魚心あれば



「千歳には困ったもんやな。」
「困ったっちゅー以前の話しやろ。学校に来ないんやから何とも言えんやん。」


ガヤガヤと騒がしい空気の中で食べる弁当はさして好きではないが、お腹が空いているので食べるしかない。
曖昧な思考の俺と一緒に弁当を食べるテニス部の2人はなにかあったらしく珍しい事に愚痴らしきものを零した。ハァっと吐き出された白石の溜め息、呆れたように口をへの字に曲げた忍足。なぜそんな顔をするのだろう。


「ちとせって、誰それ。」


俺の友人である2人は癖者揃いの四天宝寺中学校の中でもかなり個性的な部類に入る。溜め息を吐く側ではない、寧ろ吐かれる側。
しかしそんな2人を困らせるとんでもない奴がいるらしい…俺は知らないと首を傾げ尋ねた。
すると「お?」と変な顔した白石が俺をじーっと見てきたし、「あれ?」と忍足には首を傾げ返された。


「なんや、慎はまだ千歳に会ったことないんか?」
「ない。どんな奴?」


パックの牛乳を手に2人を見れば、何処まで話してやろうかと2人は顔を見合わせた。その噂の千歳ってやつ、どうやら良くない事をしているらしい。
俺が半分入っていた牛乳を飲みながら待つこと暫し、パックの中が空になった頃やっと話すべき事を纏めたのか、忍足が面倒くさそうに箸を弁当箱の横に置いてから口を開いた。


「まず基本学校には来ないんや。せやから慎は会う機会がなかったっちゅーこっちゃな。」
「テニスはごっつ上手いねん。まぁテニス部にも全然顔を出さんけど…。」
「あと、九州のどっかから転校してきたんやで。」
「熊本やなかったか?この辺じゃ聞かん感じで訛っとんねん。で、背は高い。髪は黒でちょお癖っ毛やな。悪い奴やないで、ええ奴やねん。マイペースすぎるのがなぁ…。」


一度開いた千歳って言う奴の情報は止まることなく。ダダーッと流れてきた情報を耳にしただけでは浮かばないイメージ。
学校に来ない、テニスは上手いが部活にはでない、九州熊本からやってきた、背が高い、黒の癖っ毛、いい奴、マイペース…総括するに掴みどころのない人なんだろう。
確かに今聞いた情報を元に、今まで過ごした学校生活で見かけたり関わった生徒に該当する奴はいない。やっぱり会った事がないんだ。

まぁ学校に来ていないのならしょうがないのだろう…だけれど、2人を困らせるほどの人に興味が沸いた。俺を振りまわす2人を困らせる凄い奴。


「会ってみたいな。」
「…会えるとええなぁ。」
「俺達でも会えたらラッキーっちゅーレベルやで。」


空になった牛乳パックを潰しながら素直な感想を述べれば、苦笑いしか返されず。同じ部活の仲間がこういうのだから相当な確率なんだろう。


きっとそのうち会えるはず、そう思ったのは暑い夏が来る前だった。


今はもう、夏も過ぎ去り色付いた葉もはらはらと落ちゆく秋。
あの日の思いはない事はない、が、この数カ月の間会えずで居るのだ…きっとこの学校生活中には会えないという確率が上回っているに違いない。
たまに白石達から「昨日は来てたで」とか出没情報を貰いはしたが、だいたい後日談。連日来るということは非常に珍しいらしい。


運悪く、今日の俺は委員会の居残り作業を任されてしまった。やっと作業を終え帰り支度を済ませ玄関へ向かおうという今に至る頃には17時を回ってしまっていた。
流石に部活も終わっているだろう、誰もいない廊下を歩きながらもうすぐ終わる中学校生活に思いを馳せてみたりするが心残りが引っ掛かる。

それは勿論、幽霊生徒の千歳千里のこと。
会えないなら知らない方が良かったかも。玄関へ続く一本の廊下を歩き進めるなか、疲れからなのか会えないという事実からなのかあふれ出たため息。


「あ、溜め息。」


掴めもしない姿もないソレを、見ず知らずの誰かに指差されるとは想像できただろうか。
玄関の靴棚の前、これから帰るらしい背の高い生徒一人。キリッと整っている顔立ちに一瞬、息を飲みこんでしまった。

この時間まで居ても堂々と振る舞っているその風貌的に三年生だろう。しかし見たことがない顔に首を傾げてみせれば、相手はそうでもないらしく「ははっ」と笑いながら俺の方へ歩み寄ってきた。
黒の癖っ毛は玄関の硝子戸から通る夕陽を受け言葉に出来ないほどの煌めきを発し、色の濃い肌も何処か大人びた切なさあふれる雰囲気を作り上げて。しかし笑顔は無邪気さに溢れていて。


