白い言葉



自分に自信がない。自分なんか大嫌いだ。
そう思いだしたのは小学3年生…俺が白石蔵ノ介と言う人間に出会ってから。
アイツは何をしても目立つ奴だった。一言話すだけで、少し動くだけで、周りの人たちが白石の方を振り向くんだ。
そんな奴と俺の席はいつも近かった、クラス替えしても席替えしても必ず傍に白石がいた。何が楽しくて修学旅行のグループも一緒だったんだろう…まぁ俺がぼっちだったから白石が声をかけてくれたってだけなんだけど。

アイツはいつも目立ってスポットライトの下にいた、俺はいつも目立たないから舞台袖でぼんやりしていた。
白石相手に勝てるわけない…最初から勝負もしないで消極的な自分が、俺は嫌いだ。


「なぁ、慎。寝癖ぐらい直さなあかんで?」
「あー…明日。」
「明日には明日の寝癖があるやんけ、直したるから動かんどき。」


白石のせいで自分が嫌いになった、けれど俺と白石の関係は中学校に上がると少し変わった。
やっぱりクラス替えしても席替えしても傍にいる白石に、お互い笑っちゃう。俺はかなり苦しい笑いだけど白石は案外腹の底から笑っていた…何が可笑しいんだよ。
流石に一緒過ぎて良く話すようになった、一年生の時は同じ小学校を卒業した奴が少なかったから一緒につるんだ。それから普通の友達みたいに理由も用事もないのに一緒にいるようになってしまった。

三年生になった今じゃ、大嫌いな自分の容姿なんか気にしない俺の世話を色々してくれる存在になった。寝癖くらい放っておけよ、って思うけれど白石の性格上そうはいかない。
俺の寝癖を直すために持ち歩くようになったという櫛と水を入れた小さな霧吹きで、ぼさぼさだった俺の髪はせっせと手早く綺麗に整えられていく。
忍足の奴はこの光景を「サルのノミ取りやな」って言った、それ以来忍足とは口をきいていない。


「慎は格好ええんやからちゃんとせな。」
「イケメンにそれを言われても説得力ねぇんだよ。」


俺のことをからかいながらふんわりと温かそうな笑みを浮かべる白石は、昔よりも人の視線を独り占めするようになった。元々格好良い奴だったけれど、ここ最近はこの柔らかな笑顔をするようになって余計にだ。
相変わらずスポットライトを独り占めしている恐ろしい奴。やっぱり白石と一緒にいるのは嫌になる。

けれど…白石にされて嬉しいことがある、それは櫛を髪に通す前に手櫛をしてもらうこと。大まかに絡んでいるところを丁寧に解いてくれる…それがまるで撫でられているようで心地いい。
小さい頃に母親に褒められた時、「よくやったね」って撫でてもらえた時を思い出す…でも、それだけじゃない。なんていうか白石には褒められているっていう感じがない。
ま、だらしない寝癖を直してもらっている時に褒められている気がするーなんて馬鹿だよな。


(そう…俺は馬鹿だから勉強しか頑張れなかったんだよ。)


もうすぐ学校が終わる、高校生になる。
俺と白石、実は学校が別々だ。白石は有名スポーツ校に、俺は何とか進学校へ行くことが出来た。長かった腐れ縁もあと少しで終わるのだ、今度こそ完璧に終わる。
そうなるとこの寝癖を直してもらうっていうのも二度とないのかもしれない、進学校では今よりももう少し勉強を頑張ろうと思っている。自分が嫌いだから。
少しでも人より優れたところを見つけ出して自分を好きになるんだ、そのための進学なんだ。白石とも離れられるから好きになれる気がする。

だから、寂しくなんてない。


「慎、直ったで。」
「ん。」


寂しくなんかない。

白い粉いっぱいの黒板消しも午前の眠たくなる日差しも笑いに包まれる教室も落書きまみれの教科書も、長い長い廊下も変な匂いがする理科室もつまみ食いした家庭科室もおはようとまた明日をたくさん言った玄関も、全部。


「寝癖ついとっても可愛えけど、こっちの方が可愛えで。」
「お前の目玉って腐ってんだな。」
「ひどいわー。」


俺はいまだに自分が嫌い。だって目の前にいる白石が俺と言う存在のちっぽけさをこれでもかって教えてくれるから。
ソレに負けないくらい俺は何かを自慢できる奴になって、白石と同じスポットライトを浴びたい。隣に並んでいても違和感ない人間になりたい。完璧じゃなくてもいいから、自慢できることを一つだけ。

でも俺はこの間気付いてしまった。
白石と並んでも違和感ない人間になってどうするのか?ってこと。
ちなみにコレの答えはいまだ真っ白、理由も意味も何もかもちんぷんかんぷん。どんな言葉を並べてみてもしっくりこない、どういうわけか上手いこと納まってくれない。
つまりまだ学ぶべきことがあるってことだな、じゃやっぱり進学校へ行くのは正解なんだ。

俺は俺の知らないことを探しにいく、俺の良さとこの気持ちの答えを探しに。


「白石、今までありがとな。」
「…そんなん、寂しなるさかい言わんといてや。」
「へー寂しいんだ、意外。」
「当たり前やろ?慎は俺が居らんと何にも出来んからな。」


泣きそうに眉を八の字にして瞳を細めた、けれど笑顔の白石はそっと俺の頭を撫でた。それは母に撫でられた時とは違うものだった…優しくて優しくて、離れたくないって言っている気がした。
どうしてそんな風に感じたんだろう…それを表す言葉も、持っていなかった。




そして旅に出た
(遠くて近い宝探し)




中学校を卒業して早いもので3年経った、つまり俺は高校を卒業した。進路は大学、学校の先生になるために勉強を続けることにした。
ちなみに中学校卒業の際に見つけたいと思っていた言葉は見つかっていない、まだまだ旅は終わらない。

中学校の卒業式の日、白石は泣いていた。泣きながら俺の髪を撫でた。あの時と同じで何かを言いたげな掌に唇は動いたけれど声が出なかった、真っ白で見えない言葉だけしか上げられなかった。
その時白石も何か言いたそうだったけれど何も言わなかった。…だから俺は知ったんだ、白石も俺に対する言葉を見つけられていないんだって。スポットライトを浴び続ける奴にはそいつにしか分からない悩みがあったってわけだ。

それからは会わなかった、一回も。でもたまにメールとかしていた、テニスを続けているとか大学に行くだとか…。


「大学、ね。」


もうそろそろ家を出ないといけない時間だ。今日も寝癖をつけっぱなしの俺、それにお似合いの曲がったネクタイ。今日は大学の入学式だから自分でちゃんとすればいいのにな。でも良いんだ、これからはこれで良いんだ。
履きなれていない革靴を履いて家を出る前に、携帯を見る。昨日の夜に届いたメールはどことなく浮かれている感じが伝わってきた。


「白石の奴、もう待ってたりすんのかな。」


自分が嫌いだ、でも白石が俺と同じなんだって知った日からはほんの少しだけ好きになった…重さにすると5グラムくらいだけど。
嫌いになった理由も好きになった理由も、白石だ。高校じゃ1グラムも好きになれなかった。つまり今度こそ…高校でも見つけられなかった言葉を見つけられる、気がする。

なら白石と一緒にいよう、今度は自分から声をかけるようにしよう。


「白石ー、久しぶりー。」
「慎…って寝癖!入学式やのに寝癖て!」


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ねぐせ
びょーん


2015,03,13


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