見慣れない服装をしている人々。

そんな人々の中には剣やら銃やら物騒なものを所持している人も見受けられる。

そこらじゅう舞っているおびただしい数の大きなシャボン玉と何百メートルはあるであろう巨木。

空中に浮いている摩訶不思議な形をした乗り物。



気付いたとき、私の目の前にそんな光景が広がっていた。


「……えー」

あの時、夕暮れピエロを殴った時から怒らせただろうなー。と、うすうすは思っていた。だから視界が真っ暗になったとき遠く飛ばされるんだろうなー。なんてことも少しは覚悟していた。
だが、こんなハチャメチャな所に飛ばされるなんて覚悟は持っていない。というかこんな所に飛ばされるなんて予想できるか。

此処は何処なのだろう。シュテルンビルドではない余所の国…と言いたい所だがこんな特徴的な国、普通なら知っているはずだ。何処にある国なのかGPSで調べてみよう。そう思って携帯を取り出す。


「えっ?」

アンテナの代わりに “圏外”の二文字が待ち受け画面に表示されていた。空中に浮いている乗り物とか見る限り技術とかは発展している国だと思ったのだがまさか携帯が使えないとは。というより今の時代で携帯が使えない国の方が珍しくないか。
携帯が使えない。此処が何処かも分からない。帰り方が分からない……

こうなってしまったら最終手段しかない。

「あの、すみません」

「はいっ?」

見るからに安全そうな女性に声を掛ける。何も考えずに声を掛けてしまったがどうらや言葉は通じるみたいだ。

「交番って何処にあります?」

そう最終手段とは交番に訪ねて此処が何処かを聞き、帰り方も色々と尋ねるというもの。
この年で迷子かよ。なんて思われるのは恥ずかしいが事情が事情なので恥を忍んでいる場合ではない。

「交番はありませんが海軍駐屯所なら60番グローブの方に行けばありますよ」

「60番グローブ?」

それより海軍?警察じゃなく海軍?

「あそこの気に42番で描かれてますよね。60番って描かれた木を探せば見つかりますよ」

「なるほどー。あのもう一つお聞きしてもいいですか?」

「ええ」

「…此処って何処ですか?」

私の質問に女性は少し目を丸くした。うん、普通はそんな反応しますよね。

女性の反応に少し気まずさを感じたが女性は答えてくれた。

「此処はシャボンディ諸島よ」










女性と別れ、駐屯所を目指し私は歩いていた。

“此処はシャボンディ諸島よ”

先程言っていた女性の言葉を思い出す。シャボンディ諸島、やはり聞いたことのない名前だ。もしかして私、別の世界に飛ばされてしまったとか?

「いやいや、それはないない」

ふっと思った考えを声に出して否定する。異世界に飛ばされるとか何処のアニメや漫画、小説の世界ですか。それにNEXTで異世界に飛ばすとか、ありえない。そんなことを考えてないで駐屯所に行ってそこからシュテルンビルドにどうやって戻るかを考えなくては

巨木に描かれている数字を見る。数字は46。まだまだ先だな。
そんなことを思っていたら場の空気がざわつき始めた。どうしたのだろう?そう思っていると「天竜人が来るぞ」と言っているのが聞こえた。
てんりゅうびと?聞きなれない単語に何が何だか分からないが、そんな私をよそに周りの人々は膝を地面につくという行動をし始めた。

「えっ?えっ?」

「何してんだアンタ!もうそこまで天竜人が来ているんだから早く膝を地面につけろ!」

「は、はい!」

何が何だか分からず戸惑っていたら隣りにいた男性に言われ、私は男性の言われた通り地面に膝をつく。
一体何が来ると言うのだ。膝を地面につけた状態で待っていると遠くから人がこちらに向かって来るのが見えた。


こちらに向かってくるのは人だった。
この言い方じゃ「人が歩くのは当たり前だろ」と思われるかもしれないが、私の目に広がる光景は異様だったのだ。
男性が四つん這いになって移動をしている。そんな男性の上に独特な服を身に纏った男性が、まるで乗馬をしているかのように乗っている。人間が人間の上に乗って移動をしているのだ。そんな男性の後ろには首輪を掛けられ、鎖で繋がれた女性達が歩いている。その女性の姿はまるで鎖に繋がれたペットのようだ。

あまりに非道徳的で人権を踏みにじる光景。そんな光景が今私の目の前で起こっている。
こんなの見ていられない。身体が自然と立ち上がろうとしていた。

「馬鹿なことしようとするな。じっとしとけ」

しかし先程の男性に腕を掴まれ阻止される。男性の声は小声だったが男性のまるで何かを恐れている表情だった。そして周りからは「余計なことをするな」という私に訴えかけている。私はそんな雰囲気に呑まれ立ち上がることができなかった。


男性達が近づいてきた。四つん這いになっている男性は見るからに体力が消耗しておりボロボロの状態だった。だがそんな男性のなどおかまいなしとでも言うように独特な服装を男性は「遅いんだえ」「このノロマ」等言いながら四つん這いの男性を蹴る。
そして蹴られるたび男性は苦しそうな呻き声を上げた。

その残酷な光景を直視することができず目を瞑る。そして彼等が去るのをただ待っていた。
人を人として扱わない人、人として扱われていないのにただ黙って従っている人、そしてそれを見て見ぬふりをして黙っている人

異様だ。こんなのおかしい。気持ち悪い。

そんな感情が私の頭の中でぐるぐると回る。しかしそんな異様な光景の一部として私は今溶け込んでいるのだ。


その事実が恐ろしかった。





「おい何時までそうしてる。天竜人ならもう行っちまったぞ」

男の声ではっとする。周りを見回すと確かに彼等はいなかった。そして何事もなかったかのように皆歩いている。

「あんな馬鹿な真似二度とすんなよ。アンタだって死んでただろうし、こっちだって大将が来られたらたまったもんじゃない」

「あの、天竜人って何ですか?」

男性の言葉から不穏な単語が混ざっていたが、それよにも私は彼等の存在が気になった。恐らく人を人として扱わなかったあの男性が“天竜人”だとは思うが何故あんなことができるのだ


「何も知らなかったのか!?あー、だからあんなこと出来たんだな…」

男性は私の質問に驚いたが何か納得したようだ。

「アイツ等は世界政府を創った王族の末裔だ。だからアイツ等に何かあったら政府が動いて大将共が来る」

「はぁ…」

“世界政府”と“大将”

またも私の知らない単語。そもそも世界政府なんてあった?
考え込んでいる私を見て納得したと思ったのか「だから今度会った時は余計なことすんなよー」と言って何処かに行ってしまった。


知らない言葉
知らない島
見たこともない光景
人を人として扱わない天竜人という存在
それをただ黙って見ている人々

もう何が何なのか訳が分からない。それと同時にこの場所そして人が恐ろしく感じ逃げ出したいという気持ちで一杯だった。

廃退した世界に堕ちた日

お題,秘曲

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