「こげな時間までなんばしよったと?」


そして聞いた事のない言葉づかい。
俺は蝉が鳴く前の、友人二人との会話を思い返した。

学校に来ない、テニスは上手いが部活にはでない、九州熊本からやってきた、背が高い、黒の癖っ毛、いい奴、マイペース。
ニカッと笑うその笑顔は彼の人の良さが滲みでたもの。確信しよう、コイツこそが千歳千里なのだと。


「お…お前、もしかして、」


人様を指さしてはいけませんと母の声が頭の中に響いたが、そんなのもう構ってられるか。右の人差し指をソイツへ向けそうだろうと名前を発しようとした、その時だった。


「あ。」
「は、」


突然言葉を切ってきたので俺も言葉を控えてやれば…距離を縮めた彼の左手が、俺の指さす右腕を捕まえた。

急な行動に、俺の思考などついて行く事が出来なくなってしまった。まるで映画のワンシーンの様な光景に勝手な行動を取ることを遠慮してしまうほど。ただ靴箱がたくさん並ぶ玄関へ彼が足を進めるものだから俺は腕を控える形でその後をついて行く。

夕陽が煌めく方へ進めば、眩しさに瞳を細めて。そのまま歩き進め、靴を変えずに床から下りた。落ち葉や砂が落ちているコンクリートの地面をなぜか歩いて、靴だなの横で彼はやっと立ち止まった。
そこは玄関の正面、外からなら俺達が丸見えになるのだが、校舎内…さっき俺達がいた廊下からなら死角となる場所。

どうしてそんな所に…千歳千里を見上げれば、まだその棚による死角の位置に入っていない俺へ口元に人さし指をよせ囁いた。


「しー…我慢、ばい。」


まだ捕まったままの右腕をグイッと引かれれば、俺も死角の世界へ入り込んだ。ただそこは、千歳千里の腕の中という世界でもあった。
会って五分も経っていないのに、俺は噂の幽霊の温もりの中へ閉じ込められた。理解しきれない目まぐるしい展開に体が強張った。何故、こんなことに…


「千歳のやつ…ほんま逃げ足が早いやっちゃ…!」


パニックを起こす脳内が拾いあげた声は、廊下から。聞きなれた声の主はオサムちゃんだった。テニス部の顧問でもあるオサムちゃん…もしかしてもなく、ずっと部活に顔を出さなかっただろう千歳千里を探していたんだ。

そうとなれば、やっと分かる今の現状。逃げた千歳千里に、追いかけるオサムちゃん、千歳千里を目撃した俺。


「巻き込んですまんばいね。」


証言者を腕の中へしまい込んだ彼は、やはり無邪気に笑いながら小声で謝った。
顔を上げれば頭一個ほどの身長差にまた溜め息が出てきそう…本当に背が高い、俺の額が彼の鎖骨に当たるほどに。

オサムちゃんの愚痴と足音が遠くへ行くのを聞き、俺の背へ回っていた手と俺の右腕を掴んでいた手は離れて。
咄嗟とは言え、抱きしめたり腕をつかんだり…知らない奴にするにしては行き過ぎた行為。それは誰にでもできるのだろうか。そうならば相当天然だと思う。

やっと生まれた俺達の間の距離に、どこか寂しさと孤独感を感じたのは、


「ばってん、あんたでラッキーだったばい。」
「…それはコッチのセリフだ。」
「ん?」


嬉しいからじゃない。ラッキーだからじゃない。今の今までずっと会いたかった、それは興味がわいたから。

ただ、今日からは違う意味で会いたくなるだろう。
結局は卒業までの心残りが生まれたってわけかよ、あぁアンラッキー。


「なぁ、滅多に学校へ来ないのってなんで?」
「…急になんね?」


一緒に居たいと思うのは罪でしょうか?




魚心あれば




寒くなった秋の今日。俺は屋上で落ち葉がはらはら落ちていくのを眺めつつ、肩を貸したデカイ猫の手の上に自分の手を乗せてみた。背だけじゃなくて手も大きいとか本当に嫌になる。

学校に来たくないなら、来た時は俺に会いに来てほしいんだ。

俺の思いも知らないで頷いた千歳の優しさに救われながら、週に一度は顔を出してくれる千歳に甘える。


「本当、格好悪いよな。」


眠る彼の隣で満足出来るなんてな。


「あーぁ、とんでもない奴に惚れちゃったよ。」


どうせなら本物の猫の方が可愛かったし楽だったに違いないさ。


「そぎゃんこつば言う慎もとんでもなかよ。」
「……寝たふりとか、お前、」
「ははっ、むぞらしかよ。」


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長めになってしまい、申し訳ございません!
なんとか千歳との絡みが多くなってほしいなと
思いながら書いたので、こんな感じに…。

もっと振りまわした方が良かったですかね…
これまた白石同様、暴れたら永遠に書いていられそうで…(笑)

遥様、もしも何かありましたら申して下さい!喜んで直します!

本当に素敵なリクエストありがとうございました!


2013,11,29


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