蝙蝠傘をたためば



朝は晴れていたんだ、けれど11時を回ったところから徐々に天気が悪くなってきた。せっかく洗濯したのに部屋干し決定。
せめて精市が仕事終わって帰る時には止んでいてくれればいいんだけど…と祈ってみたところで雨脚は徐々に強まり早まるばかりで。傘を持って行かなかった同棲相手を心配する…その傍ら、今日は仕事が休みで良かったなんて思ってしまっていたり。

その罰が当たったのか。俺の携帯に届いた一通のメールは「傘が売り切れていて帰れないから駅まで迎えに来て」だった。

安物のウインドブレーカーを身に着け、この家に一本しかない黒い蝙蝠傘を持って、スニーカーを履いて家を出た。やっぱり傘はもう一本ないと駄目だな…今度買おう。
如何せん俺と精市は同棲を初めて12日目、何かしろ毎日アレないコレないって騒ぐ日々。今日まで雨が降らなかったこともあって傘の重要性に気づいていなかった。
がっくり肩を落としつつもちゃんと水たまりをよけながら歩くこと5分程度、家から一番近い駅が見えてくる。
駅前にはコンビニもあるし少し歩けば学校もあるから人通りはそこそこ、でも今日は駅の前で迎えを待つ人ばかりでいつもよりも混んでいるように見える。年代は様々、サラリーマンも学生も。
その人ごみの中、藍色の髪を少しばかり濡らしているスーツ姿の目的の人は俺が見つけるよりも俺に気づいていたようで微笑んでいた。


「精市。」
「慎、ただいま。」
「…お、かえり。」


最後にぱしゃり、小さな水たまりを踏んだ。一度傘をたたんで精市の「ただいま」に戸惑いながら「おかえり」を口にする。
まだ慣れない、このやり取り。一緒に生活することになった精市と俺の間にはまだ新鮮さが漂う。
日が落ち冷えて来た空気、頬や鼻先が冷えていたはずなのに精市の言葉で少し眠っていた熱が呼び戻される。ソレに気づいたわけじゃない…はずなんだけどな、精市が小さく笑い声漏らした。その後フッと一息吐き出し肩をすくめてみせる。


「このあたり、傘が売り切れていてね。わざわざ休みなのにごめん。」
「大丈夫。ご飯作ってきたしお風呂もばっちり。」


ご飯は昼の間にカレーをいっぱい作ったし、お風呂も出る前に設定してきた。そう言えば「ありがとう」と傘を持っていた手を引かれ、傘の柄を奪われた。
バッと開かれた傘の下に潜り込んだ精市が俺の手を引く、一本しかない傘、必要としているのは俺と精市。
黒い蝙蝠傘の下は少し影が差し込んだかのよう、いつも以上に深い藍色へと髪色を変えている精市の微笑みは否定する気を溶かしていく。周りにいろんな人がいるのにな、どうしてなんだろう。
ぴちゃり、控えめに踏み込んだ一歩の着地地点は小さな水たまり、精市の肩に俺の肩がぶつかる距離。

俺はその微笑みをもっと傍で見たいって思ったから一緒に住もうと決意したんだ。


「帰ろうか。」
「…うん、帰ろう。」


「ただいま」も「おかえり」もまだ照れくさい12日目の今日は、初めて「帰ろう」と肩を並べて言った。
傘を持つ精市の掌に自分の掌を乗せてみれば、案外冷えている精市の掌が今の俺には心地いい。冷えていたはずの頬も鼻先も今じゃ暖かく、逆に迷惑なほどだ。
駅前の雑踏は徐々に遠ざかって、雨音ばかりが耳に降り注ぐ。ざぁざぁ、よりもパタパタ、さっきよりは弱くなってきたらしい。明日にはきっと晴れているはず。
晴れればいいのに、そう思う…心の底から。自転車には乗れないし洗濯物を干せないし体も冷えてしまうし。

そしてなにより、同棲相手のどうしようもない嘘に心臓が持ちそうにないから。


「精市。」
「なんだい?」
「駅の前にあるコンビニ、まだビニール傘余っていたよ。」
「フフッ、見ていたのか。」


うそつき。でもそんな精市が好きだ。

「可愛い嘘だろ?」とおどけて見せた精市はあくまで楽しそうだから、俺も負けじと楽しそうに言い返してやった。「可愛いわけないだろう」と。
パタパタ、雨の音に俺たちの足音。家までの五分程度の道のりはいつの間にか体を火照らせた。こんなこともありなのかも…とは思ったけれど、絶対に傘を買おうと心に誓う。だから、そう今だけなんだ。この蝙蝠傘の下で過ごす二人きりの時間は。
噛みしめるってわけじゃないけれど、そっと精市の肩に俺の肩をぶつけ直した。こんなにくっつくことなんて早々ないから「今だけ」という言葉に甘えておこう。
そして「ただいま」と「おかえり」よりも初々しい言葉を今一度。


「お腹空いた、帰ろう。」
「あぁ、帰ろう。」


一緒に生活し始めてから言いたい言葉がいっぱいできた、今までの生活で大事だと思わなかった言葉ですら宝物のように思えるようになった。

俺と精市の家に、帰ろう。




蝙蝠傘をたためば




「いやー綺麗に晴れた晴れた。」


カーテンを開ければ綺麗に晴れた天気にホッと一息。今日は俺も仕事だったから雨が降ったら困るところだったんだよね。
でも帰りに傘を買って帰らなきゃいけないんだよな、どういった傘を買ったらいいんだろう…唯一あるのが黒い蝙蝠傘だし、シンプルな奴がいいか。

まずは朝飯の準備をするか、と窓に背を向ければ新聞を取ってきた精市がソファに座って一面を見ながら、珍しくニヤッと笑った。


「慎、今日も午後から天気が崩れるって。」
「うっそだー!だって雲一つない…」
「新しい傘、買って帰るんだろう?」
「……」


俺の仕事先は駅の近くだ、精市の仕事先は駅から電車に乗って二駅先にある。仕事が終わる時間は俺のほうが遅い。


「今日も駅で待っているから。」


一緒に帰ろう、そう微笑んだ精市に体温は…上がらなかった。むしろ「またかよ」と体温が下がった気がする。まぁ…ソレも、ソレでいいか。つまりそういう生活なんだろ?俺と精市の生活っていうのはさ。
何も言わず、とりあえず精市に向かってため息吐き出しておいた。それが肯定の証。そんな我儘聞いてやるのは精市だけだよ。相合傘だって精市が言うからやるんだ………あぁもしかして、そうなのかもしれない。


(俺が欲張りになったなら、精市だって欲張りになっていてもおかしくないのか。)


言いたい言葉がある、宝物になった言葉がある。やりたいことがある、宝物になったことがある。一緒に生活するってそういうことなのかもしれない。
ソレに気づいたら、なんだか精市が可愛く見えてきた。いつもどおり格好いい綺麗な同棲相手なのに。


「俺の顔に何かついているかい?」
「んー?精市が可愛いと思っていただけ。」
「…慎?」


あ、余計な事言っちゃった。


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幸村さんは
バリバリなサラリーマンか
本屋さんのイメージしか
わきませんでした。なので
今回はサラリーマンで。

白雨様、
こんな感じで大丈夫でしょうか?
なにかありましたら気軽に言ってください、
喜んで直しますので!

リクエスト
本当にありがとうございました!


2015,10,16


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