天竜人は思いっきり殴られた反動から扉付近まで吹っ飛んで行った。距離にしたら十メートルはあるのではないだろうか。殴った音と距離で麦わら帽子の彼が力の限り殴ったことがよく分かる。
天竜人は気を失って立ち上がってはこない。と言うよりあれで立ち上がれるわけなんてないか。
“天竜人が殴られた”この状況に皆「信じられない」と言うかのように驚愕の表情を浮かべて誰も言葉を発せず会場内は異様な静けさに包まれる。
「悪い、お前ら…」
誰も喋らない中、静寂を終わらせるかのように最初に喋ったのはこの静寂を作り上げた著本人であった。
「コイツ殴ったら海軍の“大将”が軍艦引っ張って来んだって…」
麦わらの彼は仲間に向かって謝罪の言葉を言う。そんな彼の言葉を聞いても仲間と思われる人達は誰も彼を責めようとはしなかった。
“大将”来る
その意味がどれ程大変なことなのか残念ながらいまいちピンとこない。だけど周りの人達の様子から見ても最悪な状況になってしまったことが感じられる。
静かだった会場は女性の悲鳴が上がってことで張り詰めた緊張の糸が切れてしまったのか皆が悲鳴を上げだし会場内は慌ただしくなる。そんな中、殴られた天竜人の父親だと思われる男性が麦わらの彼に向かって発砲しだす。その銃声の音がさらに人々に混乱を大きくさせていく。
殆どの人達がこの場所から逃げようと走り出す。私も皆と一緒になって逃げ出したいのだけど…
隣りのファー帽子の男を見るとこんな状況なのに全然動じていない。むしろうすら笑みを浮かべている。今までの経験からこの場所から立ち去ることは不可能だろう。
悲しきかな私の頭がそう結論付け既に諦めている。
なので私は一体どうしたものかとオロオロしながら会場内を見つめている。すると周りから悲鳴が聞こえてくるなか頭上か男性の悲鳴が聞こえてきた。
何故頭上から声が?と不思議に思いながら上を見上げるとなんということだろう。上から人が降って来たではないか。何この状況
訳が分からず落下してくる男性を見ていたら、男性は丁度真下にいた天竜人の頭に思いっきりお尻からぶつかっていった。
「えええぇぇぇー!!?」
色んな意味でとんでもないことになったこの光景に思わず大声を上げてしまう。天竜人は頭が床にめり込んでいてピクリとも動かない。えっ、あれ色々と大丈夫なの?
私の不安は的中し「またも天竜人に手を出した」というこの状況に混乱は更に大きくなる。一方、事態を更に大きくさせた長っ鼻が特徴的な男性は気絶している天竜人に向かって「ごめんおっさん」と謝罪しているけど謝罪の言葉、流石に軽すぎるのではないだろうか。謝罪をした後、事態を更に大きくさせた長っ鼻の男性は麦わらの彼と話をしている。どうやら仲間のようだ。麦わらの彼は長っ鼻の男性に今の状況がどうなっているのかを伝えている。
「海軍ならもう来てるぞ麦わら屋」
隣りに座っているファー帽子の男が突然二人の会話に入って来た。って、今何て言った。この人
「海軍ならオークションが始まる前からずっとこの会場を取り囲んでいる」
なんということだ。会いたいと思っていた海軍がまさかこんな近くにいただなんてまったく気がつかなかった。けど、私はそれよりもあることが気になっていた。
“海軍ならオークションが始まる前からずっとこの会場を取り囲んでいる”
それってつまり海軍はこの違法な催しの存在を知っていたことになる。なのに海軍は催しが始まっても止めには入らなかった。見て見ぬふりをしていたのだ。いや、もしかしたら最後の最後で此処にいる人達を摘発しようとしていたのかも知れないがそれでは腑に落ちない。
海軍に対し小さな不審が私の中で芽生える。
「シャルリア宮っ!!」
考え込んでいた私の意識を戻したのは誰が誰かの名前を呼ぶ声であった。ステージへ目を向けると人魚の近くで女性の天竜人が倒れていた。女性の天竜人は殴られた等の怪我が見当たらない。単純に気を失ってしまったのだろう。だけど何故この状況で気絶なんて?
