愛している



パーカーに少しだぼだぼのデニムを着て、俺はさっきまで着ていた服をゴミ箱へ入れて部屋を出た。今まで御苦労さま、そう労わりの言葉を服へ言って。

音が鳴る様になった部屋の扉を閉めて廊下を抜け階段を下りようとしたら、一番下の段に蔵が座っていてこちらを見上げていた。


「終わったん?」
「…リビング行けっていったじゃん。」
「いやなぁ…考えたらここの家族やないのに我がもの顔しすぎとったから反省して待っとった。」


今更だな…と小さい声で呟けば「無かったことにしといてな!」と両手を合わせ頭を下げられる。
あぁ…なんかこういう会話も久々だなと懐かしさに俺も小さく笑い蔵の横を通りぬけリビングへ。どうやら此処には本当に踏み入れていないらしく、床に積もった埃で足跡ができるほどだった。
まずは窓という窓を開ける所から始め、一応キッチンで水やガスが機能していないのを確認して肩を落とした。


「…やっぱ、駄目か。」


そういう所で働いていた人が一人でも生きていれば稼働してくれそうだ、つまり働いている人は1人もいないという事が分かる。
隠せない溜め息を口から出しつつリビングへ戻れば、蔵がTシャツで口元を隠しながらソファに積もった埃を掃ってくれていた。ブワッと舞い上がる埃に鼻がむずむずする。


「あかんなぁ、キリがないで。」
「そこそこでいいよ。」


チェアがあるけれどダイニングテーブルの方に腰掛けて俺もパーカーで口元を押さえながら先ほどの意味が分からない地図と文字が書かれている紙を蔵の後頭部へ投げつけた。


「ん?」
「いいから、それの話ししようぜ。」


きっと此処の掃除を始めたら一日時間を掛けても終わらないだろうし。そうつきたしながら言えば蔵は肩をすくめ「せやな」と肯定の言葉を呟きダイニングチェアに座った。

広げられたクルクルと癖のついた紙を隣から覗き込み見ても、やっぱり文字は分からない。分かるのは地図に書かれている大陸が日本に似ているということくらい。北は北海道から南は沖縄まで、細かい所まで似ている。
蔵はその中の一点を指差した、傷のない綺麗な指先が触れたのは関西…それも修学旅行で行ったことのある大阪だった。


「此処な、俺は此処から来たんや。」
「お前やっぱただの関西人かよ。」
「ちゃうちゃう。」


その否定の言葉が関西弁だ、と言いかけた俺の言葉を遮って蔵は言い切った。


「大阪の、地下や。」
「…ちか?」
「せや。この地図はなぁ、俺達妖精が住む地下の地図やねん。」


蔵は妖精についてまず話し始めた。

妖精はたくさんいるらしい、それは蔵のようにパッと見なら人類と同じ姿をしているらしいが耳がとがっているのがまず第一の違いらしい。
そして不思議な力、蔵曰く妖精パワー(凄くダサいと思う)が使えるのも違いだとか。その力は魔法だと思ってくれて構わないとか。その力を使ってコンビニのコピー機を動かしたらしい、電気か?

そしてもう1つ。


「俺達はな、動物や水や木…それから地球と会話できんねん。」


だから妖精たちは知っていたらしい…人類の終わりを。

ただソレを今の今まで黙りなにもしなかったのは、そんなことを言うために地上へ出たって人類は信じてくれない、という地球からの言葉があったからだそうだ。そして人類の妖精への好奇心が大きくなって妖精自体がいなくなってしまう可能性があるからと忠告されたかららしい。


「ほんまはな…俺達は人間大好きやで。助けたかった、いっぱいいっぱい悩んだ。せやけどそれをせんかったのは…俺達も生きるので精いっぱいやからや。」


人類を切り捨て自分達を守る。ソレはきっと当たり前の考えなんだろう…と、やるせない気持ちの中で泣きながら聞いた。
消える運命だった人類の今までの行いは自然に優しいものだとは言えない。
それでも妖精の蔵は人間が好きだと言ってくれた。なんだか最後の人類として黙って聞いてると勝手に涙が溢れ零れた。


「それが…正しいんだよ。」
「…地球は人類の事、愛しとるよ。せやからこの世界に人類が居ったんや。」


蔵の右手が俺の頬を伝う涙を拭って、包帯を巻いている左手は優しく髪を撫で上げた。
老人に感じた他人の温もりに、また涙が溢れでてくる。二度と触れることが叶わないと思っていた温もり。
まだ話しの続きがあるのに泣いてどうするだと、俺は袖で顔を拭って蔵に先の話しを促した。ズビッと鼻を鳴らしながら言えば笑われる。


「で、その紙にはなんて書いてあるんだよ。」
「コレ?あぁ…最後の人類について書いてあるんやけど。」
「…最後の人類、」


俺のこと?首を傾げる仕草でそう聞けば、うーんと何故か数秒悩んだ後、蔵は言いたくなさそうに小さな声をだした。


「あんな…最後の人類は俺達妖精にとっての神様的ポジションになるらしいねん、それは妖精の祖先がそう書き遺しただけ…やと思っとったら、地球がソレ本当やでーって言うてな…せやから迎えに来たんや。」


涙どころか鼻水も何処かへぶっ飛ぶくらいのとんでもない発言に、思わず蔵の襟ぐり掴んでいた。


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2013,09,20


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