忘れ物推奨委員会



今年に入って二回目の席替えに盛り上がるクラスメイトの中、自分が引いたクジに内心喜んだ。


「端か。」


中心の列だったが窓側の席…なかなか良い席を取れたものだと荷物をまとめる。
右隣りと前後が気になる、全員が引き終えたクジの行方に柄にもなく好奇心が沸いた。数カ月の間、共に勉学を隣で学ぶのだから静かな奴なら良いのだが…。
担任に新しい席に移動しろと言われガヤガヤと動き出すクラスメイトの波にのまれぬ様、新しい自分の席に着いてまずは窓の外を見やれば…うむ、なかなかの眺めだ。これなら飽きずに数カ月やっていけるだろう。


そう新しい席の居心地を確かめていると、ガタリ、と右隣から椅子の音。

隣が来たのだ…しかし、先にいる俺に挨拶も無しにさっそく席に着くとはたるんどる、一体誰なのだ。
別に説教をするわけではないのだが、若干ムッと来ていた俺は勢いよく振り返った。挨拶は大事なものだ、決して怠ってはならぬ。


ただその意気込みや悲しく、新しい隣人にその言葉を向けられなかった。


「…」
「…」


確かに視線はあった、のだが。
俺は何も言えなかった、「よろしく」も「たるんどる」も…どんな一言も生まれてこなかった。
そして視界は何故か暗くなった、そこから先を拒むかの様に。何故、俺は今この時を生きているというのに…



――ゴスッ



「ぐ…。」


葛藤していれば急に視界が明るくなった、ただ腹にとんでもない痛みがやってきた。
歯を噛みしめつつ自分の腹を見れば、見慣れたリストバンドを着けた細目の腕。


「俺の話しを聞かないなんて、良い度胸だな真田。」


上機嫌にも聞こえる声のトーンは、長年の付き合いから不機嫌によるものだと分かる。
幸村を怒らせた、そうだ今は練習中なのだったと思いだせば先ほどまで鮮明に描いていたものが記憶によるものだとは思えなかった。ハッキリとくっきりと、今まさにその場にいると思えるほどの明晰なもので。

しかしそれよりも今は目の前で笑顔を浮かべる幸村を何とかした方が良いかもしれない。


「…幸村よ、なにも腹を殴らんでも…」
「何回か名前を呼んだんだけど返事がなかったから、つい。」
「つい…。」


つい、で腹を殴るのを許されるのか…いや、自分もカッとなると部員の頬を殴ってしまうから同じなのかもしれんが…。

だがそれは言わずに「すまない」とだけ言い頭を下げておく。ヘタに幸村を怒らせては良い事がない。ソレは柳にも言われたことだ、不機嫌な幸村ほど触らぬ神にたたりなし…か。
一番怖い友人と部長副部長をしている、と言うもの恐ろしいものだ…そう思う俺の思考を見抜いたか知らぬが「もう一発いるかい?」と言ってくるのだからもう一度謝っておこう。


「本当にすまない。」
「で?なんでボーっとしているんだい?」
「ぬ…」


副部長ともあろうものが練習中に物思いにふけ、部長に腹を殴られるなどありえん…しかしソレを俺はしてしまった、殴られても当然かもしれんがだ…その理由は…。

口を結んだ俺へ呆れたと言いたげに肩に掛けているジャージを掛け直しながら俺の嘘を見抜いてやろう、と刺さるその視線の強さ。嘘は通用しない、言おうとも見抜かれる、八方塞がりとはこのことか。

ならば、素直に言うしかないだろう。フッと肩の力を抜き帽子をかぶり直した。


「席替えをしたんだが…」
「へぇ。」
「隣の席になった奴のことが、思い出せないんだ。」
「更年期かい?」
「…お前と同い年だ。」


幸村が笑いながら「多分ね」と言うから冷や汗があふれ出た。幸村よ…冗談なら冗談らしく言ってくれ、本気のトーンで言わないでくれ。

あっさり蹴られた俺の悩みを改めて今度は詳しく説明する。
俺の隣の席になったのは天城というらしい、柳生に聞いた。名前を聞いて「そういえばそんな奴もいたか」と思ったのだが…。
よくよく思い返せば、俺は天城とこの三年間同じクラスだったはずなのだ、が…なにも思い出せない、話した記憶も授業や行事で行動を共にした記憶が一切ないのだ。
三年も一緒なのに…何一つ天城の事が分からない。今更「はじめまして」など言う事も出来ず、どうして良いのか分からないまま席替えをしてから3日が過ぎてしまった。


