白石蔵ノ介



人間に完璧なんてあらへんのやで。といつからやろう知ってしもうとった。
それでも完璧でありたかった、完璧であれば誰にでも好かれるんやって思ったから。

好いてほしい、ただそれだけのため。

ミシリ、骨の音。
ギシリ、ベッドの音。

空っぽの頭の中にからからり、よう響いた物音たち。ミシミシミシ、ギシギシギシ、何度も何度も確かに鳴り響く。それは虚しいことに俺が望んだ音やない、酷く心を空にさせられる音、感情を奪う音、真実を見るなと警告する音…慎が死んでまうよって教えてくれる音。
なんでなん?って考えてやっと感情が帰ってくる。そしたら不思議なことに五感が冴えはじめる、骨の音とベッドの音だけやない…切れ切れの息の音も聞こえる。
右手は慎の細い手首を掴んどって体温を感じた、左手は慎の首を掴んどって体温と脈を感じとった。
鼻に届いたのは嗅ぎ慣れないチープなお菓子の匂いとお茶の涼しげな匂い。その合間合間に、唾液の匂いも、した。

俺の瞳には、真っ白なシーツに真っ白なワイシャツ、苦しげに瞳を涙で濡らした慎の…


「慎?」


まるで他人事。自分がやっとることのはずやのに、驚きながら手を手首から首から離した。途端慎は俺に顔を背けながら大きくせき込んだ、何度も何度も。
ギシギシとベッドを軋ませながら止まることなくずっとずっと咳を繰り返す。構う暇もないんか唾液がシーツに染み込んでも止まることはなかった。そら、そうか。
いったいいつから首を絞めとったんやろう…躍動する背を見ながら思い返す。そもそも、どうしてこんな事をしてもうたのか…まるで壁一枚隔てて事の成り行きを見守っとったような感じすらしとった。
せやけど、生々しく俺の手に残された温もりと脈の鼓動。見守っとった奴にはこんなん残らん、やった人間やないと得られんものや。

思い返す、自分より幼く見える愛しい人の背を見ながら。
俺の部屋で、普通に、話して、勉強して、お菓子食べて、幸せやった、そのノリかな、あぁそうや、俺は、キス、した気が、しなくもない。

元々俺は慎が好きや、せやから完璧であろうと思ったんやった。男同士やけどそんなん関係なくなるくらい俺が完璧やったらええんやろ?って。
俺は完璧のつもりやった、成すこと全て最良の結果を残し誰にだって好かれて非の打ちどころなんて一個もなかったはずなんや。これなら一緒に居っても自慢できるやろ?性別とか関係なくなるやろ?
せやのに飛んできたのは拒否と汚れた言葉、そんなん言うところ一度も見たことあらへんかった。そんなんするところ一度も見たことあらへんかった。

此処まで頑張っても得られないものって、なんなん?


「ゲホッ…!」


咳の音、大きく響いたらそのあとは荒い息の音。ぜぇぜぇと止まない音は生きとる証、今も生き続けとる証。
あぁ生きとったんや、よかった。…そう思う、その裏。拒否する癖になんで生きとるの?って言葉が浮かび上がって肥大化する、肥大化、大きくなって膨らんで、その最後は破裂、する。小さな破片となったソイツは血流に乗って全身へ行きわたる…そのために体を動かせと。


「もうええわ。」


ぶくぶく、あぶくの音。心の中から聞こえてきた。
完璧になれなかった悲しい結末、せやけど今が終焉やない。ほんまの終焉はこれからやで。
俺から逃げるみたいに向けられた背中は俺が投げた言葉に一つ跳ねた。そして固い動きでこちらへと顔を向けた、苦しいからやない悲しいからやない、恐怖から歪んでしもうた顔は涙が溢れ頬が濡れとった。そんな顔、見たことあらへんかったな…ってちょっと優越感。
せや、俺は何も知らんかった。慎の見てないところいっぱいあったんやな。それやのにいきなりキスされても嬉しないか。

じゃ、慎のことを隅から隅まで知ればええんやろ?


