出て、行く



ずっと飲み続けている冷えた苦いコーヒーは俺の血液、パソコンのせいで慢性的に起こる頭痛は心拍数、寝不足ゆえ目の下にできたクマは爪。数日ぶりに訪れた喫煙スペースつきの休憩所は安心できるセーフティルーム。


「ひっでぇ顔。」
「うっさいなぁ…。」


昔よりもいい男になった亮がコーヒー飲みながら笑った。細められた瞳の健康的な輝き、俺にはない眩しい光りだ。これが会社1モテる奴の輝きかよ。そんな奴の隣に座る俺が可哀想だ。

この宍戸亮とは20年来の仲…幼馴染である。まぁそれと同時に何度となくハグしたりキスしたりしてきた、いわゆるそういう仲でも…いや俺はあくまでも否定的だけど。
でも亮と一緒にいると楽なのは確か。肩の力どころか全身の力抜いて何でも話し合えるし、むしろ何も言わなくても分かってもらえるから。
だからか、数十分前に亮は課が違うのに俺のところに来て「昼飯行くぞ」と声をかけてきた。おかげで命がつながったよ。

今だってこんな顔の俺を見てどれだけ仕事が山積みなのか分かってもらえただろう。後輩のミスを全部直してお得意先に頭下げて自分の仕事と戦う俺の苦労が…。てかこうやって亮と話す時間も惜しいくらいだ、今すぐデスクへ戻らなくてはやばい。


「冗談抜きでマジやばい。今日も家に帰れない。」
「『も』ってなんだよ、お前昨日も?」
「いや、一昨日泊まって昨日帰った。そして今日泊まる予定。」


幸い明日は会社休みじゃん…誰もいない社内ってすっごく集中して仕事できるんだ…。そう自分で言いながら軽く泣ける。
亮の課と違って人に余裕がないうちの課、幼馴染でもこの差だ。亮が顔を顰めて俺を見てくるのが耐え難い、ボロボロだからこれ以上見ないでくれ。
家に帰りたいさ、帰りたいけど仕事は待ってくれないし自分以外にやれる人がいないのだ。ならばやるしかないじゃないか…という発想がまさに日本人ってやつ。

ため息を深く長く吐き出して、ぬるくなってきたコーヒーに口付けた。久々に冷たくないコーヒー飲んだ気がする。あぁ…自販機がくれる温もりが幸せ。


「そんなわけだから亮ともまだしばらく会えないから。」


数か月前の余裕ある生活が恋しいと思うさ、亮と買い物行ったりお互いの家に飯食いに行ったりしていたあの頃が。
軽く見積もってもあと1週間はこのままだ、どこかの野良猫が手を貸してくれるなら話は別だけど。あり得ない事考えて、現実へ戻るために腕時計を見る。もう昼休みが終わる時間、戻らなくちゃな、と残っていたコーヒーを飲みほした。
そしてぐしゃりと潰した紙コップ、これが一時の安息終了の合図。さて地獄へ戻ろうか…立ち上がって小さくなった紙コップをゴミ箱へ捨て、一度亮の方を振り返ってみれば、


「それで諦める俺じゃねーよ。」
「…そう言われても。」


気に入らない、と唇を尖らせた顔を向けられた。
元々俺たちの関係って自由に見えてそうでもない、俺はそこまで思っていないけれど亮はなんだかんだで俺を大切にしてくれている。それが幼馴染の枠に収まらない領域にまで行ってしまっているのを知っている、気づいている。
でも口にしたことがないんだ、「好き」とか「愛している」とか。同じ会社にいるからかもしれないけれど…何かを怖がっている自分たちがいるんだ。
俺はこのままでいいと思っている、お互いを大事にしあう幼馴染のままで。

でも、亮は超えたいのかもしれない。


「慎。」


立ち上がった亮が中身が残ったままのコーヒーをゴミ箱へ捨てた、もったいないと思いながら目の前に立った背の高い亮から視線は外れず。
どうして亮が悔しそうな顔をするんだろう、俺のことなのにな。コーヒーがいなくなって自由になった亮の手が俺の目の下を撫でる、爪のように剥がれにくい、取れにくいクマを。
目頭あたりから目尻まで、ゆっくりと撫でられる。消えろ消えろと願っているような指先に、パソコンの前にいないのに頭痛が奥からジワリジワリやってきた。
ヤバい、此処は会社の休憩所なのに。亮が言いたいことも望んでいることも知っているから頭痛は強くなる、心拍数は激しくなる。


