忍足侑士
自分のものにしたい。
そう思うようになってから、ほんまもんの自分が見えるようになっとった。
自分のものにしたい。
触られたり触ったり、話しかけられたり話したり…あまつさえ、間接キスやなんてもってのほかやん。
ばい菌って知っとる?
体を蝕む危なくて悪い菌やで。
生きとる人間なら必ず体に持っとるもんで、触れて感染は当たり前やけど空気感染または同じ箸やフォークなんかを使っとっても唾液から感染するねんて。
言いたいことは分かったやろ?
「さ、始めよか。」
ぺろりと舌なめずりしたら保健室独特の薬品と包帯とベッドの匂いが舌にまとわりつく。美味いとは言い切れんその苦味、嫌いやないで。薬って取りすぎるとただの体を壊す爆弾になるねんで、俺の手にある液体もそのうちの一つやな。
専用の容器に入っとる透明な液体、いわゆる消毒液を持ちながらベッドに膝をついた。先客の脚を踏まんように気を付けながら。
「侑士…何の冗談?」
ネクタイどころか第一ボタンを飛ばされた先客、慎は切れた口の端が痛いんか顔を歪めながら俺に問いかける。ネクタイは、慎の腕を括る為に使わせてもろた、やって暴れるやろうしなぁ…そのせいで殴ってもうたし。あんま俺を怒らせんといてくれへんかな。
まぁそのこともあってか今は大人しゅうしとる。瞳はゆらゆら、陽炎のようやんな。動揺と恐怖から生まれる揺らめきは心拍数を表しとるみたいや。右へ左へ落ち着きないソレ、あぁええ心拍数やな。
それにしても…冗談やって。じょーだん。この状況が冗談、てその言葉自体が冗談とちゃうの?
そら今までの俺は大人しゅうしとったで?いろんな奴に抱き付かれても話しかけられても許してきたで?せやけどな許せへんことってこの世には必ずあるんやで?
ククッと喉奥で溢れた笑い声、あーおもろいわ。ほんまにおもろくって…吐き気。可愛えにも限度があるで。
ギシッ、鈍いパイプベッドの軋む音。消毒液を持っとらん手で慎の細い顎をつかみ上げる。滑々で白い肌と確かにある骨の形をなぞるように遊んでから顔を近づけて緩む口で教えたる。
「冗談でここまでする奴は居らんで、本気やで。今日、ペットボトルの回し飲みしとったやろ?慎は知らんかもしれんけどアレって菌が感染しやすいねん。」
例えば風邪の菌。あれは空気感染が一番の理由やろうけど、菌を吸い込む以外にも感染する方法がある。それは簡単なこっちゃ、菌が付着したものを口に入れる。
外に出て家に帰ってきたら手洗いうがい、これは外でくっついた菌を落とすため。ご飯を食べるとき手を使って食べるやろ?食べるときは口から食べるやろ?体内へ入れるために使用する箇所を綺麗にするだけで感染する可能性はグンと減るねん。
まぁとどのつまり何が言いたいかっちゅーと、今日の回し飲みやんな。確か新発売のジュースを数人と回し飲みしとった。
誰がどんな危ない菌持っとるのかもよう分からんのにそないな事されたら堪らんわ。ちゅーかその体内に俺以外の菌をいれとるやて?それこそ、何の冗談なん?