「へー…つまり、改めて話すきっかけが欲しいってことかい?」
「まぁそうなる…記憶していない自分が不甲斐ない。」


他校のレギュラーの名前を記憶している暇があるのなら、クラスメイトの名前を覚えておくべきではないのか。そう落胆したのだ。
ほんの些細な出来事なのかもしれんが、俺は本当に三年間接点を持たなかったことへの驚きと、この3日で知った天城が頭から離れないのだ。


「どうも気になって授業にも練習にも集中できんのだ。」
「気になってるのか?」
「うむ。」


話しがしたい、今さらなのかもしれんが接点が欲しい。俺はそう思いつつ何か話すことはないか必死に考えつづけていたが、何も思いつかず今に至っている。
こういう時…自分も自覚しているほどの真面目さが邪魔をするのだ。用事もないのに何かを話すなど時間の無駄になってしまうのだと。

はぁ、と短い溜め息を出す俺とは裏腹に目の前にいる幸村の楽しそうな顔に頭が痛くなる。幸村に話したのは間違いなのかもしれない、こういうのはもっと…


「真田、良い事を思いついた。」
「…いいこと?」


満面の笑み。ソレが意味するものは恐ろしいこと、と考えていた俺は幸村の提案に目からうろこが出た気がした。


翌日。



「…」


挨拶も何も話さない隣人がのそりのそり、次の授業の準備を進める。
俺はソレを横目で見ながら、鞄の中に入っている物を全て出して教科書を探す「フリ」をしていた。机の中も全て出して首を傾げる「フリ」を。
こんなことした事がない…教科書など一度も忘れたことがない…上手くやれるわけもない。しかし…コレで天城に話しかけるきっかけが出来るのだ、そう思えば何とか上手くやってやりたいと思っていた。

確かに教科書を忘れた、という様を誰に見せるでもなく演じたわけだが…これでいいのだろうか。あとは、幸村に言えと言われた事を言うだけ。

自然で、それでいて確かにきっかけとなるだろう言葉。


「…天城。」


名前を初めて本人を呼ぶためだけに発した。ただそれだけなのに、なぜこんなにも緊張するのだろうか。
ゆっくりとこちらを見てくれる天城は、嬉しいことに嫌な顔をしてはおらず…寧ろ驚いた様で俺をジッと見て要件を待ってくれた。


「その…教科書を忘れたんだ、見せてもらえないか…?」




忘れ物推奨委員会




ガタリ、と大きめな音が教室の雑踏に紛れた。
両方から寄せられ隙間を無くした机同士の間に置かれた教科書など、もうどうでもよくなっていた。


「すまない。」
「これくらい、気にしない。」


近づいた天城との距離に、無意識なのだが次から次へと言葉があふれ出てきた。これが幸村が言っていたきっかけなのだ。あの言葉があったから生まれる言葉たち。
本当は話したい事がたくさんあった、それが何かによって防ぎ止められていて生まれることが出来なくて…俺はそれで、ずっと苦しかった。

苦しくて、どんな時も天城の事を考えていた。


「忘れ物は今日だけにする。」
「凄いな。」
「そうか?」
「うん、俺、忘れ物常習犯だから。」


忘れ物したら真田を頼るから。


何とも不真面目な宣言だというのに…俺は喜び笑って頷いてしまっていた。



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からみ少ない長いきゃー。

スイマセン、幸村さんが出しゃばっちゃって…。
本当は此処に柳も参戦させようか悩んで
「ぜったい書けない」と気付きやめました…。

惚れてるぜ!っていう表現がないんですが、ちゃんと真田さんは心奪われてます…これでも。
ただ真田さんなんで気付いていないだけです。
幸村とか他の部員は「え、惚れてますよねにやにや」ってなってます!

黒糖さま!なにかありましたら何でもおっしゃってください!
喜んで直しますので!
フリリク本当にありがとうございました!


ここだけの話し、

同じクラスの柳生さんは幸村に「どうなったか全部教えて」とか脅されて成長見守り係になってます(笑)


2013,10,14


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