「せやよな…俺はアホなことしてもうたわ。完璧やないとあかんねん、せやけど勉強や容姿や性格が完璧やったとしても大事な部分が抜けとったらあかんよな、慎のことに関して俺はまだ完璧やなかったんや。」


大きな声の独り言、誰か聞いてと独りよがりな独り言、覚悟してと遠まわしに伝える独り言。

完璧な時の俺ってきっと優しかったんやろうな、そういう風にしとったし。好かれるために必死で切り込んだこと出来ずにおった。それが仇となってしもうたんか、それのせいで俺は拒否されてもうたんか。自分のこと知らん人間のものになんかなりたないわ、そらそうや。
知らなあかんな、慎のこと。でもこない格好悪い姿を見られてもうた以上…逃がすわけには、いかんな。

もうすぐ夕刻、家で家族が帰っておいでと優しく腕を広げる時間。もしも帰してもうたら…首絞められたって報告してまうのかな。そうなったら警察とか来てまうのかな。そんで捕まって離れ離れになってまうのかな。あかんやん、そうなってもうたら知れないやん。絶対にあかん。

じゃーどないしようかな。


「なぁ、慎?」
「っ…し、しらい、」


ブレブレの芯のない声が心地よかった、そんな声も出せるんやな。どんどん見たことない姿を晒してくれる慎に最早受け入れられとるような、そんな幸福感。でもまだや、まだまーだ。

揺らめく瞳の奥に見えたんは俺の狂気に怯える心。その怯える心をへし折りたい、俺しか居らんのやって思わせるほど壊したい、俺と同じところまで落ちてくればええのに。
怯える心はどこから来るん?それは大好きな家族や友達に助けてとSOSしとるからなんか?もしもそうなんやったら…あぁやることは一つしかあらへんわ。

そっと掌を差し出した、首を絞めとった左手を。まだ慎の体温と脈の残り香を感じる左手を。


「さ、選んでええで?」


俺の手を取って自分の意志で一緒に居ること、それか、無理矢理一人にさせられて俺と一緒に居ること…どちらかを。


「…む、りやりって…」


がちがち、歯を鳴らしながら問うた慎に笑顔を向けてやる。それは完璧であると俺が信じとった時の完璧な笑顔。周りの人にたくさん振りまいた無慈悲なソレは、今ただ一人を圧迫するためだけに向けられる。
歯なんて鳴らへんほど戸惑いなく、舌なんか絡まんほど迷いなく俺は考えとることを包み隠すことなく吐き出す。きっと、えらく日常離れしとる、言葉。


「家族とか友達とか、慎に関わっとった人たち全てを殺すだけやで。」


さ、自分で選んでええんやで?

もう一度言えば、涙が一層溢れ出た。引き攣った嗚咽が響いた。震えた手が、俺に意志を伝える。

あぁ…良う考えたら。俺が慎のこと全てを知らんってことは…慎は俺のことを知らんってことや。じゃこれから死にそうになるほどいっぱい教えたろう。
殺しはしないで?絶対に。死ぬっちゅーことは生きることより楽で悲しい事なんやで?せやから生きて苦労して楽しい事、しような。




狂気なる世界に
愛は存在するのか?

(それが、狂気)




つかまえた。

そっと抱きしめた背中を撫でる、震え縮こまる背中を。
細い肩に顎を乗せながら俺は耳元で囁く、「愛してる」よりも重くて恐ろしい言葉「捕まえた」、そろそろり左手の包帯をほどき手首に一巻して縛る。そして反対側に、慎の右手首。

完璧やったとしても得られんもの、せやったら壊れてでも手に入れてみせる。


「これで一緒、やな。」


無意識に崩れた表情、それは誰にも見せたことない仄暗い壊れた笑顔。
ソレに対し慎は嫌そうに小さい声で「うん」と、返した。消え入りそうな声、惜しいからもっと大きな声で言ってほしい。ねだるように顔を覗き込めば、涙がパタタ、駆け落ちていく。

今は泣き続けとってええよ、そのうち、そうそのうち。
俺と同じくらい壊れる日が来るんやで、そうしたら嫌でも笑顔になれるから。


「慎、楽しみやな。」


絶対に手放さない、今度は完璧にしてみせるで。完璧に捕まえたるからな。


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セリフが少ないって?
その通り(吐血)

こういう独白っぽいの
大好きなんです。
いっそ白石の語り
オンリーでもいいかとすら
考えておりました。
書き直し6回目らしく
グダグダしました(´・ω・`)

アンケート第一位
白石蔵ノ介でした。
たくさんの投票、
本当にありがとうございました!

2015,07,10(書き直し含めると07.02くらい)


(  Season next)


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