「俺も残る。」
「何言ってんだよ。お前は、」
「慎。」


目の下を撫でていた指先はゆっくり降りて、俺の顎を掴みあげる。テニスしていた名残を見せる指の力に逆らえた試しがない。
冷たいコーヒーでできているはずの俺の血液が熱くなるのを感じた、体中巡る血が煮えたぎったようだ。血すら亮によって温度が変えられる、亮のせいで。


「お前のためになってやるって言ってんだよ。」
「そういう言い方…。」
「断るな、ここで断られると俺が激ダサだから。」


反論してやりたいけれど言葉を遮ったのは亮の唇、舌。逆らう気を根絶やしにしてやろうと思ってか長く長く続いたソレの合間に零れるコーヒーの苦みを含んだ吐息からも溢れ零れ落ちそうな唾液からも、伝わってしまう。
背に回された手が優しいだけに余計に伝わる…もう、目を瞑り続けることはできないのか?


「慎、」


後に続いた言葉、それが招待状。自分の世界から亮の世界へと繋ぐ招待状。受け止めるべきか拒否するべきかは自分次第。今まで通りかそれとも。




i go out of my world
goes to your world




「おら、差し入れ。」
「なんで私服?」
「いったん家帰った。」


結局、数時間前と変わらず酷い頭痛と眠気と戦う俺の目の前に現れた亮は何一つ変わらない態度で俺に弁当屋の袋を差し出した。袋から漂う良い匂い、そういえばもう11時じゃん腹減った。

亮は俺のデスクの隣から椅子を一つ拝借して座り、散乱している書類を手に取り整理整頓していく。全然気づかなかったけど、デスクの上がパソコンと紙しかないんですけど。飯食えない。まぁそのために亮が片付けしてくれているんだけど…。
そうしてできた空間に袋を着地させ中身を確認。お、炭火焼鳥弁当…うまそう。
よだれ出そうな俺がウハウハさせながら弁当のふたを取る、そんなどうしようもない光景に顔を緩ませた亮が「がっつくんじゃねーぞ」と忠告をくれる。
頷き返して割り箸を手にした俺に、亮はパソコンを自分の正面へ向けキーボードに手を掛けた。


「コレ、やっとけばいいんだろ?」
「…はい。お願いします。」


もうここまでくれば課が違うとか気にしない!亮の助けを受けるべきだ、じゃなきゃ俺死ぬと思うし!今日だって弁当なかったら飯抜くところだった。

カタカタカタ、とキーボードを叩いていく亮の横顔は昔見たよりもずっとずっと格好良かった、なんていうか過去最高級。それがどういう意味か分かっていながら、一度抱いた感想を撤回することも出来ず。
もう、逃げられないのなら立ち向かうしかないんだよ。仕事と同じさ、自分しかいないのなら何とかしなきゃいけないのは自分だ。


「亮。」
「あ?」


亮が俺が良いと望んだのなら、俺は立ち向かう。逃げも隠れもしないで正面から立ち向かおう。


「昼のせいで俺も好きになったって言ったらどうする?」
「とりあえず慎を俺の課に異動させる。」
「それは困る。」


飲み続けている冷えた苦いコーヒーは俺の血液、パソコンのせいで慢性的に起こる頭痛は心拍数、寝不足ゆえ目の下にできたクマは爪。喫煙スペースつきの休憩所は俺と亮の秘密の場所。
20年かけて作り上げる恋ってなんなんだろうな、俺にはまだ半分くらいしか分かっていない。ここから亮が教えてくれるんだろう。遊びじゃないハグを、戯れじゃないキスを。この年になって今更…だけど、亮だからいいんだ。


(もしかして、亮じゃなきゃダメなのかな。)


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社会人パロって
どきどきどきどき
いたします。
宍戸さんが
格好良くて
面倒見のいい感じに
見えていれば…

鈴子さま!
こんな社会人パロで
大丈夫でしたでしょうか?(´`)
甘いような苦いような…
曖昧な感じが…(汗)

何かありましたら
何でも言ってください!
ぜひ直させていただきますので!

リクエストありがとうございました!


2014,10,10


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