら「どういたしましてー」と言葉を返してしまう。あー、もう。虎杖君にそんな顔をされてしまったらこっちが調子が狂うではないか。

「ねえ、コンビニ行こうよー」
「今から?」
「そっ、今から。それで交流会でのこっちの勝利のお祝いパーティするんだよ。伏黒君も野薔薇ちゃんも呼んで。真希先輩達も誘うのも良いかもー」

だからコンビニに行こうよー。ベットから立ち上がって虎杖君に手を伸ばして言ってみると虎杖君も感じ取ってくれたのいか何時もの笑顔になって「おうっ」と言って私の手を握り返し立ち上がる。そうと決まればまずは二人に声をかけよう。

呪術師は辛くて過酷で、幸せかと問いかけられても「はい」なんて言えない。そんな職業。それでも私達は呪術師として生きていかなければならない。だって自分自身でそう決めたのだから。
だからそここんな些細な日常を、今を大切にしたい。そう思ってやまないのだ。



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