「べ…別に、女子とじゃないから普通だろ…潔癖症とかいなかったし…」
慎は「回し飲み」っちゅー行為が悪い事やとは思うとらんらしい。そんなことで問い詰めとるんか?と瞳の揺らめきを徐々に止めてきた、どうしてそんなことをって考えだしたら動揺しとる暇なんかないと…それはそれで苛苛させられてまうやん。
分かってへん。なんにも分かってへんな。
俺は苛苛する、俺すらも触れきっとらんこの体に誰かが触れるっちゅー事にも俺の知らんところで何時間も話したりしとるっちゅー事にも医者にも暴かれとらん体内に何処の誰かも知らん奴の菌が入り込んだっちゅー事にも。
綺麗にせな。
「回し飲みしたせいで、体内にばい菌が入ったんやで?」
「はぁ?風邪気味の奴なんかいなかったって…何なんだよ、お前。」
「体内から汚されとるんやで、今も。」
綺麗にせな。
「堪忍ならんわ…俺の慎が誰かに汚されるやなんて…。」
俺がちゃんと守ってやらんかったからこないな事になってもうたんや、可哀想に。菌は今どの辺や?口、喉、食道、胃…あぁはよせな追いつかなくなってまう。
顎を掴んどった指は唇、喉仏、鎖骨の間、胸の中心、肋骨の合間をなぞる、この辺に居るんか?俺も触れたことない場所に居るんか?臍にたどり着いてもうた指先はそこで道を失ったみたいに止める。回し飲みから二時間程度…この辺かもしれんな。
「ゆ、し…?」
こんな状況になって今更、せや今更やな。徐々に俺の異常さに気づいたらしい慎が小さい声で俺を呼んだ。せやな…そうやっていつも俺のことだけ見とればこんな事せんでもよかったんやけどなぁ…。
専用の容器に入れられとる、消毒液。家の病院から持ってきたエタノール。
人がエタノールを摂取すると中枢神経を抑制するせいで酔ってまう。消毒だけやったら体への影響はほぼ無い、せやけどアルコール濃度がごっつ高いから飲用してもうたら急性アルコール中毒になってまう。まぁ量にさえ気を付ければ大丈夫やろ。
それに、
「万が一生活に支障が出てもうたら、責任もって世話したるさかい安心しいや。」
そうなっても、俺にとっては万々歳やんな。
消毒液独特の匂い、蓋を開けただけでツンと鼻をつく。今からされることが怖いんか体を捩り逃げようとする慎、大人しゅうしとけばすぐに終わるっちゅーのに…ほんま往生際悪いで?
しゃーないから膝で肩を抑える、あんま乱暴したないねんで。大体こんな事するのは好きやからやで。その涙が浮かんできた瞳も強張る体も引き攣る喉もぜーんぶ愛しとるんやで。
せやから、な?口を開いて。悲鳴や暴言を吐き出すよりも大切なことがあるやろ?例えば俺の言うとおりに消毒される、とか。
「慎、あーん。」
俺の慎への愛は伝わったやろ?今度は慎が俺への愛を伝えてくれな、泣いてまうで?
しょうどく
(悪い菌も良い菌も)
ベッドのシーツが色を変えた、エタノールをその身に受けて色を変えた。そこから放たれる匂いは脳を揺さぶってくる、攻撃的でいい匂いとは言えないもの。
そんな寝心地が悪いベッドで横たわる少年は、どんな夢を見ているのだろうか。そしてそんな少年の髪を愛おしそうに撫でる彼はどんな思いでその手に保健室の備品を持つのだろうか。
備品は振ればチャポチャポと軽やかな音色、蓋を開ければベッドに染み込んだ物と同じ匂い。
「綺麗になったんやけど…俺の理想と、ちゃうねん。なぁ慎?」
綺麗に笑うその姿は誰が見たって幸せそう、体内に悪質な思いを歪んだ思いを幼い思いを隠しているとは誰も思わないし気づかない。彼の本当の顔を知っているのはベッドで眠る少年のみ、薄く呼吸を続け今にも消えてしまいそうな少年だけ。
起きてくれるだろうか、そんな不安抱いたことがなかった。彼が笑えば少年だって笑ってくれていたから。だから逆に起きるのが怖かった、起きてくれたら…きっと笑ってくれないだろうから。
ただ彼の幼いくせに博識な独占欲が生んだ惨劇、幕を引くのは彼自身しかいないのだろう。
丸い眼鏡のフレーム越し、眠る少年の顔を眺めた。起きてくれるなら全てを忘れていてほしい、起きないのなら自分も起きたくない。笑ってくれないのなら起きたくない、笑ってくれるのなら起きたい。
こんな我儘、初めてだ。
彼はベッドに横になり、透明な消毒液という毒を飲み込んだ。焼けていく思考、落ちていく意識、その奥底で少年の声が聞こえた気がした。いつも通りの優しい声で「侑士」と呼んでくれたような気が、した。
「…ゆう、し?」
次に目覚めるとき、何処にいるのだろう。誰といるのだろう。未来はどうなってしまうのだろう。
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フィクションですので
真似をしないように
お願いいたします…
当たり前ですが(笑)
触っちゃダメ!って
よくあるので、こだわりにこだわって
菌もダメ!にしてみました。
こまか。
あと死んでないので安心してください。
アンケート第3位
忍足侑士でした。
たくさんの投票
本当にありがとうございました!
2015,06,29
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