不思議に思っているとステージの奥の壁が破かれ何かが出てきた。
“何か”とは人であった。しかしただの人ではない。とてつもなく大きい、まさに巨人という言葉は相応しい男性が現れたのだ。
あー…うん、人魚と魚人もいるんだから巨人がいてもおかしくないよね。そういう世界なんだもんね此処…。
そしてよく見ると巨大な男性の他にもう一人、元気そうな老人が現れた。突然の彼等の登場に何人かが「奴隷が何故ここにいるんだ!?」と驚愕の声を上げる。どうやらあの人達は奴隷として売られてしまう予定だったようだ。しかし、彼等は奴隷の証であるはずの首輪がついていない。これは一体どういうことなの?
もう色々ありすぎてこの状況についていけない。そう思っていたからなのだろうか。私の意識は急に遠のいていき目の前が真っ暗になった。
□
「おい起きろって」
「った!?」
頭に鈍い痛みが響きが私を襲う。何が起きたのか分からず周りを見るとシャチさんが呆れた表情で私を見ていた。気を失っていたせいか頭がぼーっとする。周りを見回すと客席で大人数が気を失って倒れていた。
そうだ。此処はオークション会場で、天竜人を殴ったって大騒ぎになって、そして私は気を失って
「って、何で私気を失ったの?」
疑問を思わず声に出してしまう。殴られたとか薬を嗅がされてという不意打ちを食らってはいないはずだ。色々なことが起こりすぎて思考が停止してそのまま意識を失ったとか?
「あー…サヤは覇気を知らなかったし受けたこともなかったんだよな。
しかも初めての覇気があんな凄ぇのだったらそりゃ気を失うわな」
「はき?」
また私の知らない単語が出てきた。だけど今のシャチさんの会話で分かった。私はその“はき”というのを受けたから気を失ってしまったのだ。そしてその“はき”というのは今、大人数の人達が倒れていることにもきっと大きく関係しているのだ。
「後で覇気については教えてやるからとりあえず今は此処から出っぞ」
「は、はい」
やっと此処から離れられる。気を失ってたからか立ち上がった瞬間少し足がふらつく。シャチさんについていこうとして一人足りないことにきづく
「えっと、あの人は何処に行ったんですか?」
ファー帽子の男がいないのだ。私が気を失っている間に何処かに行ってしまったのだろうか。でも何処へ?
「船長ならあいつ等と外で海軍と戦ってるぞ」
どうしてそうなった。私が気を失っている間に何が起こったというのだ。というかあいつらって誰
なんて色々と思うことはあるのだが何も言わないでいよう。今は早くこんな危険な場所から去ることが大事だし。
シャチさん達の後を付いていくと人魚をつれた人達とすれ違った。そうだ、あの人達は麦わらの彼の仲間の人達だ。彼等の中には人魚がいた。人魚はアロハシャツに海パンと見るからに不審者の人におぶられている。人魚の首を見ると奴隷の証であった首輪をつけていなかった。何故首輪が外れたのかは分からないが人魚が自由になったのは確かだ。大変な状況になってしまったけど彼女が助かって良かったと思う。
そんなことを思いながら彼等の横を通り過ぎる。
「ケイミーちゃん、そんな変態の野郎のおんぶなんかより俺がお姫様だっこしてあげるよ」
彼等の会話を聞くつもりなんてなかった。偶然、耳に入ってきたのだ。その声を来た瞬間私の反射的に足を止め彼等のいる方向へ足を進め、今喋っていた人物の腕を掴む。
この声は普段聞き慣れたあの人の声だ。優しくて普段は頼りないけどいざとなったら頼りがいのある、あの人の声。
「虎徹さんっ!」
何かにすがるかのように私は彼の名を呼ぶ。
ぼくの心を浸すもの
お題,秘曲