嫉妬?しとりますわ。
「光、マジやで。」
朝の衝撃的な事件。
結局あの後、謙也が俺の手を引いて朝連を忘れたかのように教室まで走った。たまたま先生に見つからなかったから良かったものの…それにしても浪速のスピードスターは早すぎる。正直何度も転びかけた。本当に。
只今は昼休み開始5分程度。いつも通り謙也と蔵の輪に入れてもらいクラスメートの椅子を借り、蔵の机を中心に各々の弁当を開け始めた所。
蓋を開けた所で蔵はニヤニヤと絞まりのない顔で俺に言う。光、あの問題発言の後輩。でも俺は話したことが無いので軽々しく光とは呼べないな。
「マジって…財前君のあの?」
「せや。光に話し聞いてきたで。」
蔵は俺と財前君に接点がない事を朝の自己紹介から察したらしく、どこでどう言う理由であの発言へ思い立ったのかちゃんと聞いてきてくれたようで。
ソレは俺も、そして隣で嫌そうな顔をする謙也も知りたい。
「光な、前に慎が部室に謙也の忘れ物届けに来たのを見かけて以来、慎の顔を忘れられなくなったんやって。」
「は?…アレって、2週間くらい前の事やん。」
「今日まさか会える思わへんかった、でも…なんや、この機会を逃したくあらへんって思った時にはああ言っとったらしいで。」
らしくないわ、そう笑いながら卵焼きを食べる蔵の話しに俺はただただ茫然とした。
2週間前、確かに謙也の忘れ物を届けに行った。でもほんの数分だったのだ。謙也、忘れ物もってきたよ。慎おおきに!じゃまた明日ね。ほな。って、これくらいの会話だったはずなのに…その時って言われても。
謙也も不思議そうにミートボールを箸で指しながら何やら考え込んでいるようで。
それは俺だって。謙也と同じように考え込んでしまう。蓋を開けた弁当に手をつける事もせず、美味しそうだなって眺めるだけ。
見かねて蔵が苦笑いしながら、俺の弁当箱にもう一個の卵焼きを投げ入れる。「美味いで」そう自慢しながら。
「どないするん?」
「え、どうするって…。」
「返事はせなあかんやん。まぁ接点なさすぎやし友達からでええんとちゃう?」
妥当な答え。蔵は最善の答えを俺に進める。
友達の俺、後輩の財前君。どっちもが傷つかず前向きな答えは蔵の優しさなんだろう。
まだ知り合ってそんなに時間は流れていないのに、嬉しくて嬉しくて卵焼きに手を出す。
「そうだね…そう、返事する。」
これ以上心配かけるのは申し訳ないから、少し無理にでも笑い返しておこう。上手くいっているのかは分からないけど。
やっと空気が軽くなって弁当を食べ始めた俺達なのに、
「…俺は認めへん!」
この謙也は、どうにも頑固な所がある様で。
指しっぱなしのミートボールを俺に向けて、なにがしたいのかいまいち分からない。さっさと食べればいいのに。
またかいな、蔵も面倒臭そうに呟いて謙也を見ている。
謙也は俺がコッチへ来る前から侑士を通して知り合った。大阪と東京、なかなか違う土地の色合いに戸惑う俺の手を引いて大阪の良さを、四天宝寺の良さを教えてくれたのは謙也、一番の友達は謙也。それに東京にいた頃は侑士と仲が良かったし。きっと2人の間でなにか話しが済んでいるのだろう、謙也が俺の隣にいない時なんてテニスしている時くらいだし。
スイッチが入ったのか、謙也は立ち上がって大きめの声で話し始める。マズイ。
「ええか、俺はな光とはダブルス組む時あんねん!アイツ…俺と話すの嫌そうやねんで!そない無愛想な可愛いない光に、なんで慎を…!!」
「…蔵。」
「無視、無視や。せや、今日部活見に来うへん?」
「見に?なんで?」
「ええやん、友達になるんやったら。それにその方が光のやる気がでるねんて。」
「勝手に決めんなや、認めへんっちゅーてるやろうが!!」いまだに勢いのままに話し続ける謙也を横目に蔵の提案をどうしようか悩む。
眉間に皺寄せて腕組んで…これは自分の癖の様なもの。しょっちゅうしてしまうのだ。
それを蔵は笑って包帯が巻かれた左手で眉間を撫でてくれる。優しい手つきで。
「また寄ってんで?」
「…ん。」
「可愛え顔台無しやで、ほんま変な顔になってまうで?」
「ほんならこれからは俺が直したりますんで、部長はもう触らんでもらえます?」
空気って、こんなに簡単に固まる物なんだって初めて知った。
そして謙也が静かになるのもこんなに簡単だったなんてね…知らなかった。
※嫉妬?しとりますわ。「ひ、光…。」
「お邪魔しますわ。一緒に飯食いに来たんす。」
先輩の教室に堂々とやってきて、彼は朝見た笑顔とは別の…そう、たまに蔵がするような怖い笑顔で蔵の左手を凝視。
誰の許可を取るでもなく、そのあたりの椅子を持ってきて俺と謙也の間に無理矢理入ってくる、いきなりの登場に謙也も何も言わず眺めるだけ。
どかっと勢いよく座って一回だけ、下を向いて。静かに上げられた顔は、
「慎先輩、たまにでええすわ。俺と飯食いません?」
朝見た真剣な、でもやっぱり少し耳が赤い笑顔だった。
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